中松怪奇幻想奇譚

わかば

第1話 その男、オカルト探偵につき

中松市。人口訳20万人の平々凡々な街である。

 

 誇れる所といえば少しのグルメと楽器が特産品な所くらいと市に住む人達が言うくらいで、そんな場所に住む私達の楽しみと言えば精々下世話なゴシップニュースとくだらない眉唾物の都市伝説くらいなものだ。

 

 今日も学校の昼休み同級生と集まってそんな話をしていた。

 

 「なんかおじさんのアパートにさ、幽霊が出るみたいだよ」

 

 「えー!まじ?こわ!」

 

 「本気で悩んでるみたいでさー」

 

 おじさんが本気で悩んでるのにこんな暇潰しの会話で使ってしまってるのは申し訳ないと思うがこういう話はやはり盛り上がってしまうものだ。

 

 そこで話してた友達の1人がさも雰囲気ありげに口を開いた。

 

 「ねぇ、私こんな噂を聞いたんだ……中松の中心街にあるらしい寂れたビルの3階にオカルトな依頼しか取り扱わない探偵がいるって話なんだけどさ。もしかしてそこならおじさんの話も聞いてくれるんじゃないかなって」

 

 友達がひとしきり話終わった頃合いを見計らったように昼休みが終わるチャイムが鳴った。

 

 

 私は今日の夜にでも一応おじさんに伝えておこうかなと考えながら乗り気ではない午後の授業に臨むのであった。

 

ーーーーーーーーーー

 

 「先生、もうお昼ですよ」


 この僕の目の前で30前半にもなってダラダラと本ばかり読んでいるのが僕の雇用主で、この零細探偵事務所という城の主である。ならば助手の僕はさながら執事であるのだろう。

 

 「今日は依頼は入ってないだろ?ならここで夕陽が顔を出すまで本を読み耽っていても問題ないだろう」

 

 やっと口を開いたらこれだ。この状態で事務所が潰れてない方が不思議なものだ。

 

 そんな中身の無い会話を先生としていたらカンカンと良く響く階段を駆け上がる音がしてきた。次いで勢い良くドアが開け放たれた。

 

入ってきたのは恰幅の良い30前半の男だった。

 

「どうされましたか?ご依頼ですか?」

 

 恰幅の良い男性は余程急いで来たのか、多少息が切れている。

 

 「噂を聞いたんだ、ここは訳ありの依頼を受けてくれる事務所だと」

 

 その話を聞いて本を読んでいた先生がパタンと本を閉じた。

 

 「ご名答……ここが科学の力では解明できない謎が最後に集う場所、遠藤探偵事務所です」

 

 先生が真顔で決め台詞を吐いている間にソファーを綺麗に片付け、席に着き話を聞く運びになった。

 

 「改めまして、遠藤探偵事務所の所長遠藤一です」

 

 「同じく遠藤探偵事務所の探偵助手の東恭弥です」

 

 とりあえずの名刺と簡単な自己紹介を挟み、次いで本題に入る。

 

 「磯田吾郎と言います。さっそくの依頼内容で申し訳ないが実は3ヶ月前から自宅のアパートでおかしな事が立て続けに起こるようになったんです。奇妙なラップ音から始まり寝ている時の金縛りなんかの類いで最初は疲れているだけだろうなんて能天気に考えてたんですけど…」 

 

 依頼者は1つ大きなため息をついたがそのまま話を続けた。

 

 「1週間前くらいから女性が見えるようになったんです、帰ってきた時とか寝てる時とか。なんというか視界の端に居るような感覚が」

 

 ここまで聞いて、先生が口を挟んだ。

 

 「ならば依頼内容はその霊の正体の調査でよろしいですか?」

 

 「いや、そんな女の正体なんてどうでもいいですよ!出てこないようにして解決してくれれば良いんです」

 

 なにか依頼者の癇に障ったのか、磯田さんは語気を強めた。

 

 先生はというと少しの間下を向き、やがて顔を上げ

 

 「分かりました。最良の結果になる様に努力します、恭弥くんあとの手続きは頼んだよ」

 と僕に料金や諸々の説明を丸投げし、先生は所長の椅子に、また深く腰を落とし本を読み始めてしまった。

 

 手続きなどを済ませ依頼者を帰し、そろそろ僕も退社の時間なので荷物をまとめていたら先生に呼び止められた。

 

 「明日から調査に乗り出すから恭弥くんも頼んだよ」

 

 僕は「了解です」とだけ伝え事務所を後にした。

 

 そして帰り道、先程の依頼者との話を思い出し僕は言いようのない寒気を覚えていた。

 

 それは断じて幽霊のせいではない。僕が寒気を覚えたのは先生が下を向いた時にちらりと覗かした顔。

 

 それは笑顔を表に出さないように、噛み殺して噛み殺して、それでも零れそうだった歪な表情だった。

 

ーーーーーーーーーーー 

 

