#2
高校二年生の時に、クラスで初めて隣になった女子が彼女だった。一年生の時は顔を見たことがある程度で、名前は知らなかった。四月の自己紹介の時に初めて話して、名前を知った。
「あたし、徳田春。よろしくね。」
「七尾緑です。よろしく。」
「うそ、これでロクって読むの?」
「うん。よく言われる。」
「だって最初に名簿で見かけたときに女の子だと思ったもん。」
「それもよく言われる。」
人との付き合いがあまり得意でない僕にとって、下の名前で呼び捨てにする女子は、彼女しかいなかった。「ナナオロク」という数字が二つ続いているような名前を、自分では気に入ってなかったけれど、すんなりと受け入れることができたのは、その彼女の天真爛漫さがあったからだと思う。なんとなく、彼女が呼ぶ「ロク」という名前は、少しだけ特別な感じがした。
僕が彼女に憧れるのに、そう時間はかからなかった。
少しずつ打ち解けて、毎日話をするようになった。朝はいつも「眠い」を連呼し、その理由をたずねてみた。
「あたし、学校の近くの古本屋でバイトしてるの。一応、看板娘。」
「へぇ。」
「ロクは接客とか向かなそうだよねー。」
「うるさいな。」
ときたま、彼女が働く古本屋まで足を運ぶこともあった。背の高い本棚が立ち並ぶ狭い通路で、本の陳列をしている彼女は、なんだか小説の登場人物のようだった。あまりにも絵になっていたため、現実味がなかった。たぶん僕はその時に
「綺麗だ」
と思ったのだろう。もうその瞬間にはすでに、あこがれは別のものに変わっていたのかもしれない。
僕が彼女に恋をするのにも、そう時間はかからなかった。
僕が彼女の世界に触れるように、彼女も僕の世界を知りたがった。僕はそれがすごく嬉しかった。ただただ嬉しかった。勧めた音楽、映画、漫画を彼女は全部聞いて、観て、読んで、必ず僕に感想を言った。
所属しているシネマ研究会(通称シネ研)で作成した動画を見せて意見を聞いたりもした。彼女はいつも僕が思いつかないような視点から物を言ってくるため、たびたび驚かされたし、僕の創作意欲のひとかけらになった。
それが転じて、一緒に映画を観に行くことになった。好きな監督の最新作が観たくて、でもせっかくなら彼女を誘いたいと思って、勇気を出して誘ってみた。珍しく、女子を誘ってみようという僕の試みを知ったシネ研の部員たちが、僕の周りに集まって煽りに煽った。人との付き合いが苦手なはずなのに、どうして誘うことができたのか、きっとその煽りによって調子に乗って、変に火が着いたんだと思う。煽りというのも、僕が誘っても女子には見向きもされないだろうと、みんな思っていたはずだ。
「あの…徳田…。」
「なぁに?」
「映画、良かったら一緒に観ない?」
「映画?」
だけど、周囲の期待に反して、彼女は首を縦に振った。僕にとって、それが少し自信になった。いいや、少しどころじゃないのかもしれない。むしろガッツポーズをしていたように思う。何に対しての自信なのかは言わずもがなで、いつか思いを告げたいと考えていた。
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