艶々いちごの甘酸っぱさ(WD編)
レオナさんから魔力で作った連絡鳥が来たのは、わたし達が東国に渡って一週間ほど経った時だった。
『ホワイトデーやりましょう!』
金色の羽に愛くるしい青い瞳の鳥は、楽しげなレオナさんの声でそんな事を言う。鳥らしく可愛い鳴き声もするのだけれど、なんだか他の鳥と比べてご機嫌なような、音が少し外れているような……?
わたしとアルトさんは顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
「お帰りなさい! クレアさんはこっちですよ!」
慣れた大神殿に転移をしてすぐ、待ち構えていたレオナさんにわたしは厨房へと連れ込まれてしまった。なにか言いたげなアルトさんは、ライナーさんに連れて行かれるのが視界の片隅に見えた。
この押しの強さ、知り合ったばかりの頃を思い出すな。そんな事を思い出しながらわたしは、レオナさんに半ば引きずられていったのである。
いまの時間、厨房には誰もいない。料理人さん達も休憩の時間なのは、よく知っている。
レオナさんはわたしに真新しいピンクのエプロンを差し出しながら、にっこりと可愛らしく笑った。
「クレアさんのお菓子がどうしても食べたいんです。ホワイトデーのお返しに、ね?」
思わずエプロンを受けとると、レオナさんは両手を顔の前で合わせて片目を閉じてくる。くそぅ、可愛いな。わたしは盛大に溜息をつきながら受け取ったエプロンをしたのだけど、顔が緩むのは誤魔化せなかった。
それにしてもこのエプロン、前身頃がハートの形になってフリルも凄いんだけど……これはどこで買ったんだろうか。
「……レオナさん、このエプロン……」
「やっぱり可愛い! クレアさんに似合うと思って買っておいたんですよー。新妻御用達エプロンですって。持って帰ってくださいね」
「ええ……?」
にこにこと機嫌良く笑うレオナさんに、戸惑いの声をあげるしか出来なくて。それでも妹神官が可愛いからいいか、と思う辺り、わたしは随分と彼女の事が好きなんだと思う。
「なんのお菓子が食べたいですか?」
「いちごを使ったお菓子がいいです。昨日買い物に行った時に、美味しそうないちごを見つけたんですよ」
そう言いながら調理台の上にレオナさんが乗せたのは、籠に山盛りになった真っ赤ないちご。艶々で可愛くて、見ているだけで顔が綻んでしまう。特有の甘い匂いがふわりと立ち上るものだから、余計に。
「いちごのタルトなんてどうですか?」
「食べたいです!」
元気良く応えてくれるレオナさんは、調理台の前に椅子を持ってきて座っている。わたしは笑いながら、頷いた。
柔らかくしたバターに砂糖を混ぜる。そこに卵黄を落として、更に混ぜる。
泡立て器を握ると気持ちが弾むのは、やっぱり料理が好きだからかもしれない。旅の合間に料理をする事はなかったから。といってもまだ一週間ほどなんだけど。
「あ、これお土産です。東国の恋愛小説」
泡立て器を一度おいて、空間収納から恋愛小説を五冊取り出した。それをレオナさんの前に置くと、彼女の瞳がきらきらと輝いた。
「ありがとうございます! わー、読めない」
ぱらぱらと本を開きながら、レオナさんが笑う。それがなんだか可笑しくて、わたしは思わず吹き出してしまった。
ボウルに薄力粉をふるい入れる。さっくりと混ぜ合わせたら、今度は手でまとめる。
「東国はどうですか?」
「美味しいものがいっぱいありますよ。お国柄か、おおらかな人が多いですねぇ」
「うぅん、やっぱり結婚相手を探すなら東国かもしれない」
「ライナーさんもヴェンデルさんも泣いちゃいますよ」
「いいんですよ。
仕事に忙しい二人を思い浮かべて、苦笑いが漏れた。
まとまった生地を麺棒で伸ばす。タルト型にかぶせて空気穴を開ける。あとはオーブンで焼くだけだ。すっかり使い慣れていたオーブンにタルトを入れた。
よしよし。この間にカスタードクリームとアーモンドクリームでも作ろうかな。
「アルト様とはどうなんですか?」
「まぁ……仲良くやっているとは思いますよ」
