#5

「ロク……」

「ん?」


 彼女が立ち止まって眺めた先は、ラブホテルのエントランスだった。


「んんっ」


思わず変な声が出てしまった。そして、おとなしくなったはずの、あの内臓のそわそわが、何倍にもなってドッと押し寄せてきた。生唾をまたごくりと飲む。

彼女が潤んだ目で僕を見つめてくる。


ずっと考えていたのはそのことなのか?

君はそんなに僕と……


(そんなことありえないなんてわかっている。生まれてから貞操を守り続けているため、愚かな思考は許してほしい。)


「行こう。」


無我夢中で彼女の手を引っ張って、中に入った。こんなホテルの目の前で立ち止まっている方が恥ずかしい。何より彼女が望んでいるんだ。躊躇する必要なんてないだろう。


映画と漫画で得た(それだけじゃないが)、なけなしの知識で、パネルで部屋を選び、フロントでカギを受け取った。

部屋に入るまでの間に、彼女の顔を見ることができなかった。今からする事への期待と、自分自身がどれだけ昂っているのか、どうしても悟られたくなかった。


部屋の鍵を握りしめて、二階まで階段を上り、ランプが点滅しているプレートを見つけた。

まるで部屋に入ることを急いているような、「やっちまえ」と煽っているような、

今までに見たことのない光のように感じた。


鍵穴に鍵を差し込むが、その手が震える。その時に自分の呼吸が相当荒くなっていることに、初めて気が付いた。


ガチャッとドアを開けると、自動精算機がしゃべりだす。内心少し驚きつつ、紙幣の投入口に一枚ずつお札を入れていく。ウィーンという機械の音が続くが、自分の心臓の音のほうがずっとうるさい。

前払いが終わって、いよいよ部屋の中に入った。


大きなベッドと間接照明が、普通のビジネスホテルとは違う。ソファに荷物を置いて、ベッドに腰掛けた。


本当にいいのか……?


そう思って彼女に意思確認をしようとした。


「徳田……」

「ハル。ハルって呼んで。」

「えっ……」


座る僕の前に、後ろを向いて立つ彼女。間接照明によって、シルエットに近いが、華奢な女の子の姿が、そこにはあった。


「ロク」

「な、なに……」


「ファスナーを、おろしてほしいな。」


そういいながらカーディガンを脱いで、ワンピースのファスナーを僕に見せた。


 本当にいいのか……


そう認識したとたんに、自分の顔面から火が噴出しそうなほどに、熱が昇っていくのを感じた。

僕は立ち上がり、彼女の背中に手を伸ばす。細い肩にそっと手を置いた時、彼女がビクッと反応した。その反応がまた、僕の期待を大きく膨らませてしまう。


ファスナーの小さなチャームを掴んで、スーッと下におろしていく。ショートカットの彼女の首筋から、目立つ背骨、肩甲骨があらわになる。僕がこれまで知らなかった世界が、今目の前にあるように感じる。未知の領域がだんだんとはっきりしていく。




「ハ、ハル……」




はっとした。


予想もしなかった。


少し暗かったから、最初ははっきり見えなかったけど、目が慣れてくる。


彼女がずっと抱えてきたものが、そこにはあった。

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