第2話 豊穣祭。天っ才魔法使いは空気がよめない
「へぇ〜、こっちからも行けたんですね」
「この道は最近石畳で舗装されましたからね。いつも近道をするクロエが知らないのも無理ないですね」
「そこはほら、道無き道をどう進むかが楽しいわけで」
他愛もない話をしながら私はご主人と街を歩く。
いくら成長したとはいえ、ご主人の胸元くらいまでしか身長がない私では人混みで迷子になるので、今はご主人と手を繋いでいる。
その繋ぎ方が世間でいうところの恋人繋ぎなのだけど、このご主人は何とも思わないのだろうか?それとも天然か?
道行く人々はネコ耳と尻尾の生えた私を見てギョッと驚くかと思ったが、そうでも無かった。それどころかあちこちにイヌ耳やエルフ耳の連中がいて逆にコッチがビックリした。
「ご主人、いつからこの世界は亜人種たちが住む世界になったんです? あそこなんか絵本に出てくる一つ目トロールとかいますけど」
クイクイっと袖を引っ張るとご主人が耳打ちしながら教えてくれた。
「実は今年から豊穣祭の期間中は仮装をして盛り上がろう!という企画が始まりまして。なんでも幽霊やモンスターに仮装することで悪い悪魔たちを怖がらせて追い返そうという趣旨らしいですよ」
「ふーん。てっきり顧客増大を企んだ衣料店が提案したバカ騒ぎイベントかと思ったらそんな深い意味があったとは……」
「クロエは鋭いですね。元々はそっちがメインで悪魔云々は後付けですよ」
やっぱりか。みんな好きだよねお金儲け。
「じゃあ、薬が切れるまでは耳と尻尾は隠さなくていいんですね」
「えぇ。ちょっとリアルで出来がいい仮装としか思われませんよ。クロエは帽子とか苦手でしたしね」
「暑苦しいし、視界が狭くなるからですね。それに比べたらこのカチューシャはまだ我慢できます」
ヒラヒラしたスカートには慣れないけど、このレースのカチューシャならまだ大丈夫。頭の毛に痕も残らないだろうし。
「その服装を選んで正解でしたね。ネコ耳メイドとデートなんてワターシ興奮します!」
「はい、その発言アウト。憲兵に連れていかれも文句言えませんからね」
「……牢屋だけはもう勘弁です」
実験失敗で周囲に被害をばら撒いた時のことを思い出し、遠い目をするご主人。捕まったのは一度や二度じゃないからね。
「さっきから周りの人たちに見られてますし、もしや本当に憲兵に通報を⁉︎」
「多分それはご主人を見たからだと」
やっぱりうちのご主人は磨けば輝く素材だったらしく、婦人たちが顔を赤くしてチラ見してきた。中には
見惚れたせいで足を躓かせて転ぶ人まで。
「ワターシって嫌われてますか?」
「うーん、まぁ気にしなくていいと思いますよ」
「気になるんですが⁉︎」
ご主人をからかいながら街を散策する。
どこもかしこもお祭りムードで賑わっていた。赤い鼻をした道化師が魔法で空飛ぶ舟を描いたり、屈強な男衆が力自慢大会に参加してたりしている。
「出店も結構ありますね」
「ご主人はこういうのあんまり参加したことないんでしたっけ?」
「そうですね。ワターシは屋敷と研究所を馬車で行ったり来たりしてましたからねぇ。祭りの時期は研究所も人が減って作業が捗るなぁ〜くらいにしか」
そんなんだから貰い手ができないわけだ。いい歳して独り身なんて……早いところ嫁探ししてやらないと。
「いい機会です。未来の奥様との予行練習代わりにクロエと祭りを楽しみましょう」
「えぇ⁉︎ ワターシはどちらかといえば見るだけで参加するのはちょっと」
「たまには体を動かせって言ったのはどっちですか?ほら、行きますよ」
夕食まではまだ時間があるから、折角なら楽しまなきゃ損でしょ。
私はご主人の手を引いて街中を走り出した。
◇◇◇
「すいません!大人二人でお願いしまーす!」
立ち寄ったのは射的の屋台。ドワーフみたいな仮装をしたおじさんに声をかける。
「はいよ!……おや、誰かと思えば研究所のロイド様じゃねぇか」
どうやらご主人の知り合いかな?
