第13話 元軍神との死闘
月は沈み太陽が昇った
ここはリードルフ帝国 南方城塞都市トルガルド
トルガルド組合ギルド支部 建物内
朝が昇り始め 気温が上がり始めた時間
円形の闘技場
本来は冒険者の実践指導に使うこの施設
怪我をしないため砂が敷き詰めてあり
しかしこの二人には関係ないだろう
今 死闘を繰り広げようとしているこの二人には
黒鉄哲人 この世界に転移させられてしまった中二病異邦人高校生
ベルガルド 元九軍神の一人
「哲人・・・・」
そうつぶやき 黒鉄哲人を見守る 一人の竜人皇女
その蒼い瞳にはやはり不安しかない
そうであろう なぜなら鎚神ベルガルドは有言実行で有名だ
どんな無茶無茶ぶりでも言ったらやる男だ
戦闘の素人である高校生一人くらい簡単に殺せるだろう
そのベルガルドが言ったのだ 納得しなければ殺すと・・・
もちろん フィルもできる限り手を打ったトルガルドでも名のある医者 帝国でも希少な回復魔法の使い手
などとにかく医療の熟練者エキスパートたちを組合ギルドの建物内に待機させてある
これだけの数の医者たちを集められたのもフィルの皇女という肩書があってこそである
普段がから皇女という立場をよく思っていないフィルでもこの時だけは皇女という立場に感謝した
そして今 闘技場にたち砂を踏みしめ元軍神と対峙している少年は
とんでもなく緊張し とんでもなく恐怖していた
目の前の軍神を改めてみてみる
身長は高いと思っていた こうして対峙するとそれ以上だ
2メートルはあるだろう 右腕にハンマーをもっている その右腕は太さが自分の腹回りほどありそうだ
足はそれ以上 丸太ぐらい太そうだ そして胴体 大樹の幹くらいだろうか
肌は黒く スキンヘッドの頭は朝日を反射している
人間と対峙している気がしない 表現するなら鬼だろうか
全く勝てる気がしない
そんなことを考えていると 鐘がなった2回
それすなわち・・・・・
「始めようか てつと・・・・・」
死闘の始まりの合図だ
一度深呼吸をする
「あぁ 始めようか」
「あぁそうだ てつと 殿下にはちゃんとお別れの挨拶を告げたか? もう会えないのだから言い残したことがあるなら伝えてやるぞ」
さっそく挑発だろうか
「いいや なぜなら俺は今日 死なないからな 伝えることなんてないだろう?」
「ほう なるほど いい度胸だ」
ハンマーを 上に掲げた
くると思った・・・・・・その瞬間
まず 衝撃
次に 世界がひっくり返った
なにをされたのかまるで分らない ありのままをいうと
気がついてたら ひっくり返って闘技場の仕切りに突っこんでいた
遠くから自分を呼ぶこえがする 必死そうに 心配そうに
ようやく黒鉄哲人の意識が戻る
(何を・・・・・・された?)
そして 意識が戻るということは痛みも当然来る 全身が痛い
特に左腕が痛い 非常識なまでに痛い 目で確認してみると
左腕がグチャグチャになっていた
そんな非現実的な光景をゆっくり理解していき
「ぁぁ・・・・・ぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・あああああああああ・・・・・・・ああああああああああああああああああああああああああああ」
絶叫
そして蹲る 生物としては当然の反応
されど この目の前の軍神は・・・・・・・
「なにを蹲っている? 左腕がグチャグチャになったくらいで?まだ足があるだろう?まだ右手があるだろう?まだ顎があるだろう?それくらいで蹲っているようじゃ 軍神になんてなれないぞ」
軍神になれない その言葉に反応したのだろう
ゆっくりと蹲った体を上げ始める
「トロイわ!遅いわ!今お前は2回死んだ!」
ようしゃなく蹴りが腹に入る
血と内容物がでてきた
口の中が酸っぱいさと血の味で満たされる
「おェ・・・ェェ・・・」
「ふむ 仕切り直しと行こうか てつと?」
「ぅェ ぁぐ・・・・」
「一応 聞こえてるみたいだな」
そういって初めの位置に戻る ベルガルド
何とか 立とうとする哲人
(足に力が入らない・・・・ これは殴られたからではない)
なぜなら震えて立てないのだ すなわち
(俺は 恐れている また殴られることを・・・・死ぬかもしれないことを)
それは至って普通の反応 当然の反応
されど
(思い出せ 俺が一番恐れるべきことはなんだ?)
この少年にとって死ぬより恐いこと
闘技場の観覧席をみる 観覧席にいるあの子をみる
(あの子に見限られることだ フィルの傍にいられなくなることだ)
だからこそ 勇気を振り絞り
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
雄たけびを上げる
震える足を黙らせ 痛む体に鞭を打ち 立つ!
「ほう なかなか どうして」
その不格好な雄姿をみて 笑う軍神
「行くぞ!ベルガルド!」
声を張り上げ 右拳を握り己の相棒 カウザルギーに魔力をこめる
腕力だけでは 足りない 届かない なので腰を入れる
思いっきり殴りかかる!
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「残念だったな」
現実は非情である
その拳は ベルガルドに届くことはなく 逆に 右腕のハンマーが哲人の頭に届こうとしていた
その一撃を喰らえば即死は確実!