 それは、錆びた階段や鉄骨、くすんだ壁の色、全てを合わしてボロアパートと呼ぶべき代物だった。

 

 先生と2人1列になり階段を上がる。

 

 「203…ここですね」

 

 インターホンを押すと、どたどたと重たい足音と共にガチャりとドアが開いた。

 

 出てきたのはもちろん先日の依頼者、磯田さんだ。

 

 磯田さんに入室を促され部屋に入る、30代の一人暮らしにしては中々に綺麗な印象を受けた。

 

 入る前はゴミが散乱したような部屋をイメージしていたからか、整頓され清潔感のある部屋に逆に違和感すら覚えてしまった。

 

 とりあえず今日の調査では部屋の中を見回り、どこで幽霊を確認したのか、などの細かい状況を整理するだけの筈だった。

 

 30分くらい経っただろうか…。雑談などを交えながら色々と話をしながら浴室を見て、リビングに戻る時だった。

 

 それは突然居た。なんの前触れもなく。

 

 僕含めた3人の時が止まったような感覚だった。

 

 長い髪、痩せ細った身体、憎悪が前面に押し出されたような形相をしていた。

 

 服装は真っ白なワンピースに見えたが一点だけ不自然におかしい。

 

 脇腹の部分から棒状の物が生えている。それだけならばまだ良かったが、それが生えている部分の周辺だけ赤黒く濁った色をしていた。

 

 そう、これは血だ。そうだと分かれば生えている物もナイフか包丁だとすぐに想像出来た。

 

 そしてそこからまた想像はぐんぐんと際限なく膨らみ、膨らんだイメージの女性の怨念が僕の中にずいと注入されていくような気がした。

 

 そうしたことで僕の背中に張り付くような悪寒がした直後、依頼者が割れんばかりの悲鳴を上げた。

 

 悲鳴の後はもうむちゃくちゃだ。酷く動揺しながら近くの物を投げては投げて、依頼者が一息ついた時にはもうそれは霧散していた。

 

 その後も悲惨だった。いやむしろ普通の対応と言った方が正しいだろう。

 

 依頼の早急な解決、大の大人が泣きじゃくりながらだ。

 

 そんな光景は普通に見れば滑稽に映るかもしれないが、むしろ何度も見た光景なのでさして驚きもしない自分の方が余程滑稽なのかもしれない。

 

 先生は依頼の早急な解決を約束したが一点だけ依頼者に質問した。

 

 「磯田さん、あの女性の事はご存じですか?」

 

 パニック状態の依頼者にその質問は、と思ったが先生は迷うこと無く聞いていた。

 

 「いや、あんな人知らないですよ!大体急な事で顔なんか全然覚えてないですし」

 

 半ば興奮状態であまり意味があった気もしない問答もとりあえず終わり、依頼者を落ち着かせ依頼が解決するまでホテルに宿泊するように伝えた。

 

 「先生どうですかね?今回の依頼は」

 

 先生は笑いながら呟いた。

 

 「私は名探偵だからなー、決め台詞はこうかな?」

 

 「謎は全て解けた」

 

 次の日は凄く探偵らしい1日だった。

 

 先生から受けた内容はこうだ。

 

 簡潔に言えば磯田吾郎、依頼者本人の身辺調査だった。

 

 あれだけの恐怖体験をした人というものは実に簡単だ。最早僕達の事しか信用出来ないのだろう、あれやこれやと色々な事を教えてくれた。

 

 だが人の本性なんてものはその本人や近親者からの言葉ではなんの意味も持たないものだ。

 

 なのでそこを踏まえて僕が磯田から聞いたのは出身校や職歴などだ。

 

 聞いた情報からクラスメイトや会社の同僚などに磯田の人柄を片っ端から聞いてみた。

 

 まあなんというか、出るわ出るわの悪評だらけ。

 

 胸糞の悪い話から胸糞の悪い話まで色とりどりの話を聞けた。

 

 とりわけ女性関係の話は列挙するときりがない。

 

 とりあえずここらで先生に連絡を取ってみる。

 

 「あ、もしもし。先生に言われた通り調べてみましたが、やはり酷い悪評ばかりが目立ちますね。ええ、はい。分かりました。」 

 

 そして全ての調査を終え、僕と先生はその日の夜にホテルに向かった。

 

ーーーーーーーーーー

 

 もう夕暮れ時も過ぎ、辺りには漆黒と爛々と輝く街並みが広がっている。

 

 眼前に有るのは依頼者を保護するのに良く使う中松ホテルだ。

 

 依頼者をホテルから呼び出し、外で話をする。

 

 まずは僕から口を開いた。

 

 「磯田さん、今日あなたの身の回りの事を調べました。そこで昨日聞いた質問と矛盾点が出来ました、分かりますよね?」

 

 僕の言葉を聞いて、依頼者は急に狼狽して矢継ぎ早に答えた。

 

 「いや、だから知らないですって、大体昨日も言いましたけどね、顔なんてあんまり見てないですし逆に知り合いだったら何なんですか?」

 

