第十四話 庭掃除の巫女
「この辺りまで来ると、かなり街の雰囲気も異なりますね」
もともと復讐屋ウルチシェンス・ドミヌスは、ゲルエイたちが王都で暮らしていた頃に結成されたチームであり、ここサウザに移ってからの仕事は二回だけ。だからケンは、まだサウザの街には慣れていなかった。
前に標的の屋敷があったため、街の東側にも来たこと自体はある。だが裏仕事を行うのは暗い夜なので、こうして昼間の街並みを見ても、まるで別の場所のように感じるのだった。
「ここって、いわゆる高級住宅地ですか?」
「そんなところだねえ。少なくとも、あたしのところとは大違いだよ」
第三貧乏長屋に住むゲルエイが、自虐を込めた言葉を返したように。
貧乏人が暮らす一帯から、金持ちや貴族が住む地域へと歩いてきたのだろう。周りを見渡しても、視界に入ってくるのは、広い敷地を持つ大きな屋敷ばかりだった。
「こういう場所に、アデリナさんの寺院があるのですね。さぞや立派な寺院に違いない……」
感慨深げにつぶやく、少年に対して。
「いやいや、ケン坊。さすがに寺院は、住宅地のど真ん中には存在しないからね?」
と、訂正するゲルエイだった。
大きな屋敷は、どこも緑豊かな広い庭を有しているため、住宅地といっても、ケンのイメージする『都会の住宅地』とは全く異なっていたのだが……。
いざ寺院に近づくと、さらに景色は変わってきた。敷地を囲むような壁や塀は一切存在せず、通りの両側に立ち並ぶのは、緑の木々ばかり。見ているうちにケンは、幼少期に遊びに行った森林公園を思い出すほどだった。
「いかにも大自然の中を歩く、という感じで……。清々しい気分ですね!」
「自然の木々というよりは、人の手で植えられたものの方が多いだろうけどね。……ほら、あからさまな人工物も見えてきたよ」
冷笑を浮かべながら、遠くを指し示すゲルエイ。
誘導されるようにして、ケンは、そちらに視線を向けて……。
「え? あれって……!」
驚きの声を上げてしまう。
ゲルエイの言う『人工物』とは、寺院の敷地の入り口に設置されている、独特の形状をした門だった。
いや門といっても、扉のように開閉する仕組みもなければ、人の出入りを妨げる機能もない。縦横の棒が組み合わさった、すかすかの構造。むしろ、シンボルマークとでも呼ぶべきか。
この世界の人々が見たら、その程度の印象で終わるだろうが……。別の世界から来たケンにとっては、さらなる意味を持っていた。『縦横の棒』の組み合わせ方が、とても見覚えのあるものだったのだ。
だから、頭に浮かんだイメージそのままを口にする。
「……まさに、神社の鳥居じゃないですか!」
叫ぶと同時に、ケンはハッと我に返った。
普通に考えれば、巫女が神社にいるのは、当然の話ではないか。
今までは、どうやら『寺院』という言葉に騙されていたらしい。思考にフィルターがかかった状態になっていたらしい。
加えて、この異世界がケンにとっては西洋風ファンタジーの世界であることも、誤解に拍車をかけていたのかもしれない。そもそも、最初に見かけた『まぼろしの巫女』も、洋服っぽくアレンジしたような巫女装束だったのだから。
「これは面白いねえ。つまりケン坊の世界にも、寺院門と似たような構造物が存在するんだね?」
ゲルエイの発言から、ケンは理解する。神社ではなく『寺院』と呼ばれているように、異世界の鳥居は『寺院門』という別の名称らしい。
あらためて、その寺院門に目を向けるケン。
鳥居を簡略化した形そのものだが、緑色に塗られている点だけは、鳥居らしくないと感じてしまった。ケンの知る限り、一般的な鳥居は朱色。白や灰色の鳥居もあるが、それは材質となった石の色そのままだったはず。少なくとも、わざわざ緑色に塗装された鳥居を、ケンは見た記憶がなかった。
「はい、ゲルエイさん。形は、ほとんど同じです。ただ色だけが違っていて……」
「色? ああ、それは気にすることないよ。勇者教の寺院門は、寺院によって、まちまちの色をしてるからね。あたしが知ってるだけでも、黒や茶色や青や紫、金色だってあるくらいだ」
「へえ……。金色の鳥居ですか……」
厳かな神社の入り口というより、成金趣味で作った紛い物のように思えてしまう。
