物語のはじまり
半島の端、三方を海に囲まれた王都、リア。上空の蒼天には鴎が飛翔し、夜漁から港へ帰ってきた船乗り達を出迎える。湾に吹く風は、潮と湿気を含んで柔らかく、帆船の帆を静かに撫でて陸へ上がっていく。
港に面して広がる城下町は緑多く、水平線から昇ったばかりの太陽の光に、芽吹いたばかりの若葉が朝露を纏い煌めく。
霜降りる冬の凍てつく寒さも、焦がすように肌を焼く夏の暑さも無い、春の朝である。
穏やかな波が船着場の桟橋にぶつかる。規則的に繰り返されるその音が、心地よい律動を作って耳を悦ばせる。
停泊中の小舟の先端に座り、裸足を冷たい水に浸けて、一人の娘が茜の水平線を眺めていた。華奢な体を包む浅葱色の衣は軽く、娘の長い雌黄色の髪と共に優しい風に揺れて宙に遊ぶ。
彼女が小さく口ずさむ歌は、桟橋の丸太を踏む音に気付いて途切れた。
「姫様、やっぱりここにいらした」
娘の睫毛がそっと上がる。透き通るような瑠璃色の双眸が、海を彩る陽の光を映し出す。自分に向かってかけられた声に、気付いているとも気付いていないとも言わず、娘は風の音に耳を澄ました。
「聞いてます?」
「聞こえてる」
再び瞳を閉じて、前を向いたまま答える声は、幼さを感じるほど高くもなく、かといって若さを隠すほど低くもなく。
「そろそろ、朝御飯ですよ。戻らないと無くなりますよ」
「それは困るわ」
返事と同時に娘は振り返りながら立ち上がり、服の裾をはたいて汚れを払った。肩を竦めてその様子を眺める声の主は、同じ年頃か少し年長の青年。黒の短髪が白い肌を一層際立たせ、僅かに前髪に隠れる黒鳶色の瞳は、優しそうでいながらも内奥に鋭さを湛えている。
「それじゃ、間に合うように帰りましょう。走れます?」
「もちろん」
青年に手を貸してもらいながら娘は小舟を飛び降りる。履いた靴が地へつくと、二人は岬を背にして街道へ向かって走り出す。
娘の名は、ラピス。半島の南端に位置するユークレース国の正統なる王位継承者である。
青年の名は、クエルクス。その昔、魔術を生業にしたとされる一族の末裔である。
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