第二十八話 担ぎ込まれた巫女(後編)
治療院を後にして、少し通りを進んだところで。
「はあ……」
部下のタイガが、ピペタ・ピペトの後ろを歩きながら、大げさにため息を吐いた。
「どうしたのです、タイガ」
「いや、ほら。ウイングの言った通りになったな、と思ってさ。神託の巫女は短命だ、って噂……」
「それを言い出したのは私ではなく、ラヴィですよ」
ピペタは振り返ることもなく、耳だけで、部下たちの会話を聞いていた。
神託の巫女――アデリナ・オレイクという少女――を南中央広場で見かけた際、そんな話題になったのを、今さらのように思い出す。
確かに、噂を持ち出したのはラヴィであり、それを補足したのがウイングだった。精神や肉体の負担が大き過ぎて早死にする、という説明だったはず。
「ふむ。どちらにせよ……」
軽く振り向いて、ピペタも会話に参加しようと思ったのだが。
それより先に、ラヴィが険しい顔をして、男たち二人を睨みつける。
「タイガもウイングも、失礼じゃないの! まだアデリナさんは生きているのよ!」
それもそうだ。亡くなる前から死ぬと決めつけるのは、酷い話だ。
だが、それよりも……。
「ふむ。このまま早逝するにせよ持ち直すにせよ、今回のアデリナの一件は、東部大隊が調べることになったのだな」
ピペタは、少し話題を変えることにした。
ラヴィに叱責されてタイガが少しオロオロしているのを見て、助けたくなった、というわけではない。ふと、思いついたことがあったのだ。
「そうですが、何か?」
聞き返すラヴィ。ピペタが何やら考え始めたらしい、と気づいていそうな表情だった。
「少しだけ気になるのだが……。今までの神託の巫女たちも短命だというならば、彼女たちの死亡事例の中にも、捜査対象となるような不審死はあったのかな?」
そもそも。
アデリナは魔法の雷で襲われたのだ。このまま亡くなるとしても、今までの神託の巫女が早逝してきた理屈――精神や肉体の負担が大き過ぎて早死にする――には当てはまらない。
対照的に、先代までの巫女たちの死亡は、この理由付けで説明されてきたのだから、自然死であったはずとも考えられるが……。
「どうでしょうね、ピペタ隊長。その場合、やはり東の管轄になるでしょうから……。捜査資料は、都市警備騎士団の記録庫の中でも、特に東部大隊の担当事件のところを探すべきでしょうね」
ウイングはピペタの考えを先取りしたかのように、書類の保管場所まで指摘する。
これを聞いて驚いたのが、ラヴィだった。
「もしかして、今回のアデリナさんの事件。ピペタ隊長は、個人的に調べてみるつもりですか?」
「東の事件なんだから、嫌がられますよ、ピペタ隊長」
やめておけ、という口調でタイガも意見する。
ピペタは苦笑いしながら、部下の顔を見回した。
「いや、調べるというほど、大層なことを始めるつもりはないぞ。だが過去の書類に目を通すくらいは、やっておいた方が良いかもしれん、と思っただけだ。アデリナが担ぎ込まれたのは、私たちの受け持ち区域だからな。完全に無関係、とは言えないだろう」
「そういう考え方もありますね。先ほどの騎士は、南の手を借りることはない、という態度でしたが……。この先、状況は変わるかもしれません。あちらから協力を要請される可能性も、考えられるでしょう」
率先して頷くウイングとは対象的に、
「ピペタ隊長……。相変わらず、仕事熱心ですねえ」
ラヴィの声には、少し感嘆の響きが含まれていた。
しかも。
「それでしたら、私もお手伝いしましょうか? 記録庫での書類探しも、勤務時間外のプライベートで行うとなれば、一人では大変でしょうから」
と、彼女は言い出す。
これは困る。そう思ったピペタは、大仰に手を振りながら、申し出を拒絶した。
「いやいや、そこまで大げさな話ではないぞ。私一人で十分だ。そもそも、今ふと思いついただけであって、まだ本当に実行するかどうか、定かではない」
