第3話 ただの天才魔法使いと未熟な私

 

「ん〜美味しかった! 満足満足」


 時間は進んで夜。あの後に色々な店を見て回ったりイベントに参加したりしたのちにレストランで大量の魚料理を平らげた私は、パンパンに膨れ上がったお腹をさすりながらご主人と帰路についていた。


「満足そうでなによりです。しかし、ジャポネの刺身は不思議な感触でしたね。クセになるというか素材本来の味というか。今度、家でも魚を捌いて食べてみましょうかね?」

「うーん。それはやめといたがいいですよ? あの料理は新鮮な魚を漁船から直接持ってきた鮮度ピチピチだからの味です。普通に店から買ってきたものじゃ、かぴかぴになっちゃいますよ」


 昔は港町に居たから分かる。あれは海に近い所だからよかった。隣家のバロンに自慢した後、おねだりして買って貰った魚を食べたらとてもじゃないが美味しくない! と文句を言われたものだ。


「それは困りましたねぇ。今度の研究テーマに食料の鮮度を保つ魔法の開発を選んでみましょうかね? 賢者の石関連よりは断然捗りそうです」


 スキップしてしまうくらいウキウキしながら魔法について話し始めるご主人。

 言ってることはチンプンカンプンなので聞き流すけど、この人ならいつか本当に実現してしまいそうなところがある。


「どうしましたクロエ? 急に笑い出して」

「いえ、ご主人はやっぱりご主人だなぁ〜と思って。覚えてます? 最初に出会った頃のこと」

「もちろんですとも。ワターシは記憶力はいい方なので」





 ◇◇◇






 あの頃の私は、母や兄弟のいた故郷を飛び出しこの城下町にやってきたばかりだった。

 土地勘もない場所で上手くやっていけるのか? と心配されても大丈夫! と言っていたが、実際は余所者扱いされた。


 今までと勝手の違う生活。泥棒まがいのことをして袋叩きにあったこともある。

 あの時の事は凄く反省している。申し訳ないことをした。盗みダメ・ゼッタイ。


 そんなこんなで決まった寝床も安定した食事も取れなくなった私は途方に暮れていた。

 まだ容姿や身なりが整っていれば何処ぞの雄たちに体を売って食事を恵んでもらうこともできたけど、出来るだけそんなことはしたくないというプライドもあったし、後悔した頃には瀕死だった。


 このまま路地裏で野垂れ死ぬのかなぁ? と思っていた私に声をかけてきた物好きがいた。


「あなた、大丈夫ですか? よければワターシのご飯を食べますか?」


 よれよれのローブにボサボサの髪。清潔感のカケラもない若者だった。

 いつもなら怪しい奴が近づいてきた時点で身を隠していた私だったけど、その時は本当に飢えていて、悩む事なく差し出された手に乗っていたパンに噛り付いた。


「そんなにガツガツ食べなくても誰も取りませんよ? よければこちらのミルクもどうぞ。ワターシ、これあんまり好きじゃないんですよね」


 贅沢なヤツめ。まぁ、貰えるものは頂くよ。その代わりには何もやらないけどね!


「ふふふ。なにやら刺々しい視線ですね。ワターシは初めて会う方にも警戒されてしまうのですかね?」


 与えられた食事を済ませると、私は自分が何をしていたのかを理解し、その男の前から姿を消した。


 次の日、雨が降ってきたので雨宿りをしているとまた怪しい奴が現れた。


「おや、もしかしてあなたは昨日の? その様子だとワターシと同じ目的みたいですね。ワターシは傘を忘れてしまいましてねぇ。困りました」


 馴れ馴れしく話しかけるな。


「そこまで嫌そうにしなくてもいいじゃないですか。ワターシには仲の良い人がいないんですよ。昨日は食事をご馳走したんですから雨宿りの間くらい話し相手になってください。実はですね……」


 こ、こいつ私が嫌がってるのわかってるのに話し始めやがった⁉︎ 嫌がらせなのか? ワザと? それとも天然?

