第十二話 操られていた巫女
一瞬、その場がシーンと静まり返る。
その静寂を破ったのは、セルヴス・マガーニャだった。
「馬鹿を言っちゃいけませんぜ。魔法をかけ過ぎて使い物にならなくなる、なんて理屈は成り立ちませんよ」
「あら、そうなの? でも、ほら、薬だって飲み過ぎるとだんだん効かなくなる、って言うじゃないの」
「そんなものと一緒にしないでください!」
ピシャリと言い放つセルヴス。こういうことがあるから、よくわかっていない素人とは組みたくないのだ、と思ってしまう。
だが、魔法に疎い者に対して上手く説明する自信は、彼にもなかった。セルブスが困惑の表情を浮かべたところで、まるで助け舟を出すかのように、モナクス・サントスが、カルロータ・コロストラの発言をたしなめる。
「アデリナは人間だぞ、カルロータ。犬猫でもゴブリンでもないのだから、簡単に『処分する』とか言うべきではない」
「あら? もう何人も始末してきたくせに……」
「それは仕方なく、だ! だいたい、お前が迂闊な行動をするせいで、秘密が露見してしまい、口封じの必要が生まれて……」
「あら! あたしが悪い、って言いたいのかしら?」
言い争いを始めた二人の様子を目にして、セルヴスの脳裏に『夫婦喧嘩は犬も食わぬ』という言葉が浮かんだ。
そもそもモナクスは、昔から勇者教の僧官だったのだから、殺し屋だったセルヴスや娼婦上がりのカルロータとは、人命に対する価値観も道徳観念も違う。これまで殺しを指示する時も、どことなく嫌そうな態度だった……。
そう思ったセルヴスは、二人の諍いに割って入る。
「まあまあ、お二人とも。話を戻しましょうや。カルロータ様にはわからないかもしれませんが、今回のアデリナは
「……そういうものなの? それじゃ今までの娘たちとは違って、軽々しく処分なんて出来ないわねえ」
「『餅は餅屋』と言うではないか、カルロータ。魔法のことは、セルヴスに任せるのが一番なのだ」
モナクスは、話をまとめるような口調で言い切った後、さらに話題を戻す。
「それにな、カルロータ。お前は『狙った標的を外す』とセルヴスを責めたが……。
彼の発言を聞いて、セルヴスは内心で苦笑してしまう。
もともとモナクスが探査魔法のイレギュラーを非難する形で、この会話はスタートしていたのに……。彼はカルロータの態度を見て、むしろセルヴス擁護側に回らざるを得なくなったようだ。
実際、モナクスが言うように。
庶民にアデリナの『神託』が的中するのを示すのは、信者勧誘の効果があった。結果として、この寺院で勇者教に入信する者が増えれば、僧官長であるモナクスの手柄になるのだった。
今は一つの寺院の責任者に過ぎないモナクスだが、功績を重ねることで、いずれは東地区の総責任者に、そして地方都市サウザ全体を総括する立場に出世していく。あるいは、王都にある本部へ、重職として引き抜かれていく……。
それこそが、モナクスの野望だった。
セルヴスにしてみれば、回りくどいやり方にも思える。もともと宗教家のモナクスだから、信者獲得という正攻法でしかポイント稼ぎが出来なかったようだが、さすがに最近では、それだけでは不十分だと理解してきたらしい。どんな組織であっても、上の立場を狙うのであれば、賄賂や献金などの活動も必要になってくるものなのだ。
そして資金稼ぎの意味でも、『神託の巫女』は、便利な道具になっていた。
具体的には、まず探査魔法プロベーでアデリナの魂を飛ばして、大商人や貴族の様子を探る。
例えば不貞行為の現場のような、
また、例えば隠し金庫や裏金のような、秘密の大金の場所を知った場合。「下調べが遅れている――対象者の特定に手間取っている――から、まだ神託を告げに行くことは出来ない」という口実で、まずはアデリナを寺院に
基本的に、こうした裏仕事はセルヴスが実行するのだが、時にはカルロータが手伝うこともあった。押し込み強盗の際は、殺し屋のセルヴスだけでなく、カルロータも嫌な顔一つせず、平然と家の者を
セルヴスもカルロータも、ある意味では、同じ穴の狢なのだろう。二人は、むしろモナクスの出世よりも、こうして大金を手に入れることの方に魅力を感じていた。自分たちの懐に入る分もあり、直接の利益となるからだ。
だから。
モナクスやカルロータに言われるまでもなく、セルヴスとしても、また大商人や貴族のような旨味のあるところへ、アデリナの魂を送り込みたいわけで……。
「モナクス様、どうしましょうか? 今晩にでも、また探査魔法プロベーで『神託』を引き出しましょうか?」
標的候補として作成したリストには、まだまだ名前がたくさん残っている。次は誰を狙うべきか、今この場で決めてしまおうか。