問いかけに、顔が熱くなるのを自覚した。どうにも気恥ずかしいものがある。レオナさんをちらりと伺うと、調理台に両肘をつき、そこに顎を乗せてにやにやしている。
「私ね、本当に嬉しいんですよ。兄みたいなアルト様と、大好きなクレアさんが恋人になってくれて」
羞恥を誤魔化すよう、小麦粉と砂糖をボウルにふるい入れる。冷たい牛乳を注ぎながらよく混ぜる。溶いた卵黄にそれを混ぜて……。
「アルト様がクレアさんに惹かれているのは分かってましたからね。クレアさんがいつ気付くのかなってずっと思っていたんですよ」
「……レオナさんはいつ、気付いたんですか?」
濾してからミルクパンに移してかき混ぜる。ぐるぐるとかき混ぜながら、小さな声で問いかけてみた。レオナさんはサファイアみたいな瞳をきらきらさせている。
「リナリアの髪飾りを見た時ですかねー」
「花言葉、知ってたんですか?」
「そりゃもう。乙女の嗜みですから」
「教えてくれたら良かったのに」
思わず口を尖らせてしまうと、レオナさんがくすくすと笑みを漏らした。
手元のカスタードクリームにとろみがついたのを確認して、トレイに移す。手を翳して冷気を当てて冷やしていく。
「だってクレアさん、アルト様の気持ちに気付いたら動揺してたでしょう? もしかしたら逃げてしまっていたかも」
否定は出来ない。というか同じ事をアルトさんにも言われたな。
冷めたカスタードクリームに洋酒を混ぜて……うん、艶々。大成功。ちょうど焼き上がったタルト台もオーブンから取り出した。
「まぁその前から……夢に勇者が出てきた、あの時くらいから。アルト様はきっと想っていたのかなって」
「……そう、ですか?」
「きっと。クレアさんが自覚したのは、あの温泉の時ですか?」
レオナさんと一緒に温泉に入っていて、のぼせた時。
自分で気持ちを自覚したのは……いつだろう。
焼き上がったタルト台にアーモンドクリームをたっぷり流して、またオーブンで焼く。
籠いっぱいのいちごを手元に寄せ、濡れ布巾で拭きながらわたしはそっと口を開いた。
「……その時もなんですけど、
拭いたいちごを薄く切っていく。籠に手を伸ばしたレオナさんがいちごをつまみ食いしているけれど、わたしはそちらを向く事が出来ないでいた。きっとわたしの顔は真っ赤になっていたから。
不意に唇に、いちごが押し付けられる。目を瞬いてそちらを見ると、満面の笑みを浮かべたレオナさんだった。
「ふふ、そういう話を聞きたかったんです。ほら、結ばれたと思ったらすぐに旅に出ちゃったでしょ」
押し付けられたいちごを口に入れる。甘酸っぱい果汁が口の中に溢れた。美味しい。
「クレアさん達はいちごみたいに甘酸っぱいですねぇ」
機嫌よさげなレオナさんに、わたしが返せる言葉もなくて。ただ笑って誤魔化すことしか出来ないでいた。
タルトが焼き上がる。これ幸いとばかりにわたしは飾り付けに専念した。
カスタードクリームを乗せて、花びらのようにいちごを飾っていく。中央にミントを飾って出来上がり。
「きっといま、アルト様もヴェンデル様達に質問攻めにあってますよ」
「ええ……?」
彼の事だから飄々と流しているだろう。それか平然と答えているか。どちらも簡単に想像できるのだから困ったものだ。
「ねぇクレアさん、アルト様のどんなところが好きですか? 決め手になったのはやっぱり守ってくれるから? 頼り甲斐があるところですか?」
おおっと、こっちも質問攻め。揶揄うものではなく、純粋な興味できいているのが分かる……から軽く受け流す事も出来ないのは、やっぱりわたしはこのお友達が大好きだから。
でも答えるのも恥ずかしい。
わたしは余ったいちごにカスタードクリームをのせ、レオナさんの口元に押し付けた。反射のようにぱくりと食べてくれる彼女は、嬉しそうに表情を綻ばせる。
「内緒です」
「んんーっ! もう、クレアさん!」
レオナさんが明るく笑う。つられるようにわたしも笑った。
艶々に出来上がったいいちごのタルトが、わたし達の間で澄まし顔をしていた。
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