「どちらさまでしょうか?」
「自己紹介がまだでしたなぁ。俺はロイド様のところで世話になってるガシュウの親父でさぁ」
「あぁ!あの研究所でボヤ騒ぎを起こして謹慎中のあのガシュウくんの!!」
ご主人よ。親族を前にその思い出し方はないんじゃないの?おじさん、苦虫を噛み潰したような顔をしてるけど。
「その節は息子がすいませんでした。……まぁ、その話は置いてもらって」
「いえいえ。重要案件の薬品開発が大幅に遅れただけで怪我人はいなかったですし、ワターシが国の上層部から叱られただけですからお気になさらないでください」
やめてあげて!おじさんのテンションはゼロよ!
「本当に……本当に息子がご迷惑をっ……!!」
額を地面に擦り付けんばかりに頭を下げるおじさん。
「もう!ご主人のバカ!……おじさん顔を上げて。ご主人は人の心が理解できない研究バカだから。悪気はないんです。だから、気にしないでください」
「ありがとうお嬢ちゃん。俺、頑張るよ」
なんとか立ち直ってくれたおじさん。
大の大人の土下座とか見たくないしね。良かったね。
「しっかし、研究所でも有名な一匹狼のロイド様がこんな綺麗なメイドのお嬢ちゃんと仲良く一緒なんて珍しいね。屋敷には一人で住んでるって聞いてたんだが」
「えぇ。その通りなんですが、この子は親戚の娘でしてね。今度貴族の方のお屋敷で奉公するので、その予習というか体験的なものをワターシにお願いされたんですよ。仲がいいのはこの子が幼少の時にワターシが世話をしてあげていたからなんです」
ペラペラど嘘話をでっち上げるご主人。魔法使いより詐欺師の才能の方があるのでは? と思います。
「へぇ、そういう理由で。お嬢ちゃんもご苦労なこって……で、射的します?」
「はい!お願いします」
渡されたのは引き金を引くとコルクが飛ぶおもちゃの銃。玉は五発、商品に玉を当てて台から落とせばゲット!
「クロエはどれが欲しいんですか?」
「私が欲しいのはあれです!」
指差したのはちょっと大きな黒い猫のぬいぐるみ。
「ぬいぐるみとはお嬢ちゃん、可愛い趣味だね」
「えーと、あれでいいんですかクロエ?」
「あれがいいんです。ご主人」
私の耳と尻尾とお揃いのぬいぐるみを手に入れるべく、渡された銃を構える。順番は私、ご主人の順に。
「いきます!」
一発目、弾は見当違いの方向へ。
二発目、さっきよりは近いけど的には当たらず。
三発目、的に当たるか当たらないかの所を通過。
四発目、的を掠めるが、ぬいぐるみは落ちず。
「ぐぬぬ……てやっ!」
五発目、コルクがぬいぐるみの頭に命中。
「やった!ご主人当たりましたよ!」
「クロエ、景品は後ろに倒さないと貰えませんよ」
はっ⁉︎ 途中から当てることしか考えてなかった!
「残念だったねお嬢ちゃん。まぁ、あのサイズのぬいぐるみはそう簡単に落ちはしないからね。残念賞だ、飴玉を一つあげるよ」
おじさんから貰った飴を舐めながら項垂れる私。こういう獲物を狙うのは得意だったのにぃ〜!
「では次にワターシの番ですね」
「私がダメだったからご主人はもっと無理だと思います」
「それは見てのお楽しみですよ?」
スッとコルク銃を構えるご主人。
一発目、ぬいぐるみの頭を掠める。
二発目、ぬいぐるみの右耳に当たる。
三・四発目、連続して右耳にヒット。
五発目、右耳の端にヒット。バランスを崩したぬいぐるみが落ちる。
「ふっ、どうですから?」
「すっご〜い! 凄いですご主人! 今まで生きてきた中で一番カッコイイです!!」
おじさんから景品を貰って大喜びする私。
「大したもんですねロイド様。ああいう景品は中々落ちないから追加でお金払ってするもんなんですが、どこかで練習でも?」
「いえいえ。ワターシは研究派ですからね。何をどうすれば効率がいいのかやどの道具が手入れされているかは一目でわかりますから。その応用です」
後から聞いたが、私がおじさんから渡された銃はコルクを撃ち出すバネが弱くなっていたらしい。
それに対してご主人は一番バネのチカラが強い銃と新品のコルク弾を使った。狙うのも重心がしっかりしてない頭部の端を狙ったそうで。
くっ、腐っても天才の頭脳は伊達じゃないらしい。
「さて、次はどれにします?」
この後、調子に乗ったご主人が滅茶苦茶景品をゲットして射的屋のおじさんが泣きながら「もう、勘弁してください!」っていう展開になった話聞く?
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