僕達の怪獣

@pipiminto

第1話


バケモノによって、日本は終わりの時を迎えようとしていた。


ニュースによると何処だか未だに切符しか使えないような駅が並ぶ田舎にある広い畑の真ん中にある日突然ポッカリと穴が空き、そこから鳥とも虫とも言えない、なんとも奇妙でグロティスクな見た目の巨大生物が飛び出してきたという。


最下層のマグマの中にでも生息していたのだろうか滴る体液は赤く熱を帯びてそれが落ちた場所に炎があがった。


だけど、僕には何の関係もない。

だって僕は日本にいない。そんなバケモノが現れる数日前にここ、ニューヨークに留学生として訪れていたから。


日本にいるのはお母さんとお父さん。それからまだ幼い妹たち。そして、ミチル。


ミチルは僕と小さい頃から仲が悪かった幼馴染みで、僕の、僕の初めての相手だった。初めての友達で初めてのライバルで初めての恋人。


ミチルは、死ぬのだろうか。


ニューヨークの街もいつ来るかもわからないバケモノに恐れ、対策を考えている。日本を助けに行こうといった気配はない。


そりゃあ、助けに行ったところで、助けられないのが目に見えているけど。

それでも、何かしなければいけないという気持ちに苛まれてしまうのは仕方がないことで。それから、何もすることがなくて結局いつも通りの日常を送ってしまうのも仕方がないことで。


情けないかも知れないけど僕はただの人間で、物語のヒーローじゃない。

空を飛んで日本へ帰ることも。不思議な力でバケモノを倒すことも。世界の中心で愛を叫ぶことも。できない。


ただ自分ひとりがこの世界に取り残されるようななんとも言い難い恐怖に内心では震えながらも周囲からの同情に曖昧に頷くしかない。


ホストファミリーに与えられた自室に入ると一気に動悸が激しくなる。ひもりという不安が、体も心も支配して、うまく息ができない。


どうせなら、僕も日本に居たかった。一緒に死にたかった。これから先ひとりでバケモノのいる世界を生きていくなんて、堪えられそうにな…ー


涙が溢れだしそうになったその時、携帯からお気楽な着信音が鳴った。それはミチルからの着信だった。



「も、もしもし…」


『あ、タクミ~?ちょっと聞いてよー。』



ミチルのいつもと変わらない能天気な声。あの日本にいてこのテンションってどういうことなんだ。



『マグマグのニュースそっちでもやってるっしょ?』


「マグマグ?」


『マグマから出てきたからマグマグ。あたしが付けた!』


「マグマグってルックスじゃないよね」


『るっさいなー。名前くらいなんだっていいじゃんー。テレビでは3日もたったのに謎の超巨大生物って言ってて、そろそろ呼びやすい名前があった方が良くない?』


「テレビはまだやってるんだ。」


『やってるよー。つーかそういうとこ火事になったらそれこそパニックでしょー。あ、でも電車はもうどっこも動かないんだよ。テレビの音聞こえるかなー。』



突然テレビの音が大きくなり日本で流れているニュースが僕の耳に聞こえてくる。

バケモノが架線につっこみ引きちぎってしまい復旧のしようがない、ということだった。



「聞こえるけどさ、ミチルが口で説明してくれればいいのに」


『マグマグすごいんだよー?東京タワーくらいあった』


「え、生で見たの!?」


『ん?うん。見た見た。つーかねー、窓から、うおっ!』


「ミチル!?」


『めちゃくちゃ窓の外にいる…どうしよう、目あってる…どうしよう、どうしよう、どうしよう。タクミ、あたし、死ぬかも……』



先程までの能天気な声が一転して、恐怖に震えた。ミチルの声を聞いて落ち着いていた僕の動悸も激しさを取り戻し、呼吸が乱れる。



「…げて、」


「逃げて、ミチル…ーないで、」


「死なないで!」



僕は電話越しに泣き叫んでいた。泣きたいのも、叫びたいのも、ミチルの方に違いないのに。僕の手が、足が、恐怖に震えた。



『ごめん、タクミ、あたし、……………あれ?あれ?』


『タクミ~、なんかマグマグ、ハートとか星とか音符とか、超ファンシーな柄なんだけど』


『あたしずっとマグマグのこと知ってる気がしてたの』


『ねえ、タクミ、マグマグって、昔二人で作ったさ、魔獣じゃない?』



恐る恐る、確かめるようにミチルが言った。

まじゅう?まじゅうってなんだろう。



『小学校のころ、物語を作る授業で、あたしが前編、タクミが後編書いた絵本。覚えてない?』


「マグマドン!?」



そう、それはひとり10ページの絵本を作らなきゃいけなかったのに二人して提出日の前日まで何も思い付かなくて。二人で捻り出した、地球を大事にしないと、こうなっちゃうぞっていうよくわかんない話。でも力を合わせて、世界を救えた話。先生にはひとりずつやれって怒られて、友達にはからかわれて散々だったけど、ケンカばっかりだったミチルと、初めて力を合わせた話。



『こいつマグマドンだよ。絶対そう!』


「え、なん、なんで?」



興奮した様子のミチルの声に戸惑うことしかできない僕。

だってそうなるでしょ?自分が子供に作った魔獣が本当に現れるなんて。



『マグマドンなら、あたしが飼わなきゃ』


「…は?」


『あたしが考えたんだもん。あたしが責任取る』


「僕だよ、女の子があんなグロいの考えれるわけないよ」


『男がこんな可愛い柄の怪物作るわけないでしょ』


「でも」


『なぁんて、二人で作ったんだよね。コイツ』


「あ…うん」


『二人で力合わせたら、世界、救えたよね』


「…うん」


『また、救おうか』



なんだかすごく簡単そうに頭のおかしいことを言うミチル。でも既に馬鹿みたいなことが実際に起こってるから、だから、僕は黙るしかなかった。だって僕は、ニューヨークにいる。



『タクミ。力、貸してよ』



優しく僕に言い聞かせるようなミチルの声。この声を出されたら、駄目だ。恥ずかしさなんてかきすてて、ファンタジーを信じて、走り出すしかない。



「すぐ、行くよ」



魔法を信じて。…………。



「恥ずかしいよう、ミチルぅ」


『早くしなさい!』


「うぅ…」





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