日頃の感謝を込めて(WD編)
夕食の時間。
わたし達はいつもの食堂ではなく、お客さん用に使われるという貴賓室で丸テーブルを囲んでいた。
わたしの右隣にはアルトさん、左隣にはレオナさん。レオナさんの隣がライナーさん、そのまた隣がヴェンデルさんだ。丸テーブルなのは、序列などなく友人で……という意趣かもしれないと思った。
「じゃあ、とりあえず。ふたりが仲良くやっている事に、乾杯」
上機嫌で音頭をとるのはヴェンデルさんだ。掲げたグラスにはエールが満たされている。今日の全員の飲み物はエールだ。きっと食事が進むにつれて、もっとアルコールの度数が高い飲み物になっていくのだろうけど。
全員でグラスを掲げる。細身のガラスで出来たグラスが、シャンデリアの灯りを映して煌めいた。
全ての料理がテーブルに並べられている。今日は牛肉の赤ワイン煮込みがメインのようだ。見るからに柔らかいお肉が美味しそう。相変わらずふかふかのパン、チーズの乗せられたオニオンスープ、魚介のジュレ、それからチーズの盛り合わせがカッティングボードにおしゃれに盛り付けられている。
もちろん双子神官のお皿は大盛りで、見慣れたその光景に笑みが溢れた。
「んん、このジュレ美味しい。やっぱり神殿のご飯は美味しいですねぇ」
海老を閉じ込めたジュレに舌鼓をうっていると、ヴェンデルさんが笑うのがわかった。食べるよりも飲む方を優先しているのか、チーズにしか手が伸びていない。
「東国の食も美味しいでしょ?」
「美味しいんですけど、なんだろう……すっかりここのご飯に慣れてしまったみたいで」
わたしの言葉に、みんなが嬉しそうに笑う。だって本当に、神殿のご飯って美味しいんだもの。ふかふかで、ほんのり甘いこのパンも嬉しい。
「変わりはないか」
「
アルトさんの問いにヴェンデルさんが答える。その口元は皮肉げに歪められていて、ああ、ヴェンデルさんは王様の事が嫌いなんだったと思い出した。
無言の双子神官は、とにかく食べる事に集中しているようで、時折うんうんと頷くばかり。二人揃ってのその仕草、やっぱり双子なんだね……。
二人の気持ちのいいほどの食べっぷりを見ていると、こちらも食べなければと思う不思議。フォークをしっかり握り直すと、ふと視線を感じた。隣を伺うと優しい東雲と目があって、なんだかお互い笑ってしまった。
食事が終わり、使用人さん達が見事な手際であっという間に片付けてくれる。
空いた丸テーブルに並ぶのは、わたし達が東国で購入してきたお土産だった。このあとまた東国に戻るけれど、ひとまずのお土産を選んできたのだ。
前にも濁酒を取り寄せていたから、今回も同じものを買ってきた。それから吟醸酒。これは華やかな香りが素敵だと思った。
それに合う肴もいくつか。まずはみんなで吟醸酒を楽しむ事にした。
「いいですね、これ。飲みやすいです」
小ぶりの酒器に注がれた酒を一気に呷ったのはライナーさんだ。ふぅと酒精混じりの吐息を漏らすとまじまじと吟醸酒の瓶を眺めている。
「本当。思ったよりもフルーティーなんですね」
「僕はこの肴が気に入ったね」
レオナさんも気に入ってくれたようでなにより。ヴェンデルさんが楽しんでいるのは、魚の内蔵を発酵させて漬け込んだという珍味だ。クリームチーズと合わせて食べるのがお気に召した様子。
「いいなぁ、私も東国についていこうかな」
「駄目だろう、二人の邪魔をするつもりか?」
「後ろから気付かれないようにこっそりと……」
「アルト様に気付かれないわけないだろう」
双子神官のやりとりに、アルトさんが苦笑いをしている。
生まれ育った
「ついていくなら僕も行こう。二人がどんな風に過ごしているのか見てみたい」
「どんな風っていっても、別になにも変わらないですよ。ねぇ、アルトさん」
「そうだな」
いままでだって、護衛だったアルトさんはわたしについてきてくれて、どこに行くにも一緒だった。それに変わりはないのだから、特に興味をひく事はないと思うんだけど。
