第六話 異世界を覗いた巫女
「道の真ん中で、私は、ボーッと立ちすくんでいました。奇妙な話なのですが……」
どう表現したら伝わるだろうか、と思いながら。
アデリナ・オレイクは、慎重に言葉を選ぶ。
「とても往来の激しい通りです。それこそ、今まで見てきた賑やかな場所とは桁違いなほど、
「それって、お祭りでも開かれていたのかしら?」
巫女長であるカルロータ・コロストラが、言葉を挟む。アデリナが少し言い淀んでいるように見えて、助け舟を出したつもりなのかもしれない。
しかしアデリナは、首を横に振った。
「いいえ、お姉様。そういう感じではありませんでした。人々は、それぞれの目的地に向かって真っすぐ進んでいる、という雰囲気で……。それに、他にも驚いたことがありました。遠くの大通りには、馬車とは違う不思議な乗り物が、たくさん走っていたのです」
「ほう? 不思議な乗り物、ですか」
今度は僧官長のモナクス・サントスが、興味深そうな声を上げた。
「はい、そうです。牽引する馬もいないのに、キャビン部分のみで動いている……。そんな印象でした。あっ、キャビンといっても、私の知っている普通の馬車と比べると、車高が低い感じです。でも、車輪はついていましたし、窓ガラスを通して中に人が乗っているのも見えましたから、おそらくキャビンに相当するのだろうと……」
話し始めてしまえば、口ごもっていたのが嘘のように、スラスラと言葉が出てくる。巫女長カルロータと僧官長モナクスが聞き上手なのだろう。そう思ったアデリナは、心の中で二人に感謝しつつ、説明を続けた。
「それに、通りの両側に並ぶ建物も、驚くほど高くて……。三階建てや四階建てでも低い方、というくらいでした」
アデリナの知る限り、ここ地方都市サウザの建物は、大部分が平屋か二階建てのはず。三階や四階まであるのは、よほど大きな商店や会館だけだった。
つまり、サウザにおける最高層が最低ラインということになる。あの夢に出てきた世界は、いかに高層建築にあふれていたことか……。
「こうして説明していると、自分でも荒唐無稽な話だと思います。その意味では、あれは夢だったのだろう、と考えたくなります。でも、思い出せば思い出すほど、妙に細部がハッキリしてくるので……。あれは夢ではなく、神託を授かった時の感覚だ、と思えるのです」
一通り話し終わったつもりで、言葉を区切るアデリナ。
いつのまにか、食べるのを中断していたことに、今さらのように気づく。これでは、途中で食事を投げ出したみたいで、あまりマナーが良くないだろう。それに、話し疲れたせいか、少し喉が渇いた気もする。
両方の対処を兼ねる意味で、アデリナは、スープの皿にスプーンを伸ばした。今朝のスープは、ニンジンとタマネギのコンソメスープだ。薄味に整えられているので、喉を潤すにも都合が良かった。
なお一般の巫女や僧官が座る長テーブルも、アデリナたちの四人テーブルも、食事のメニュー自体は同じになっている。毎食「一汁三菜」ということで、スープのような汁物が一皿、それ以外が三皿。「勇者パーティーが四人組だったことに因んで、合計四皿に設定されている」と、寺院に来たばかりの頃に、アデリナは聞かされていた。
スープに続いて、パンの皿に手を伸ばしたところで、
「アデリナ様の話を聞いていて、ふと思ったのですが……」
隣に座る従者――セルヴス・マガーニャ――の声が、アデリナの耳に入ってきた。
「……もしかすると、その光景は、勇者様の世界なのかもしれませんね」
「勇者様の世界?」
アデリナは、パンをちぎりながら聞き返す。
「はい。ほら、勇者様は、私たちの世界とは全く別の世界から召喚された、と言われていますでしょう? あちらの世界は、魔法とは異なる科学の発達する世界だった、という話もあります」
「ああ、なるほど」
と相槌を挟んだのは、アデリナではなくモナクスだ。
さすが僧官長、いち早くセルヴスの言いたい内容を理解したらしい。
「そうです、モナクス様。アデリナ様のおっしゃった、奇妙な乗り物や高層の建物群。それらは、独特の科学技術によって作られた、勇者様の世界の『馬車』とか、商店や住居なのかもしれません」
「では、勇者様はこの
そう告げたカルロータの声は温かく、浮かべている笑顔は、まるで慈悲深い母親のようだ、とアデリナは感じる。
対照的に、モナクスの声は、少し厳しめに聞こえた。
「ふむ。しかし、これを『神託』として受け取るのであれば、その意味を吟味しないといけないだろう。そもそも、セルヴスの推測が正しいとは限らんからな」
