甘くても苦くても③(VD編)

 談話室のテーブルに、たくさんのお菓子が並ぶ。

 ガトーショコラ、ショコラテリーヌ、オレンジブラウニー、ウィスキーチョコレート、生チョコタルト。


 そのテーブルを囲んでいるのは、わたしとレオナさん。フォークを握りしめているライナーさん、ヴェンデルさんとアルトさん。



「さぁどうぞ、召し上がれ」


 わたしの言葉を合図に、いただきますと声が聞こえる。

 切り分ける事もなく、双子神官は大きなフォークでそれぞれガトーショコラとショコラテリーヌを頬張り始めた。


「うん、美味しい。シナモンとオレンジが良く合うね」


 小皿に乗せたブラウニーを片手で持って齧ったヴェンデルさんが、その美貌を綻ばせる。

 わたしは皆に紅茶と、アルトさん用にコーヒーを準備するとそれをテーブルの隙間に置いていった。


「お口に合って良かったです。レオナさん、チョコタルトを頂きますね」


 飲み物の配膳を終えたわたしはレオナさんの隣に座る。可愛らしく飾りつけされたタルトを小皿に取ってレオナさんに声を掛けるけれど、彼女は口いっぱいにガトーショコラを頬張っている最中だった。返事の代わりにこくこくと何度も頷いている。



「このチョコレートなら食べられる。美味いな」


 タルトのチョコ部分をフォークですくうと、対面に座るアルトさんから感嘆の声が漏れた。お酒を包むチョコ部分もビターなものにしたから、アルトさんも好きな味に仕上がったようだ。

 わたしは嬉しさに頬が緩むのを自覚しつつ、フォークにすくった生チョコを口に運んだ。お口の中でチョコレートが蕩けていく。舌触りも滑らかで、甘すぎない。うん、これは美味しい。