「いや、変わるでしょ。アルトがどんな甘い言葉を囁いてるのか聞いてみたい」
「悪趣味だな」
「幼馴染みに対して辛辣過ぎない?」
少し酔ってきているヴェンデルさんに、アルトさんが切り捨てるように言葉をかける。それでも二人は楽しそうで、長年の関係性が見えるようだ。
「そんな事より、今日はホワイトデーという事で二人をお呼びしたんですよ」
酒器に吟醸酒を注いでから、ライナーさんが場を仕切り直してくれる。
それに応えてヴェンデルさんが立ち上がった。向かうのは壁側に設えられた飾り棚。そこに置いてあった二本のワインボトルを持ってテーブルに戻ってくる。
「はい、これは僕から白ワインのプレゼント。日頃の感謝を込めて」
わたしとレオナさんに一本ずつ渡して、その美貌でにこりと笑う。肩にかかる白銀の髪がさらりと落ちた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございますー。おしゃれなボトルですね」
レオナさんの声に、改めてボトルを見る。甘口のワインのようだ。ラベルには雪の結晶が描かれていてきらきらと光を受けて輝いている。
「私からはこれを。お口に合うといいんですが」
ライナーさんがくれたのはガラスケースに入った、アイシングクッキーだった。白を基調に複雑で美しい模様が描かれている。
結ばれたリボンを指でなぞっていると、レオナさんが何かに気付いたように声をあげた。
「これ、王都で有名なお菓子屋さんのクッキー?」
「ありがとうございます、ライナーさん」
ネジュネーヴェの王都には行った事がないから、ここのお菓子は始めてだ。そういえばもう【紫の聖女】として探されている事もないだろうから、王都にも行ってみたい。アルトさんに頼んでみようか。
「これは俺からのお返しだ」
予想外の声はわたしの隣から。わたしとレオナさんの前に、アルトさんが手の平よりも小さなサイズのガラスジャーを置く。
「アルトさん、いつの間に用意してたんですか」
「さぁな」
教えてくれる気はないらしい。
わたし達は早速その小瓶を開けると、中には薄紅色のクリームが入っていた。ふわりと香るのは東国でよく感じる……桜だ。
「桜ですか?」
「ああ、桜のハンドクリームだ」
「いい匂い! アルト様、ありがとうございます」
「ありがとうございます、アルトさん」
深くその香りを楽しんでから、ガラスジャーの蓋をしめた。この超人に隙はないんだろうかと思うけれど、嬉しいのも本当で。わたしは嬉しくて笑みを溢した。
「クレアさん、これは私からです。いつも本当にありがとう」
そう言ってレオナさんが、わたしに差し出したのは……口紅? 赤いリボンの結ばれた口紅だった。
「え、わたしに?」
「はい、わたしからのお礼です。さっきのいちごタルト、とっても美味しかったですよ」
いちごタルトと聞いてライナーさんの目の色が変わった。先程作ったタルトはレオナさんがぺろりと食べてしまったのだ。もちろんレオナさんへのホワイトデーだったから、いいんだけど……戻る前にはまたお菓子を作っていった方がいいかもしれない。
「ありがとうございます、レオナさん」
「ふふ、ぜひつけてくださいね。似合う色を選んだんです」
「大事に使いますね」
「……女の子達が仲良くしているのって、いいよね」
「ヴェンデル様、酔っぱらってるんですか」
わたし達のやりとりに、ヴェンデルさんがぽつりと呟きを落とす。間髪入れずに兄神官の言葉が入って、わたしは思わず笑ってしまった。二人にレオナさんも加わって、賑やかに会話が弾んでいく。
わたしの実家は両親のいるシュパース山だけど、ここも間違いなくわたしの帰る場所だ。そう思うと嬉しさに胸が震えるようだ。目の奥が熱を持つのを感じて、わたしは瞬きを何度か繰り返した。
それに気付いたアルトさんが、テーブルの下でそっと手を握ってくれる。その表情がとても優しくて、鼓動がまたひとつ跳ねた。
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