第二十九話 巫女に仕事を頼まれて

   

「……こうして、その娘の想いを聞き届けた俺は、その娘を治療院へと運び込んだのだ」

 昨夜の出来事を語り終え、一息つくモノク・ロー。いつのまにか自分が姿勢を正していたことに気づいたらしく、また腕を組んで壁に寄りかかる。

 最初のゲルエイ・ドゥの話と合わせれば、これで事件の全体像は見えてきた、とピペタ・ピペトは思った。

 そのゲルエイが、ちょっとした補足を挟む。

「その後、今朝になってから、殺し屋はあたしの占い屋を訪ねてきたんだよ。みんなを集めるように、って言うもんだから、あたしがピペタにも連絡して……。今に至る、ってわけさ」


 ここまでの語り手は女二人であり、みやこケンは、まだ何も話していなかった。だが今回の一件において、彼はゲルエイと共に行動していたのだ。あちらの世界で彼がアデリナ・オレイクを見かけたことに関しても、事情説明の一環として、ゲルエイが報告済みだ。ピペタにしてみれば、特にケンから聞き出すべき話はないように思えた。

 改めてケンに視線を向けると、ケンも話は終わったと判断したらしい。それまで耐えていた感情が爆発したかのように、叫び出した。

「酷い! 酷いですよ! アデリナさんは、あんなに素直で、いいだったのに! それを利用するなんて!」

「落ち着け、ケン坊。まだ死んだわけじゃないのだから」

 彼の激昂を抑えようと、言葉を挟むピペタ。

 そもそも『あんなに素直で、いい娘のに』というのは、まるで故人に対する言い方ではないか。そういえば今日の治療院での会話にも、似たようなニュアンスが含まれていたかもしれない。

 そう思いながら、ピペタは説明を補足する。

「殺し屋がアデリナを運び込んだという治療院は、ちょうど私の見回り区域に入っていてな。そういう事情で今回の事件を知った、というわけだ」

「なるほどね。それがさっきの『殺し屋のおかげで関わりが出来た』って台詞に繋がるのかい」

 ゲルエイとモノクの長い話が始まる前に、ピペタが口にした言葉。それをゲルエイは覚えていたようで、冗談じみた言い方で持ち出してきた。

 彼女の口調のせいか、その場の空気が、少しだけ和らぐ。

 さらにゲルエイは、ピペタの発言を抜き出して、指摘した。

「ピペタは『まだ死んだわけじゃない』と言うけどさ。それはアデリナに限った話だろ? これまでの娘たちは、もう殺されてしまった後だよ……」

 モノクの話に出てきた、アデリナの発言。モノクに背負われながら、消えゆく意識の中で必死に伝えた「三人は、先代までの神託の巫女をも殺して……」という言葉。

 それを思い出して、死に値する恨みの対象なのだ、とゲルエイは言いたいのだろう。

「うむ。今まで『神託の巫女』が早死にしてきたというのは、そういうからくりだったのだな」

「先ほども述べたが、問題の三人というのは、あの娘の言葉を借りるならば『カルロータ様とモナクス様とセルヴス』だそうだ」

 念を押すかのように、腕組みしたまま、モノクが告げる。

 するとゲルエイが、少し顔をしかめた。

「セルヴスっていうのは、アデリナの従者だろ? 確か、名前はセルヴス・マガーニャだっけ……。そいつだったら、あたしもケン坊も会ったけど、まさか魔法使いだったとはねえ」

 頭の中でゲルエイは、モノクの話に出てきた昨夜の戦いを思い返しているのかもしれない。

 伊達に『七色の魔術小僧』と呼ばれているわけではなく、バラエティ豊かな攻撃魔法を披露してみせたセルヴス。同じ魔法使いとして、ピペタやモノクとは違う観点から、色々と考えてしまうのだろう。

 特にゲルエイは、やはり魔法を駆使する裏の人間でありながらも、攻撃魔法で人は殺さない、というポリシーを持っている。魔法は補助的に使うのみ、というルールを自分に課しているのだ。そんな彼女にしてみれば、神託の巫女の一件は別にしても、セルヴスに対して「魔法使いの風上にも置けない」という気持ちがあるのかもしれない。

「そいつの相手は、あたしに任せておくれ。残りの二人は、あんたたちの受け持ちだ」

 ゲルエイの宣言。

 具体的な話になってきたな、と思いながら、ピペタも説明する。

「一応、言っておくぞ。『カルロータ様』と『モナクス様』というのは、それぞれ巫女長カルロータ・コロストラと僧官長モナクス・サントスのことだ」

 ピペタは、用意してきた資料を懐から取り出す。

 今まで殺された巫女たちは、最終的には自然死ということで落ち着いたが、全く疑われなかったわけではないらしい。一時的に捜査の対象となった話もあり、騎士団の記録庫には、いくつかの書類が残っていた。