続いてモナクスは、セルヴスからアデリナに視線を戻す。信者を前にする時と同じく、柔和な表情を浮かべているが、目は笑っていないように見えた。
「この件に関しては、私も少し調べてみましょう」
「お願いします、モナクス様」
軽く頭を下げるアデリナ。
寺院の倉庫には、僧官長しか目を通すことが許されないような、貴重な文献資料も保管されている。もちろん、一つの寺院が抱える蔵書の数には限りがあるので、場合によっては、他の寺院を回ったり、この街の中央寺院まで出向く必要が生じるかもしれない。
なんだか
そんな不安が、アデリナの顔に表れていたらしい。
「よく話してくれましたね、アデリナ。勇者様の世界について改めて調べる、良い機会となりました。こうした研究も、勇者教で働く私たちにとっては、大事なお役目ですからね」
モナクスの口から出たのは、アデリナを安心させるような言葉だった。
そういえば、アデリナが寺院に来る以前、個人的に所有していた勇者伝説の書物。それらも元々は、勇者教の先人たちが編纂して広めたものだったはず。僧官長の言う通り、巫女も僧官も常に、勇者様に関して勉強し続けるべきなのだろう。
「ありがとうございます、モナクス様」
自分でも何に対する感謝なのか意識する前に、アデリナは、素直な気持ちを口にしていた。
そんなアデリナを見て、モナクスは小さく頷きながら、この話題を総括するのだった。
「ですから、とりあえずの結論としては……。この『神託』に関しては、私が預かります。先ほど述べたように、アデリナは、昨日の案件を続けるのが良いでしょう」
――――――――――――
同じ日の昼間。
サウザの街の南側にある大通りを、赤毛の女が、足早に歩いていた。
外見的には、二十代の半ばくらい。その赤髪は女性にしては短く、逆立つような髪型にまとめられているので、色と合わせると、燃える炎を連想させる。この大陸では珍しいことに、肌の色が少し褐色を帯びており、それも活動的なイメージに繋がっていた。
特徴的な外見に加えて、彼女は言葉遣いも独特だった。女なのに自身を『俺』と呼んだり、他人に対して『貴様』と声をかけたりするのだ。しかし彼女の周りには、そうした個性を揶揄する者は出てこなかった。目尻の切れ上がった瞳が、色気を漂わせると同時に、きつそうな性格を感じさせてもいるからだろう。
彼女の名前は、モノク・ロー。『投げナイフの美女』と呼ばれる大道芸人であり、現在、仕事場である『アサク演芸会館』へ向かっている途中だった。
今日の出番は午後からなので、午前中は、ゆっくりと家で休んでいたモノク。とはいえ、のんびりし過ぎると遅れてしまうので、少し急いでいたのだが……。
「おや……?」
前から歩いてくる二人組が不思議と気になって、モノクの歩くペースが少し落ちた。
白いブラウスと赤いスカートが特徴的な娘と、それに付き従う男。格好から判断するに、女の方は、勇者教の巫女なのだろう。美しく着飾った見目麗しい少女であり、普通の人々ならば、そちらに心を奪われるのだろうが……。
「……」
モノクの目に留まったのは、むしろ後ろの男の方だった。
巫女のブラウスと似た白いシャツを着て、裾広の青いズボンをはいている。小柄で坊主頭、いかにも巫女の従者という感じだ。容貌も好青年を思わせるものだったが、彼が漂わせる空気には、微妙な違和感があった。
「……?」
無言で、少し顔をしかめるモノク。その表情のまま、つい男の方を見続けてしまった。
すると、注目されているのを意識したらしい。彼もモノクに視線を向けたので、二人の目と目が合う。
その瞬間。
本当に『瞬間』だけの、短いものだったが。
モノクがハッキリと感じ取ったのは、強い殺気だった。それは間違いなく、従者らしき好青年――こちらに向かって歩く男――から、発せられたものだった。
しかし。
特にバッと視線を逸らすこともなく、逆に会釈などの反応を示すこともなく。
何事もないまま、モノクは、二人とすれ違って……。
再び歩くペースを上げたモノクは、少し進んだところで、立ち止まる。
振り返ると、もはや巫女と従者の姿は、かなり小さくなっていた。
その背中に目を向けて……。
誰にも聞こえないくらいの小声で、モノクは呟くのだった。
「あの男……。おそらく俺と同じで、裏の世界の人間だろうな」
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