星の転換

第13話 星の転換(一)

 丘の上に立つ複数の小屋のうちの大半は民家で、その中に一つだけ宿屋があった。乗合馬車の客の三人は民家へ向かったが、ラピス達二人だけでなく馬車で話しかけた青年も宿へ足を向けた。

 二階建ての宿屋はかなり広く、階下には大きな食堂があった。宿の働き手は少ないらしい。宿泊手続きには列ができ、ラピスたちの番が来るまでかなり待たされた。ようやく案内された客室で荷を整理したり地図の確認をしたりしていたら、もう時刻は夕餉の頃だった。

 食堂は南向きの角部屋で、天井近くまである窓からは丘を越えた向こうに谷合の街が臨めた。すぐ近くには、宿の外灯や周りに点在する民家の灯のおかげで宵闇に浮かび上がる菜の花畑が見える。

 給仕まで手が回らないためか、客達は銘々、厨房と向かい合った台から出来立ての料理を受け取り、食卓へ運んでいく。ラピスとクエルクスは何列か並べられた細長い食卓の端に席をとった。太い木を縦に切って作られた食卓の表面は年輪が剥き出しで、触れると少しざらつくが、自然のままの飾り気の無さは何故だか安心する。

 丘の上は肌寒く、熱々のそら豆のスープがじわりと身体を温めた。主食は全粒粉の生地で野菜と肉の牛乳煮込みを包んで焼いたもので、窯から出された焼き立てのものがそのまま皿へ載せられた。布巾を使わないと火傷する熱さだったが、芳しい香りに負けて、客達は冷めるのも待たずにかぶりついている。

 昼間は店に入る余裕がないため、温かい料理を食べられない。温菜にやっとありつけた嬉しさとその味の見事さに、ラピスもクエルクスも会話も忘れて一心に手と口を動かした。

 すると先の青年が、盆を乗せて二人の座る長机に近付いてきた。

「おや御両人、いい食べっぷりだねぇ。ここいい?」

「ふぉうほ」

 包み焼きの熱をはふはふと口から逃がしながら、クエルクスが隣席の椅子を引いてやる。

「ありがとさん。おや、星がよく見える晴れだなぁ」

 クエルクスの隣に座りつつ窓から空を見やり、青年は満足そうに言った。夜の丘は日暮れてからほどなく、星もあまり見えない時間なのに、である。

「そういえば、先ほど馬車で特別な用事があるようなことを仰っていらしたでしょう」

 ラピスは包み焼きの生地の端をそら豆のスープに浸しながら聞いた。

「ああ」

 二人に好奇の目で見られ、青年は馬車の中でと同じように悪戯っ子さながらの笑みを浮かべる。

「面白いもんだよ。今日みたいによく晴れてる日は特に都合がいい。見間違える心配が減るからね」

「見間違える?」

「もし本当に見たいんだったら、一緒に来るかい?」

 そう言われてはますます興味が湧く。断る理由も無い。青年が夕飯後に部屋まで迎えに来てくれるというので、二人は揃って皿に向き直り、残りの食事を平らげにかかった。

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