第三十話 巫女を利用してきた三人
復讐屋の四人が、街外れの『幽霊教会』で、裏仕事の打ち合わせをしていた頃。
モナクス・サントス、カルロータ・コロストラ、セルヴス・マガーニャの三人は、四人の予想通り、僧官長の執務室に集まっていた。
書類仕事に励む昼間と同じように、モナクスは窓を背にして、漆黒の机に向かって座っている。ただし彼の膝の上には、カルロータが横向きに腰掛けており、しかも甘えるような態度で、彼の首に両腕を回して抱きついていた。さすがに、これは『書類仕事に励む昼間』には見られない光景に違いない。
そんな二人に対して、少しだけ馬鹿にしたような目を向けながら、セルヴスは一人でソファーに座っていた。
この寺院にとって、今日は、とても慌ただしい一日だったと言えるだろう。
神託の巫女アデリナ・オレイクがいなくなった、という話から始まり、続いて持ち込まれたのは、彼女が治療院で保護されている、というニュース。しかし意識不明の重体であり、寺院の者が様子を見に行っても、アデリナが目を覚ます気配は全くなかった。
この状況では、寺院の責任者である僧官長モナクスと、巫女を束ねる立場にある巫女長カルロータと、神託の巫女の従者であるセルヴスの三人は、夜遅くまで執務室にこもっていても不自然ではなかった。何も知らない巫女や僧官たちにしてみれば、三人ともアデリナのことを心配して、今後の対策を相談しているのだ、と思うだろう。
確かに、三人ともアデリナに関する心配事があり、そのために話し合っているのだが……。それは、全く逆の意味になっていた。
「この場には、私たちしかおらんのだ。表向きの話ではなく、正直に述べろ。どうなっておるのだ、アデリナの容態は?」
セルヴスに詰問するモナクスの声には、明らかに苛立ちの色が含まれていた。
「はい、モナクス様。それに関しては、裏も表もありません。報告通り、昏睡状態が続いています。いつ目覚めるのか、治療師にも検討つかないようです」
「ふむ。今すぐ秘密を喋るおそれはない、というのが不幸中の幸いか。しかしアデリナがこの状態では、新しい神託の巫女を用意するわけにもいかないな……」
険しい顔で呟くモナクスに対して、カルロータが不思議そうに尋ねる。
「あら、どうして?」
「考えてもみろ、カルロータ。アデリナが亡くなるか、あるいは、せめて目覚める見込みはないと断言されるか、それまでは待つべきだろう?」
そう言われても、カルロータの表情は変わらない。見兼ねてセルヴスが口を挟んだ。
「この寺院だけで、同時に神託の巫女が二人。それは、ちょっと不自然でしょう? それでなくても、神託の巫女を続けて出し過ぎてますからね」
敢えて口にはしなかったが、さらに今は敵対勢力の暗躍もあるのだ。その意味でも、あまり性急に次を考えるべきではなかった。
モナクスも、セルヴスの発言に頷いてみせる。
「セルヴスの言う通りだぞ。だから、とりあえず今は……」
「じゃあ、やっぱりアデリナには、今すぐ死んでもらうしかないわねえ」
まるで話がわかっていない様子で、カルロータは、モナクスの言葉を遮ってしまう。
「ほら、どうせ意識不明なのよね? だったら逃げようがないんだから、セルヴス、あんたの魔法で簡単に殺せるでしょう? 今日だって本当は、そのために『見舞い』に行ったんじゃないのかい?」
「いやいや、カルロータ様。それが思ったほど簡単ではなく……。なにしろ、あの治療院のアデリナの扱いが、どこぞの王様か大臣か、ってくらいで……。何人もの治療師が四六時中、つきっきりなんですよ」
さすがに『何人もの』というのは大げさだが、セルヴスがアデリナの病室にいる間、常に複数の
「あらあら。セルヴスったら、ずいぶんと弱気になったわねえ。治療師ったって、せいぜい回復魔法が使える程度でしょう? 攻撃魔法を使うわけじゃないなら、あんたの敵じゃないはずよ?」
一瞬、セルヴスもモナクスも、カルロータの言っている意味がわからなかったのだが……。理解した途端、二人一緒に叫び出す。
「無理を言っちゃいけませんぜ! 治療院の無関係な連中ごと皆殺しにしろ、とおっしゃるので?」
「やめろ、カルロータ! 私たちは殺人狂ではないのだぞ! 一人口封じするために大勢を始末するのでは、本末転倒ではないか!」
二人がかりで責め立てられたカルロータは、モナクスに抱きついた格好のまま、器用に肩をすくめてみせるのだった。
「それにしても……」
少し話題を変えよう、とモナクスは試みる。
「……まさかセルヴスが、小娘一人始末するのに失敗するとはな」
「申し訳ありません、モナクス様」
今さら昨夜のことを蒸し返しても意味がないのに、と思いつつ、セルヴスは謝罪の言葉を口にする。
そもそも、アデリナに秘密を知られたのは、モナクスとカルロータの失態だった。しかも三人で手分けして追いかけた結果、アデリナを見つけ出せたのはセルヴス一人。これでは、二人に責められるいわれはない、とセルヴスは思う。
「昨日は、邪魔が入りましたもので……」
「例の『黒い炎の鉤爪使い』か。尾行を邪魔されたのに続いて、これで二度目か? そういえば前回、お前は『次こそ必ず仕留める』と豪語しておったな?」
言い訳の仕方を誤ったらしい。モナクスの追求は激しくなるのだが……。
「あら、仕方ないじゃないの。昨夜のセルヴスは、ぐっすり眠っているところをあたしに叩き起こされたばかり。とてもまともに戦える状態じゃなかったのよねえ?」