 一方的に、私の言葉なんか無視して若者は自分の境遇や現状を話してきた。


 孤児だったが、賢かったので特別に学校に入れてもらったこと。

 その学校を卒業する頃には教師よりも頭が良くなっていたこと。

 卒業後は優れた魔法使いだけが行ける研究所で働けるようになったこと。

 その研究所で上司よりも優れた発明をいくつか発表し、報奨金も貰ったことなど。


 話を聞けば聞くほど不愉快になる。私がどん底生活をしている中で他人のサクセスストーリーを聞かされているのだから。

 また逃げてやろうと思ったとき、若者は言った。


「ですけど、今は周囲から嫌われるわで。友達もいなければ、家で帰りを待ってくれる家族もいない。研究所にも居場所がないんですよねぇ」


 淋しいなぁ、と若者は言う。


 家族はいたが失敗続きだった私と家族はいなかったが成功続きの若者。

 正反対の境遇なのに、心から望むことは同じだった。淋しい、何処かに居場所が欲しいと。


「おっと、雨が上がりましたね。わざわざ愚痴に付き合って貰ってすいませんね。ワターシはこれから研究所に行かなければならないので」


 今度は若者が私の前から去って行った。


 それからちょくちょく、私はその若者と会うようになった。

 と言っても、私が若者に与えられた食事をしている間に彼の話を聞くだけだったけど。


「また今日も会いましたね。今回はちょっと奮発してお肉とサラダ入りのサンドイッチです」


 ほほぅ。中々に良いものをありがとう。褒めてつかわすぞ。

 今になって思えば完全に餌付けされていた私。もっと警戒しろよ。その男、中身はマッドな魔法使いなんだよ? と。


 この男なら大丈夫だろうと警戒心を緩めていたバカな私はそのサンドイッチを齧った。その中には今でもトラウマになっているアレが入っているとも知らずに。


「ん? どうしました。ワターシのサンドイッチが震えるほど美味しかったですか?」


 がっ……! これはまさか、お母さんが言っていた……うえっ。


 自分が何をしでかしたが気づいた時すでに遅し。私は生死の境を彷徨った。

 次に目を覚ました時は見知らぬ天井の家だった。


「大丈夫ですか⁉︎ あなたがいきなり泡吹いて倒れたのでワターシとても心配したんです。まさか、サンドイッチを食べてこんな風になるなんて⁉︎」


 野宿の時とは違う暖かい布団に部屋。キッチンからは美味しそうな匂いもする。それと同じくらいに狼狽えた若者と同じ匂いも。

 ここは彼の家か。


「お医者さんが言うには暫く安静にしていれば問題はないそうです」


 ふっ、私の不注意で迷惑をかけてしまいましたね。

 何とか体は動きますし、これ以上は迷惑になるから出て行かせてもらおう。

 私がフラフラする体で外へ向かおうとすると若者は私を抱き締めた。


「い、行かないでください! 今のあなたは家も栄養のある食事もないんです。そんな状態で外にいれば死んでしまいます」


 そうかもしれない。でも、これ以上は迷惑をかけれない。ここは私のいるべき場所じゃないから。


「もし、あなたが申し訳なさで去るのならそれは間違いです。ワターシはあなたを失いたくないんです!」


 えっ?


「こんなことは初めてです。今のワターシにとって一番大切なのはあなたといる時間なんです! 研究している時でもない、食事でも旅行でもない。あなたと一緒に時間を共有している思い出なんです!! だから出て行かないでください!」