「関連資料も、色々と含まれていてな。寺院設立の際に役所へ提出された申請書の写しとか、こんなものまで……」

 そう言いながら、ピペタが広げてみせたのは、一枚の図面。記録にあった写しを、さらにピペタが手で書き写したものだった。

「……問題の寺院、その建物の見取り図だ」

 ピペタは、その図面の中の一点を指し示す。

「見ろ。ここが僧官長の執務室、いわばモナクスの居城だ」

「あんたが仲間で良かったよ、ピペタ」

 ゲルエイは、彼女なりの表現で感謝を伝えてから、さらに続けた。

「アデリナを殺し損ねたんだから、連中も今ごろ、三人で集まって相談してるだろうさ。ピペタの言う通り、おそらく、そこだろうね」

「あるいは、僧官長や巫女長に割り当てられた寝室かもしれん。その場合は、こことここだ」

 同じ建物の中には、罪もない巫女や僧官も大勢いるが、夜だから眠っているはず。もしも起きていたとしても、ゲルエイの睡眠魔法ソムヌムで、強制的に眠ってもらえばいい。

 そう考えながら。

 執務室とは決めつけずに、第二目標と第三目標にも、ピペタは指を突きつけるのだった。


「……そこまでわかっているなら、早く行動に移しましょうよ」

 ケンの声は、その急かすような言葉とは裏腹に、むしろドッシリと重苦しい響きを含んでいた。

 この様子ならば大丈夫だとは思うが……。事件の経緯が経緯なだけに、ピペタは一応、釘を刺すことにする。

「ケン坊、個人的な恨みではあるまいな? 私たちは、復讐屋なのだから……」

「わかっています。そこのところは、履き違えてませんよ。僕自身の感情は忘れて、あくまでも復讐屋ウルチシェンス・ドミヌスとして行動します」

 強者に踏みにじられた弱者の恨みを晴らす。それが復讐屋ウルチシェンス・ドミヌスの理念だ。

 自分たちで勝手に善悪を判断したり、個人的な憎しみを抱いたりするのではなく、ただ依頼人の想いのみに従って、依頼人に代わって、標的を始末する集団だった。

「……だから、今回も僕は、いつも通りのサポート役に徹します」

「うむ、それがよかろう」

 殺してやりたい、という自分の気持ちを相手にぶつけるのは、復讐屋のすることではない。それでは、ただの人殺しになってしまう。

 ケンを見ているうちに、ピペタの頭の中では、昔の――ウルチシェンス・ドミヌス結成以前の――エピソードが、一瞬だけ浮かんでくるのだが……。すぐに、そのイメージをかき消すのだった。


「それで、今回の仕事の依頼料なんだが……」

 言い出しにくそうな口調と共に、ゲルエイが懐から皮袋を取り出し、その中身をぶちまけた。

 色々と混じっているが、大部分は銀貨のようだ。

「あたしがアデリナから受け取った金だよ。これが今回の依頼料ってことで、いいんじゃないかねえ」

「ほう。人の命をあやめるにしては、ずいぶんと少額だな」

「無理言っちゃいけないよ、ピペタ。本来、これは占いの謝礼だったんだからね? これでも相場から見れば、かなりの大金だ。お偉い神託の巫女様だったし、その神託に関する占いだったから、謝礼を弾んでくれたのさ」

「いや、少額でも私は構わないのだが……。殺し屋、引き受けてくれるか?」

 壁際のモノクに視線を向けるピペタ。

 実際には、金額云々よりも、むしろ参加の意思自体を確認する意味だった。

 モノクは正式なウルチシェンス・ドミヌスのメンバーではなく、これまでの二度の仕事においても「今回限りだ」と言い張っていたのだから。

「もちろんだ。この一件には、俺もガッチリと関わってしまっているからな」

「うむ」

 モノクの返答を聞いて、ピペタは頷く。

 確かに、モノクは事件に深く関与していたのだ。

 そもそも。

 最初に街中まちなかで巫女と従者を見かけた際、瞬間的な殺気を感じたとモノクは言っていたが……。

 ピペタやゲルエイも、南中央広場で同じ二人と出会っているのに、全く何も気づかなかった。それだけセルヴスは――『七色の魔術小僧』と呼ばれる殺し屋は――、気配を隠すのが巧みだったのだろう。

 一方、かつてピペタは、まだ仲間になる前のモノクを街で見かけて、わずかな殺気に気づいたこともあった。

 だからピペタを物差しとして判断すると、モノクの殺気は比較的わかりやすい、ということになる。ならば最初の時点で、『七色の魔術小僧』ことセルヴスは、モノクが裏の人間であることを見抜いていたのではないだろうか。

 そう考えるピペタだったが、敢えて口にはしなかった。

 ただ、小さく苦笑しながら、この場の話をまとめる。

「では、決まりだな。もともとゲルエイのオモテの仕事として始まった一件だったが……」

 ここで、ピペタの口元から笑みが消える。

 冷たくも聞こえる声で、彼は宣言した。

「ここから先は、裏の仕事だ」

「はい、ピペタおじさん。僕たち復讐屋の仕事ですね」

 ケンは即座に反応して、いつもの台詞を、いつになく厳しい口調で言い放つのだった。

   

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