25.我が愛しの婚約者殿 ★エルヴィス視点


 我が婚約者は、他に代られない存在と言える。


 感情論の話ではない。


 幼少の頃から、他の者が見ていないものを見、他の者が気にしていないものを気にする。


 どこから仕入れるのか、王立学舎の賢者どもも知らぬような事を知っていたり、時にはまわりの者も遠慮して口に出さぬ事を、この私に諫言する。


 こんな令嬢が他にいるか?


 出所は解らぬが、王立学舎の賢者達が舌を巻く知識を披露したり、私や他のバカ貴族どもに諫言するときは、まるで幾人もの子を育てた名乳母か多くの学者を排出した女家庭教師ガヴァネスのようであるのに、普段の彼女は、人前に強く出るのをよしとせず、派手な衣装や宝飾品もさほど興味を示さず、ちょっとした事ですぐ恥ずかしがり赤面する、おとなしい少女なのだ。


 こんな面白いモノ、誰にも譲れないではないか。



 今も、自分こそ具合がよくないと言うのに、私に移しては困るだろうと、かなり具体的に、予防策を講じてきた。


 「ウイルス」がなんなのか解らぬが、話の流れで言うと、風邪をひく素になるものなのだろう。

 彼女からそれが私に付着している可能性を案じ、手を洗いうがいをしろと言う。

 しかも、ただ洗うだけでなく、石鹸を、泡立てて指の付け根まで細かく洗え、水で流すのももういいかと思ってからさらにもう少し長めに、よく洗い落とせと言う。


 うがいも、ただの水ではなく、茶に含まれる成分の「カテキン」とやらが、その「ウイルス」とやらの活動を抑えるのだそうだ。


 半信半疑ではあるが、彼女が強くああ言う時はたいてい正解なので、素直に従っておこう。

 そして、風邪が流行る冬季には、屋敷の者すべてに徹底させようと思い、エルナンに詳細をメモさせた。

 後日、もっと詳しく聞き出すとも言っている。有能な侍従は歓迎だ。

 が、正直、私以外の男が、彼女に近しくするのは面白くない。面白くはないが、この場合は、エルナンだから信頼して赦してやろうとは思う。思うが、やはり面白くはないのだ。


 退屈させない面白い婚約者殿ではあるが、なかなかに困った存在でもある。

 我が愛しの婚約者、リィナリッテ・フォン・エステルフェード=フォルタレーザ侯爵令嬢殿。

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