 今まで泣きそうな若者の、この少年の顔は見てきた。だけど、声を絞り出して泣きじゃくる姿は初めて見る。

 ポツリと暖かい水滴が私の頬を撫でる。


 なんじゃそりゃ。居心地は悪くないなぁと思っていたが、まさか相手からこんなにも激しく思われているなんて。

 しかも、私といる時間が一番大切だなんて、今時じゃ劇場の芝居くらいでしか聞かないセリフだ。まるで告白じゃん。


 仕方がないなぁ、と私は少年を優しく抱き締めた。






 ◇◇◇






 あの日から私たちは家族になった。


「もう十数年前の話なんですねぇ」

「あっと言う間でしたねご主人」


 しみじみとあの頃を思い出しながら街の景色と夜空がよく見える屋敷の屋上に座る。

 この屋敷で二番目にお気に入りの場所だ。


「あの頃は鼻垂れてたガキんちょが立派な大人になって」

「あんなに小さかったクロエが立派な女性に成長して」


 人生、何があるかわからないですね。


「髪の毛を実験材料にしたり、私を実験台にした時はしまった! 罠だった! って思いましたよ」

「だって、研究所の人は誰もワターシの実験に協力してくれなかったんですよ? そのまま淋しく独りぼっちで研究してたらいつの間にか所長になりましたし」


 誰にも頼らずに世紀の大発見を繰り返すうちに、一匹狼のロイドなんて呼ばれるようになりましたもんねご主人。


「クロエも最初はワターシに優しく接してくれたのに途中から素っ気ない態度をとるようになって、嫌われたのでは⁉︎ って思いました」

「あれはご主人が四六時中ベタベタしつこいからです! なんですか、クロエが一緒じゃないと寝れませんとか。私はご主人の抱き枕じゃねーんだよ! ってなりました」


 外では素っ気ないくせに屋敷に帰って来た途端に豹変するから面倒だった。


「そう言う割にはこうして私の膝の上に乗っかってくれるじゃないですか」

「私から甘える分にはいいんです。それにこれは習慣みたいなものですし」


 ご主人の膝の上でご主人に抱き締められ、ご主人の匂いに囲まれる。

 独りぼっちだった頃じゃ想像できないくらい安心できる。そしてこのまま、眠りたくなる………。


「クロエ、クロエ。まだ眠っちゃ駄目ですよ」

「はいはい。さっきからご主人がソワソワしてるのわかってますから大丈夫ですよ」


 私は見たのだ。洋服屋で私が店員の着せ替え人形になっている間にご主人がコソコソ何かを買っていたのを。


「今日という日に。クロエと出会えたことに感謝を。これはその記念のプレゼントです」


 ラッピングされた袋から取り出して私に付けられたのは魚の形をした鈴の付いたチョーカーだった。


「アクセサリーなんて、私には」

「心配なさらずに。そのチョーカーは自動サイズ調整の魔法を組み込んでいますので、どんな姿のクロエにもピッタリ合いますよ」


 くそっ。自慢げなご主人の顔を直視できない。このチョーカーといい豊穣祭といい新薬品といい。これは事前に用意していたな?

 そうでもなければこんな偶然が有り得ない。


「やってくれましたねご主人。この私を謀ろうなんて」

「おやおや。なんのことでしょうか? 」

「だって、こんな奇跡みたいなこと起きるわけないじゃないですか!」


 ソッと私の頭を撫でながらご主人はニッコリ笑う。





「ワターシは天っ才魔法使いですから。奇跡くらい起こせますよ」






 あぁ、なんて野郎だ。こんな恥ずかしいセリフを最高のロケーションで、最良のタイミングで言うなんて。

 俯く私をご主人は撫でくり回す。長い付き合いだ。私の気持ちいいところなんて知り尽くされている。


「ここまで無抵抗に体を預けてくれるなんてこれ以上ない幸せですね。サプライズに悔しがって顔が赤いクロエなんて最初で最期かもしれませんし」



 ーーープッチン。



 その発言に。その言葉に。愉悦に浸るご主人のニヤけ顔に、私の中の何かが切れた。

 それは今まで胸の奥に秘めていた抱いてはいけない。実行することも声に出すことも許されない行為。


「ご主人、こっち向け」

「はい♡ なんですかクロエ……っ⁉︎」


 正面から向き合って顔を合わせたご主人の唇を一瞬で奪う。


「な、なにを……ワターシと…く、口付けなんて」


 なぁに、ご主人に無理矢理飲まされたこの薬の効果はまだ一週間ある。月はまだ空高くにあるし。

 なら、問題はないな。


「ご主人が悪いんですよ。こんな風に誘ってきて……私、見ての通り肉食系女子なので」

「いや、それは普段から見てるので知ってますけど⁉︎ というかこれワターシ押し倒され」

「いずれできる未来のお嫁さん相手に経験がないってのもアレですし、サクッと大人の階段登りましょうか? なーに、クロエも経験ないですからおあいこですよ」



 ざまぁみろご主人!今夜は寝かせないぜ。






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