やはり、ここは異世界なのだ。そうケンが実感していると、
「ところで、ケン坊。その『鳥居』ってやつは、何千年も何万年も前から存在するのかい?」
「……え?」
ゲルエイに質問されて、一瞬、戸惑ってしまった。
神社や鳥居の起源なんて考えたこともなかったが、大陸から伝来した仏教とは異なり、神道は日本古来の宗教のはず。ならば『何千年も何万年も前から』というほど古くはないだろう。
「いや、そんなに昔じゃないと思いますが……。それ、何か重要なんですか? しょせん僕の世界の話ですけど?」
「ああ、大した話じゃないさ。ちょっとした、あたしの好奇心だよ」
そのゲルエイの好奇心とやらは、しっかりと満たされたらしい。
彼女の口元に満足そうな笑みが浮かんでいるのを、ケンは見逃さなかった。
近づいてみると、寺院のある辺りは、かなり賑やかになっていた。
平日の午前中だというのに、それなりの数の参拝客が出入りしているらしい。
そうした人混みに紛れるようにして、ケンはゲルエイと共に、鳥居にしか見えない寺院門をくぐり、寺院の敷地へと入っていく。
緑に囲まれた、黒土の庭。ただし、寺院門から続く参道には灰色の石が敷き詰められていて、ケンにしてみれば、まさに神社の境内を思い出すしかなかった。
「この石畳を、真っすぐ進めばいいんですよね?」
聞くまでもなく、それらしき建物が見えているのだが、一応、この世界の人間であるゲルエイに尋ねてみる。
もちろんゲルエイだって勇者教に詳しいわけではなく、自信たっぷりという顔ではないのだが、
「そのはずだけど……。おや?」
さらに言葉の途中で、額にしわを寄せた。
彼女の視線が向けられているのは、寺院の建物の左側。いや、裏側といった方が正しいだろうか。
そちらから、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきていたのだ。
「何だろうねえ? ケン坊、気にならないかい?」
「いや、僕は……。それより、本殿だか拝殿だかに行きましょうよ。いや、こちらの世界では何と呼ぶのか、知りませんが……」
「そういうことも含めてだよ。ケン坊は、この世界の寺院のこと、まだよくは知らないだろう? まずは敷地の中をぐるりと回って、ケン坊の世界と比べてみようじゃないか」
「いやいや、ゲルエイさん。僕たちは、アデリナさんに会いに来たのですから……」
「まあ、そう急ぎなさんな」
あからさまに渋い顔をするケンだったが、ゲルエイに腕を引っ張られては、従うしかない。石畳の参道から外れて、土の地面を歩き出すのだった。
完全に裏側に回る前に、おおよその事情は理解できた。
近づいてみると、一部の参拝客たちが眺めているのは、裏庭を掃除する数人の巫女たち。白赤の巫女服に包まれた若い娘たちが、それぞれ箒で落ち葉などを掃いている様は、一枚の絵画に収めたいような景色だった。
「男たちにとっては、これも目の保養になるのだろうねえ」
と口にしてから、ゲルエイはケンに尋ねる。
「さて、ケン坊。ここにいる娘さんたちの巫女服なんだが……。ケン坊が見たという、交差点に佇む女の服装と同じかい? ケン坊の世界の『巫女』と比べて、どうだい?」
「そうですね。僕が見たのは、ちょうど、こんな感じでした。僕の世界の巫女服とは微妙に違う、という点まで含めて、そっくり同じです」
答えるケンの声は、最初は大人しかったのだが。
突然、興奮の色を示し始めた。
「……というより、あれ!」
彼がバッと指差すものだから、弾かれたようにゲルエイも、そちらへ視線を向ける。
すると。
「おや、こんなところに!」
ケンと同じく、驚きの声を上げるゲルエイ。
裏庭の巫女たちの中に、知った顔を見つけたのだ。
それは神託の巫女、アデリナ・オレイクだった。
彼女はお偉い神託の巫女として、寺院の奥にデンと鎮座しているのだろう。ゲルエイは勝手に、そう考えていたのだが……。
なぜかアデリナは、一般の巫女たちに混じって、しずしずと庭を掃き掃除しているのだった。
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