そこまでセルヴスは考えたのだが、モナクスは顔をしかめながら、首を横に振った。
「いや。しばらくの間、探査魔法の使用は控えるべきだろう」
「どうして……?」
セルヴスより先に、疑問の声を上げるカルロータ。もしかすると自分より彼女の方が強欲であり、「早く次を」という気持ちも強いのかもしれない、とセルヴスは思う。
「問題は、今回の神託だ。セルヴスの魔法が働いたにしろ働かなかったにしろ、アデリナが勇者様の世界を垣間見たのは間違いない。勇者様の世界に関わる神託を授かった、ということになれば、肝心の巫女がその意味も理解できないうちに、別の『神託』を授かるのは、少し不自然だろう?」
「では……。あの夢の内容は、やはり勇者の世界なのですか?」
「うむ。間違いない」
セルヴスの確認に対して、あらためて断言するモナクス。
先ほどカルロータに対して「それは表向きの話に過ぎん」と言ったモナクスだが、どうやら本当に、調べるだけは調べていたらしい。こういう部分は単なる悪党ではなく、本心から勇者教を信じる一人の僧官なのだな、とセルヴスは内心で嘲笑してしまう。
「わかりました。では、その件は、そうするとして……」
悪党仲間という立場ではなく、本物の僧官長の顔を見せるモナクスには、あまり話の主導権を任せておけない。そう感じたセルヴスは、理路整然とした口調で、この場の会話を引っ張っていく。
「俺がこの執務室に来たのは元々、モナクス様と話し合いたい用件が二つあったからです。一つは次の『神託』をどうするか、でしたが『しばらく保留』ということで結論は出ましたね。ならば、二番目の方です」
「ほう、二つの用件、とな?」
「はい、モナクス様。報告したいことがあったのです。実は昨日、
アデリナに付き従って、街を歩いていた時。
妙な視線を感じて、そちらを見ると、奇妙な女と目が合った。しかも、その瞬間、女は強い殺気を放っていたのだ。
「どう考えても、あれは裏の世界の人間ですぜ。見覚えのある顔ではなかったですが、それでも一人、思い当たる女暗殺者がいましてね。『黒い炎の鉤爪使い』って呼ばれる殺し屋です」
「『黒い炎の』ってことは、あんたと同じで、魔法使いかい?」
黙って聞いていたカルロータが口を挟むと、それに釣られたかのように、モナクスも意見を述べる。
「だが『鉤爪使い』なのだろう? それでは、まるで勇者様の一人のようではないか」
もともと勇者教の信徒ではなかったセルヴスだが、今では一応、勇者伝説に目を通している。だから、四人の勇者の一人が鉤爪を愛用する女武闘家であったことも、彼女が特殊な魔法を使えたことも覚えていた。
モナクスが思い浮かべたのはその女勇者だろうと理解した上で、セルヴスは首を横に振る。
「いいえ、おそらく違うでしょうね。いや俺も、昨日までは『黒い炎の鉤爪使い』のことを、そういうタイプだと思っていましたが……」
セルヴスの口元に、小さな笑みが浮かぶ。
「……もし昨日の女が『黒い炎の鉤爪使い』だとしたら、そうじゃなくて、単なる外見由来のニックネームですぜ。肌は浅黒いし、髪は燃える炎をイメージさせる色と髪型でしたから」
そもそも彼女がそういう外見だったからこそ、セルヴスは、『黒い炎の鉤爪使い』と呼ばれる殺し屋の存在を思い出したのだった。
「ふむ。どちらにせよ、殺し屋に目をつけられたというなら……」
少し苦い顔をしながら、モナクスが言葉を続ける。
「いっそのこと、その女も仲間にしてしまうか? いや『仲間』といっても同格ではなく、もちろん、お前の配下という形になるが……」
セルヴスだって、モナクスに雇われている殺し屋に過ぎない。だからモナクスにしてみれば、一人も二人も同じというつもりらしいが、
「無理でしょうね」
その提案を、きっぱりと却下するセルヴス。
「もしも『黒い炎の鉤爪使い』だとしたら、そいつは青臭い正義感に基づいて殺しを請け負う、って噂です。だから……」
殺し屋が仕事を引き受ける基準は、依頼料の額面のみ。自分勝手な判断を差し挟むなど、殺し屋の風上にも置けない、とセルヴスは思っていた。
「……きっと、俺たちとは敵対するでしょうね」
「ならば、大問題ではないか!」
「心配する必要はないですぜ、モナクス様。もしも『黒い炎の鉤爪使い』が首を突っ込んで来るようなら、厄介なことが起こる前に、きちっと俺が始末しておきますから」
セルヴスは、自信たっぷりに宣言するのだった。
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