#3

午後三時。


もはや映画への期待よりも、その自信のほうで心が満たされていた。口角が思わず上がってしまうのを、わざと咳をするのでごまかして待つ。

彼女が新宿駅の改札から小走りでこちらに向かってきた。誰も気にしないのに、前髪が崩れるのを必死に抑えながら来る姿は、いじらしくて、僕はさらに大きな咳払いをする羽目になった。


「ロク、あたしポップコーン食べたい。」

「映画よりもポップコーン食べたいから来たんでしょう?」

「そんなあたしが食いしん坊みたいな言い方しないでよ。」


他愛もない会話をしながら、チケットを買い、バター醬油のポップコーンのМサイズ(彼女は注文の時にLサイズと言いかけたが、僕が近づくとМサイズに変えた)を片手に席に向かった。


前に好きな監督の作品を彼女が観てくれたことがあったため、その話をしながら待つ。いつも教室で話しているのに、なぜか彼女の顔を見ながら話せない。目線がごまかせなくて余計に饒舌になった気がする。

いつものシネマイレージやらレディースデーやらの宣伝、ビデオカメラが踊る映像が流れ、やがて本編が始まった。


静かなピアノの曲が流れて画面が明転すると、僕はふと彼女の方を見た。いつもの明るい表情は何処かへ行き、スクリーンの白い光が彼女の顔をより一層白くしていた。三秒ぐらい見入って我に返る。

目線は交わることなく、僕の一方通行で終わってくれた。好きな監督の最新作なのに、こんな浮かれていては千円をドブに捨てかねない。それでもいい、この緊張感と優越感が今日の最大のご褒美であるとは、まだ僕には思えなかったのが幸いだった。


物語のあらすじとしては、幼いころから兄弟や友人と自分自身を比べてしまい、悲観と妬ましさに狂いながら、自分を保つために舞台で芝居を続ける男の姿を描いている。結局、その主人公は、自分を保つためにのめりこんだ芝居によって、現実とフィクションが混同してしまい、最後は無垢で汚れを知らない少年の役に染まり切ってしまう。



 映画の中盤で、濡れ場があった。役にのめりこんでしまう主人公が、自分の相手役を演じた女優と役のまま情事に及んでしまうのである。


スクリーンいっぱいに映る女優の恍惚とした表情と、会場いっぱいに響く、湿っぽいキスの音と嬌声が、思春期の男子にはなかなか刺激的だった。


 初めて二人で出かけて、こんな場面を目の当たりにするとは大誤算だ。とにかく彼女の反応が気になった。


顔を見ようと目をやると、ばっちり視線が合ってしまった。

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