 飾り付けに使ったドライフルーツがいいアクセントになっている。


「レオナさん、このチョコタルトめちゃめちゃ美味しいですよ!」


 もう一口味わってから、紅茶を飲む。コクのある茶葉を濃いめに淹れて正解だった。チョコと良く合う。美味しい。


 レオナさんはガトーショコラをぺろりとワンホール食べ終わって、今度は小皿にチョコタルトを乗せた。


「良かった。クレアさんの作ってくれたガトーショコラも、すごく美味しかったですよ。また作って下さいね」

「このチョコのテリーヌ、濃厚でいいですね。美味しいし食べ応えがあります」


 無言で食べ進めていたライナーさんが、ふぅと息をつく。見ればテリーヌの欠片も残さず綺麗に食べてくれたようで、作った甲斐がある。

 ライナーさんもヴェンデルさんもレオナさんの作ったチョコタルトを小皿に乗せた。ヴェンデルさんは可愛らしい飾りつけを、色んな角度から眺めている。


「それで、何でこんなにチョコレートを?」


 ヴェンデルさんがチョコタルトにフォークを寄せながら、問うてきた。わたしとレオナさんは顔を見合わせてくすくす笑う。


「レオナさんが教えてくれたんです。バレンタインデーって言うんですって」

「バレンタインデー?」


 ライナーさんが二つ目のチョコタルトを食べながら首を傾げる。テーブルの上のチョコレートもその数を着々と減ってきている。


「そう、バレンタインデー。読んでいた小説にあったんだけど、東国で『大切な人に想いを伝える日』っていう文化なの」


 レオナさんは口元についたチョコレートをハンカチで拭きながら、ライナーさんの問いに答える。

 わたしが紅茶を飲んでいると、アルトさんがテーブルに身を乗り出した。わたしのタルトから生チョコを少し、フォークに取っていく。

 ひとつ丸々は食べられないけれど、折角レオナさんが作ったものを食べないという選択肢はないのだろう。



「大切な人って、僕たちってこと?」


 ヴェンデルさんがブラウニーとチョコタルトを両手に揺らしながら笑う。


「あ、感謝しか籠ってないですよ」

「わたしはチョコレートのお祭りって捉えましたねぇ」


 レオナさんが清々しいほどの笑顔で言葉を紡ぐ。わたしも思ったままに、タルトを齧りながら答えた。

 うん、タルト生地もさくさくで美味しい。この生地ならチョコレート以外にも合いそうだから、今度はイチゴのタルトを作りたいな。カスタードをたっぷり載せて。


「そこまではっきり言われると逆に気持ちいいよね」


 気を悪くした様子もなくヴェンデルさんが笑う。その様子に皆も笑った。

 朗らかで明るい雰囲気はチョコレートのおかげなのか。それともこの人達の優しさなのか。その輪の中に居られる事が嬉しくて、わたしの表情も緩むばかり。



「バレンタインデーの対になる日がある。ホワイトデーというそうだが」


 コーヒーを楽しんでいたアルトさんが、穏やかな声で言葉を紡いだ。皆の視線がアルトさんに集まって、アルトさんはウィスキーチョコレートをひとつ手にして揺らして見せた。


「バレンタインデーにチョコレートを貰ったら、お返しをする日だそうだ。これも東国の文化だな。想いを受け取り、それを返す日だが――」

「それなら次は僕たちがお菓子を用意するって事だね」

「ホワイトデーもチョコレートなんでしょうか。それとも別のお菓子を?」


 アルトさんの言葉を受けて、男性陣が盛り上がる。

 それにしてもこの超人はバレンタインデーの事も知っていたのか。博識なのは図書館でよく本を読んでいるからだろうか。


「クレアさん、わたしもホワイトデーには、クレアさんにお返ししますからね」


 隣のレオナさんが、こそこそっと耳打ちしてくる。だからわたしも声を潜めて、頷いた。


「わたしもお返しを用意します。だってわたし達は相思相愛ですもんね」


 レオナさんが嬉しそうに、にっこり笑う。わたしもきっと同じ顔をしていたと思う。



 それからその場は、ホワイトデーに合うお菓子を決める事で大変盛り上がったのだった。ちなみにわたしはマシュマロを推した。白いし。

 レオナさんはホワイトチョコで作ったケーキ、ライナーさんはお菓子ではなくてお花がいいんじゃないかと言った。ヴェンデルさんは白ワイン。

 正解を知っているらしいアルトさんは口をつぐんで、ただ笑うばかり。




 夜も更け、まだ仕事が残っていたらしいヴェンデルさんはライナーさんに引っ張られて執務室へ行ってしまった。

 レオナさんは温泉へ。わたしとアルトさんは自室への廊下を二人並んで歩いていた。


「今日は大変だったろう」

「楽しかったですよ。まさにチョコレートのお祭りでしたねぇ」

「俺にも食べられるものを用意してくれるとは思わなかった」

「だって、好みにあったものを食べて貰いたいでしょう? お口に合ったみたいで良かったです」


 隣のアルトさんを伺うと、機嫌が良いのか口元が綻んでいる。あのチョコレートがお気に召したようだから、作りおきしておこうかな。

 そんなことを考えているあいだに、部屋の前。わたしとアルトさんの部屋は隣同士だから、以前の客間よりも送ってもらうという感覚が薄まって、申し訳なさが無くなっている。



「少し待っていてくれ」


 わたしを扉前に待たせたまま、アルトさんが声を掛ける。どうかしたかと不思議に思うも、その姿は既にアルトさんの部屋の中だ。

 少しというか、本当にすぐに戻ってきた彼の手には、可愛らしい小さな箱が乗っている。


「バレンタインデーは、男から贈ってもいいんだろう?」

「……感謝を?」


 アルトさんは、その東雲を穏やかに細めるばかり。わたしの手にその箱を乗せると、わたしの部屋の扉を開けてぐいぐいと部屋に押し込める。


「不用心だな。鍵を掛けろよ」

「え、あ、はい……」

「おやすみ」


 わたしが部屋に入ると、ぱたんと静かに扉が閉められる。

 アルトさんが隣の部屋に入る気配を感じて、わたしは扉横の壁に背を預けて凭れかかった。


 そっと小箱を開ける。

 花の形を模した一口大のチョコレートが、ちょこんと可愛らしく箱に収まっていた。

 バラ、アネモネ、チューリップ、フリージア。


 ふと小箱に掛かれたお店の名前が目に入る。これはそこの町で人気なお菓子屋さんのチョコレートだ。お花を描いたクッキーとか、お花の形をしたこのチョコレートが有名で、モチーフになるお花も沢山の種類があったのを覚えている。

 女の子がいつも並んでいるけれど、アルトさんも並んだんだろうか。それを想像するとくすくすと笑みが漏れた。


 わたし達がチョコレートを作っている事で、バレンタインデーをすると分かったのかな。それで今日は姿を見かけなかったのかもしれない。

 わたしもホワイトデーにはお返しをしなければ。


 ソファーに座って、繊細なチョコレートを指でつつく。勿体なくて食べられない……食べるけど。


 胸の奥が温かい。

 どうしてこんなにも頬が緩むのか。気持ちがなんだか落ち着かなくて、それさえ押し込めるように小箱の蓋をそっと閉めた。

 残るのは、ふわりと漂うチョコレートの香りだけだった。

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