されど ここで
普通ならしない行動を哲人はとった
なんと自らの顔面をハンマーに晒した
「?!?」
この行動に百戦錬磨の軍神も動揺した
そして
いやな音がした 顔面にハンマーがのめりこむ
そして意識を失い真後ろに倒れる 白目を剥いて 鼻血が弧を描きながら後ろに
倒れる・・・・はずだった
殴られたのは頭ではなく顔面
致命傷は免れた
この一撃に耐えたのだ
闘技場に広がる驚き 驚愕 そして一瞬の間
ほとんどみえていない その目で捉える 元軍神を
腰を下げ 腰を入れる カウザルギーに魔力が入っていることを認識し
放つ その拳を!
まともに声は出なかった 出せなかった
代わりに聞こえるのは
「ばキっ・・ぎシィィィィ・・・・・・」
歯を食いしばりすぎ 歯が砕ける音
されど!今度こそ!その拳は!軍神を捉えた!
放つ魔力を 熱量を 今出せる己のすべてを!
バチイィィィィィィィィィィィィィ
腹筋を叩く乾いた音
全身全霊の一撃
されど元軍神は倒れなかった
そしてすべてを出し切った少年は
今度こそ気を失い倒れた・・・・・・
顔面が見るも無残な状態であるにも関わらず
とてもいい笑顔だった すべてを出し切った顔をしていた
少年が気絶した 闘技場にて 元軍神は哲人に殴られた腹をさすりながらこう呟く
「全く 全然じゃねェか 全然届かない こんなんじゃな・・・・
今のままじゃあ」
さっきまで鬼のような目をしていた老人は 将来の可能性に対する期待を抑えきれない目で
宣言した 闘技場どころか この城塞都市全体に届きそうな声で
「この少年てつとを おぉれれれれェェェェェェえののぉぉぉぉでしぃぃぃぃぃぃぃとするぅぅぅぅぅぅ
」
こう宣言した瞬間 今度はそれ以上の声で皇女が叫ぶ
「ちりょょょょょょょょょょはぁぁぁぁぁぁあんんんんんんんんん」
その声を聴き 組合ギルド内の回復魔法使いが集まる
そして自身も哲人の近くに駆け寄る 顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら
「哲人!哲人!哲人!こんなぁ無茶をしおってぇ こんなぁ・・・・・・・」
泣いてばかりもいられない 早く治療を施したいところだが・・・
「わらわは回復魔法はつかえないのじゃ・・・・・・・・」
皇女が己の無力さを嘆いていると
「殿下! ただいま到着しましたぞ!」
一人の老人が駆け寄ってくる
顎まではやしたし白いひげ 若干の肥満 片方にだけレンズの入った眼鏡をしており
頭の白髪は寂しく 白衣を身にまとうこの老人は
「シーボルト!よくぞ よくぞ きてくれたのじゃ! 早速見てくれ 帝国だけでなく 世界的に名をしれたおぬしなら心強い!」
世界に名を知れた 回復魔法の使い手
全治のシーボルト
「はっ 早速 むぅ これはひどいですな 殿下ひとまずこの場で回復魔法を使います」
「そうか では早くするのじゃ」
「はっ」
それだけ言うと老人は 目をつぶり 手に魔力を込める
回復魔法に詠唱は必要ない・・・てゆうか意味ない
身体の構造は人によって微妙に異なる そして全く同じ怪我はほとんどない
折れた骨の場所が一センチ違うだけでも 別の詠唱が必要となる
だからこそ 必ず特定の現象を引き起こす 詠唱は使えない
魔力を込めた手で慎重に傷の部分を触る
すると・・・・・・
みるみるうちに傷が治ってゆく まるでテレビの逆再生のように
これにはフィルも・・・
「す すごいのじゃ さすがは全治のシーボルト」
驚きを禁じ得ない
「なんですか これは!おかしいですぞ いくらなんでも早すぎる せいぜい出血をふさぐのが精いっぱ
いのはず・・・・・」
そして 全治のシーボルトも驚きを禁じ得ない
「なんで シーボルトがそんなにうろたえておるのじゃ?おぬしの技ではないのか?」
「確かに 私は回復魔法かけています しかし こんなはやく効果はでません 普通はこのくらいの傷だと二週間はかかるはずなのですが・・・ 」
「今まで こんなことはなかったのか?」
フィルが問いかける
「・・・確かに魔力が多い人間は回復魔法の効き目は若干早いです されどここまで極端な事例は私も知りません」
そうこう言っているうちに
「完治しました ありえない こんなにはやいなんて・・・ 殿下 この少年の魔力量ははどのくらいですか?」
「普通なのじゃ わらわはずっとに近くいたそんな魔力量があればすぐにわかる 間違いないのじゃ」
その答えにたいして 老人は納得いかないという表情をしながら・・・
「そうですが・・・・」
「まぁ 哲人がこんなに早く治るとは思っておらんかった そういう意味ではうれしい誤算なのじゃ」
そういって哲人に抱きつくフィル
そうしてこの死闘(試験)は幕を下ろした
「あの 一応俺も回復魔法をかけてほしいのだが・・・」
哲人に殴られたベルガルドの腹は 表面が焼け焦げていたという
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