6 名白ゆきは勇気を振り絞る。




 名白なしろゆきは一人、帰路についていた。


 名白からチョコを託された居宇子きょうこも他の女子同様断られ、あまつさえそのチョコを、彩籐さいとう瑞稀みずきに没収されてしまった。

 それ以上あの場に留まっていられず、名白は逃げるように下校したのだ。


黒栖くろすさんでもダメだったんだ……。わたしじゃもっとダメだ――)


 どうせ後悔するのなら、行動して後悔した方がずっとマシ――普段の名白ならそう思う。


 だけど今回に限っていえば、そもそも後悔したくないのだ。

 失敗は、そのもの失恋に繋がるだろう。

 はっきりと直接断られてしまえば、自分の気持ちがいくら諦められなくても、諦められないからこそ、フラれてしまったという事実に苦しみ続けることになる。


 しかしもう、直接でないにしろフラれてしまったようなものだ。

 チョコを受け取ってくれなかったということは、イコールそういうことだろう。


「…………」


 ため息がこぼれる。


 何もしなければ、なんでもない、だけどこれまで通りの関係でいられた。

 友達というほどではないけれど、同級生として。高校生になっても、もしかしたらそうして……同じ教室にいられるだけで、優しい気持ちになれるような、そんな時間が続いていたかもしれないのに。

 今日の出来事は、そうした曖昧だけど穏やかな、変わり映えしない日常を、決定的に変えてしまった。少なくとも、そうした一因になっていく。


「……ふう」


 起きてしまったことはもう、どうしようもない。過去を変えることは出来ない。

 だけどその見方なら変えられる。


 失恋はした。仕方ない。そもそもこれまで直接彼にアタックすることも出来なかったのだ。チョコを渡す以前の問題で、そんな有様で交際なんてかなうべくもない。

 すぐには割り切れないけれど、いつか……時間が解決してくれると信じて。

 この失敗を繰り返さないよう、もしもまた誰かに恋をすることになったら……その時には、ちゃんと。


 いい経験をしたのだと、自分に言い聞かせる。


 そうだ、甘いものでも食べて気分を切り替えよう。お昼はとったばかりでおやつの時間には早いものの、失恋したら髪を切るかスイーツのやけ食いが効くらしい。


 名白ゆきは近くのコンビニに寄ることにした。


 一番高いスイーツが一番美味しいとは限らないけれど、もったいないからきっと残さず最後まで食べきれる。


 どんなに泣きたくなっても――


 せめてもの救いは、これが中学最後のバレンタインだということ。

 来週には期末テストがあるものの、これまでのように彼と顔をあわせることはないだろう――



 コンビニを出る。

 名白ゆきは、逢羽あいば悠里ゆうりと出くわした。



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