 そこまで聞いて先生が溜め息を吐きながら言葉を挟んだ。

 

 「磯田さん、別に私たちは警察に突き出そうなんて考えていませんよ? ただ貴方がそこを隠すならこの依頼は解決しないって事を言ってるんです、貴方の身辺調査をした結果、1人の女性が浮かび上がったんですよ、どうです?話してくれませんか?」

 

 夜の暗がりが少し街並みを深く沈ませたような錯覚がした。

 

 水滴が壁を伝っていくようにぽつりぽつりと依頼者は話し始めた。

 

 「きっかけは些細な喧嘩でした、なんて事ない喧嘩だったんです、でもその日私は酒を飲んでて……その弾みでついカッとなって近くの包丁で彼女を……」

 

 先生が淡々と言葉に詰まった依頼者に催促する。

 

 「彼女の事を知り合いの刑事に聞いたら行方不明届が提出されてました、遺体は隠したんですか?」

 

 「ええ……そうです、咄嗟の事で実家の裏山に」

 

 やっと聞き出せた、ここからが本題だ。

 

 「やはりそうでしたか、じゃあ今からそこに一緒に来ていただけませんか?そこで除霊術を施します」

 

 依頼者は先生の言葉を聞いて、こくりと力なく頷いた。

 

 深淵の闇の中、僕ら3人はヘッドライトのか細い光を頼りに進んでいた。

 

 ざわざわと揺れる木々は僕らを誘っているのか、はたまた拒んでいるのか、目的地が近くなるほど木々の揺れは激しくなっていった。

 

 依頼者の案内もここが終着点、皆何も言わず車を降りる。

 

 依頼者は何も言わない、だが目が語っていた。

 

 ソレが埋まる場所を。

 

 先生もソレを確認したのかぽつりと呟く。

 

 「今から除霊術を始めます」

 

 先生はトランクから小汚い布に包まれた物を取りだした、そしてそれを布から取りだし淡々と説明し始めた。

 

 「このアイテムは朽ちるほどに年月が経っているイチイという木の破片です、この木には聖なる力が宿っているのでこれで悪霊を鎮めてみせましょう」

 

 この言葉を聞いて依頼者の表情からは安堵が見えている。

 

 だが僕には、僕の中には真逆の感情が生まれていた。どろどろとこびり付くような負の感情が。

 

 先生はイチイの木をソレが埋まる場所にコンコン、コンコンと軽く打ち付けた。コンコンと鈍い音が鳴る度に、木々の揺らぐ音や虫の囁きが段々と静かになっている様に聞こえた。

 

 辺りから木を打つ音しか聞こえなくなった時、先生は静かに囁いた。

 

 「3秒目を閉じて」

 

 それは多分依頼者に言ったのだろう。だが反射的に僕も目を閉じてしまった。

 

 3……2……1……

 

 スっと目を開くとそこには昼間の彼女が立っていた。

 

 突然の事でなにも声が出ない、昼間より明らかに憎悪を秘めているその眼は僕でも先生でも無く、確実に依頼者の眼を捉えていた。

 

 依頼者は絞り出したようにヒッと小さく声を出し、後退りしている。

 

 「は、話が違うぞ!」

 

 依頼者は声を荒げて僕らの方を睨んでいる。だが先生は睨んだ依頼者から目を背けずに捲したてるように喋る。

 

 「話が違う?いやいや、そんな事ないですよ私達は最良の結果になるように努力しました、その結果がこれですよ、貴方の部屋は男の一人暮らしにしては綺麗すぎた、どうせ彼女を殺した後、すぐ彼女でも作ったのでしょう」 

 

 憎悪の塊のような彼女はジリジリと依頼者に近づく。

 

 「貴方のその最悪な性格によって殺された不運な彼女、その後すぐに次の彼女を作りのうのうと暮らしている貴方、どちらが悪いでしょう?一目瞭然でしょう?彼女はもう殺されてこの先幸せを掴む事はもう出来ない、ならば!貴方の命を持って彼女の恨みを、憎しみを取り除いてあげる事こそが最良の結果というものです」

 

 「あ、そうそう、ちなみにこのイチイの木の花言葉は悲哀、悲しみ、慰めなんですよ、主に降霊術で使われるアイテムなんです」

 

 最後の先生の台詞はもう依頼者には届いてなかったのかもしれない。

 

 もうその頃には彼女は依頼者の眼前に迫っていた、もう声も枯れ呆然と立ち尽くす彼の前に。

 

 彼女の憎悪が依頼者を呑み込む時、依頼者の腹部には血が滲んでいた、それはまるでペアリングのように僕の目には映った。

 

 「もしもし、篠田さん?遺体が2つ出たんで……ええ、はい、じゃあ住所送るんでお願いします」

 

 これで今回の依頼は無事解決だ。分かっている、こんなやり方、褒められる事ではないと、だけどこれが僕の生きる道、先生とこの深い森のような深淵を覗いて生きていくんだ。

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