「ピペタ隊長だけでなくラヴィまで行ったら、小隊としての仕事になってしまいますよ。それこそ、先ほどの騎士のような捜査チームが良い顔をしないでしょうね。東の仕事に口を出すな、と」
すぐにウイングも賛同してくれたので、内心、ピペタはホッとするのだった。
実のところ。
そこまでピペタは、職務に熱心というわけではなかった。
少し調べてみたいと言い出したのも、警吏としてではなく、別の観点からだったのだ。
まずピペタが気になったのは、アデリナを治療院に運び込んだ者のこと。『アサク演芸会館』の芸人の一人だ、という話だったが……。
そもそも、深夜遅くの事件なのだ。そんな時間に外を出歩いていた芸人というのは、どんな人物なのだろうか。
ちょうど一人、ピペタには心当たりがあった。昼間は『アサク演芸会館』の舞台に立ちながら、夜になると殺し屋として暗躍する女……。つまり、ピペタ自身の裏の仲間であるモノク・ローだ。
そう思ったからこそ、治療院の
もしも本当にモノクなのだとしたら、このアデリナの一件は、裏の仕事として、ピペタにも関わってくる可能性が高い。そのための下準備として、アデリナの寺院について調べておくべきかもしれない、というのがピペタの本心であり、それを都市警備騎士団の部下と一緒に行うわけにはいかなかった。
もちろん、まだ『調べておくべきかもしれない』という段階であり、『調べておくべきだ』とは少し違う。今日の仕事が終わったら記録庫に直行する、と決めたわけではなかった。だからこそ、部下たちにも『定かではない』と言っておいたのだ。
そう、この時点では。
まだモノクが関わっているとは確定しておらず、少し嫌な予感がする、という程度だったのだが……。
その少し後。
ピペタの予感は、確信に変わるのだった。
南中央広場の見回り途中で、ゲルエイ・ドゥから「今夜、いつもの『幽霊教会』に集合!」と、目で合図された時に。
――――――――――――
勇者教が台頭するにつれて、昔からある教会神教は少しずつ信者を奪われ、その結果、いくつもの教会が取り壊されてきた。
サウザの北側の西外れにある廃墟も、そんな教会跡地の一つ。『幽霊教会』と呼ばれるこの場所は、跡地といっても、完全な更地になっているわけではなかった。ただし、建物自体は半壊した状態で残っているものの、もう屋根は屋根として機能しておらず……。
雲ひとつない夜空から、星明かりと月明かりに照らし出されているのは、かつての礼拝堂の成れの果て。今、そこに四人の男女が集まっていた。
瓦礫の上に、無造作に腰を下ろすピペタ。
腕を組んだ格好で、壁に背中を預けて立つモノク。
使えそうな長椅子を見つけ出し、普通に座っているゲルエイ。
ズボンが汚れるのも気にせず、埃だらけの赤絨毯に座り込む
「……今夜の集まりは、神託の巫女の一件だな?」
睨みを効かせるような視線をゲルエイに向けながら、ピペタが口を開いた。
「えっ? もしや、アデリナさんの身に何か……」
「おや、ピペタ。なぜ、それを……」
詳しい事情を知らぬケンの呟きは聞き流したが、ゲルエイの発言に対しては、被せるくらいの勢いで答える。
「ほんの少しだけ、私も関わりが出来たのだ。殺し屋のおかげでな。とはいえ……」
チラッとだけモノクに目をやってから、再びゲルエイに視線を戻して、ピペタは続けた。
「……今回、ほとんど私は蚊帳の外だからな。まずは、お前たちの話を聞かせてもらおうじゃないか。何が一体どうなっているのだ? まずはゲルエイ、お前からだ」
「そうだねえ。そもそもの発端は……。ああ、そうだ。ちょうどピペタも、その場にいたじゃないか。覚えてるだろ? あの神託の巫女が、
ゲルエイは、ピペタに水を向けられて。
四日前のアデリナ来店という出来事から、順を追って話し始めるのだった。
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