「はい、カルロータ様。残念ながら、まだ魔力が回復しきっておらず……。それで『黒い炎の鉤爪使い』ごときに、
からかうようなニュアンスは含まれているものの、珍しくカルロータが擁護に回ったので、セルヴスは、その言葉に乗っておく。
「あの場で、俺の得意魔法ヴェントガが使えていたら、あいつがどこに隠れていようが吹き飛ばしてしまえたのですが……。今思い出しても残念です」
と、彼は口にするのだったが……。
超風魔法ヴェントガを用いて、周囲一帯に嵐を巻き起こし、まとめて敵を吹き飛ばす。
それは確かに、効果的な攻撃方法なのかもしれない。標的に風の塊をぶつけるという一般的な使い方ではなく、自分を中心とした暴風の渦を発生させるという応用をこなすのだから、セルヴスが優れたテクニックの持ち主であることも事実なのだろう。
しかし。
風魔法には本来、真空の
そもそも、風系統の最高位とはいえ、ヴェントガは特殊な魔法ではなく、むしろ基本的な攻撃魔法の一つ。普通ならば魔力消費が激しいはずはなく、その意味でもセルヴスは、自分と相性が悪い魔法を無理して使っている、ということになる。
セルヴスだって、真面目に魔法を学んでいた頃は、そうした理屈をわかっていたはずだ。しかし暗殺業の道具として扱うようになり、その研鑽を怠った結果、今のセルヴスは、本気で超風魔法ヴェントガを自分の得意魔法だと思い込むようになっていた。
「ふむ。万全の状態ならば『黒い炎の鉤爪使い』など敵ではなかった、と言いたいようだが……。もはや言い訳は聞き飽きたぞ」
ピシャリと言ってのけてから、さらにモナクスは続ける。
「問題は、アデリナを助け出したのが、その『黒い炎の鉤爪使い』だということ……。治療院へ運び込んだのも、そいつなのだろう?」
「はい、それは俺も、治療院の連中に確認しました。アデリナを担ぎ込んだのは、浅黒い肌をした、燃えるような髪の女だそうで……。俺が街で見かけたのと同じ姿です。昨日の夜に戦った格好とは違いますが、きっと着替えたんでしょうね。あの暗殺者スタイルでは、さすがに治療院に顔を出せなくて」
ペラペラと喋るうちに、セルヴスは、報告し忘れていた話があったのを思い出した。しかも、今度はポイントが稼げそうな内容だ。
「そうそう、一つ朗報もありますぜ。治療院の連中、その赤毛の女とは知り合いでした」
「何! では、その女の素性がわかったのか?」
「はい、モナクス様。『アサク演芸会館』で働く、モノク・ローって大道芸人だそうです。ナイフ投げの芸を見せる、って話だから、間違いありませんぜ」
昨夜の一戦でも、刃物の投擲があったのだ。これ以上の証拠はない、とセルヴスは思っていた。
「そうか、それはでかした。ならば……」
「わかってますぜ、モナクス様。明日以降、そのモノクって女のことを探ります。連中の仲間のこと、何かわかるかもしれません」
「うむ。だが、その者たちにも、こちらのことが知られてしまったかもしれんな」
「あら、どういう意味?」
ここで、再び質問するカルロータ。
彼女がグッと顔を近づけて尋ねるものだから、モナクスは、いくらか鬱陶しいような表情を見せるが、それでも真面目に答えた。
「そんなこともわからんのか。今は昏睡状態のアデリナだが、運ばれる途中で、一瞬でも意識を取り戻した可能性はあるだろう? そうなると、私たちのことを話したかもしれず……」
「あら、怖い。秘密を知られた、ってわけ? じゃあ、その連中、この寺院に乗り込んでくるのかしら。私たちを脅すつもりで」
「いや、そういう可能性がある、という話に過ぎん。安心しろ、カルロータ。もしもの場合は……」
ここでモナクスは、口元に笑みを浮かべて、机の下に手を伸ばした。カルロータに抱きつかれたままでは不自由だが、それでも、目的のものに手が届く。
そこにあるのは、愛用の騎士剣。一人で眠る時は自分の部屋に隠しておき、カルロータの寝室に泊まる時はそちらのベッドの下に置いておく武器だ。それを今夜は、この執務室へ持ち込んでいたのだった。
「……失敗続きのセルヴスに代わって、この私が、連中を叩き斬ってやる!」
「おお、頼もしいねえ。惚れ直すよ」
カルロータは、腕にギュッと力を入れて、さらにモナクスに密着。愛おしそうに、彼に口づけしてみせた。
何をふざけていやがる、と思いながら、セルヴスは二人を見ていたのだが……。
その瞬間。
窓に背を向けていたモナクスにも、彼と戯れることに忙しかったカルロータにも、その場面は、見えていなかったに違いない。
だが、ちょうどセルヴスは二人の方に目を向けていたから、二人の背景として、視界に入ってきたのだった。
窓ガラスが一瞬で凍りついて、割れる様子が。
そして、魔法使いであるセルヴスには、その意味も理解できていた。
誰かがこの部屋の窓に向かって氷魔法を唱えたのだ、と。
粉々になった窓ガラスの破片は、サラサラの粉雪のような細かい氷粒と一緒に、夜風に吹かれて、部屋に入り込んでくる。
カルロータは、モナクスの膝の上からヒョイッと立ち上がり、
「おや、これは……」
まだ呑気な声を出しながら、ただの四角い穴と化した窓へ、歩み寄る素振りを見せるのだが……。
対照的に。
冷静に事態を把握したセルヴスは、大きな声で叫ぶのだった。
「敵襲だ!」
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