twilight

11話≠一戦の後の事1

──燃え立ち上る、古城を囲っていた火柱がようやく焚き火程の火勢となっていた頃、微かに空が白茶気ていた。


 よろよろとお互いを支え合うように古城三階のリサ達の休む寝室へ向かう、足取りの重いハルトとリサは、


「ご、ご無事で」


 途中の廊下で、その満身創痍の出で立ちの二人を見、顔をひきつらせる騎士達と出会う。エフィリーネは、


「『強欲』は討伐した。お前達、怪我は無かったか」


「いえ……」


 微妙な面持ちで語調を下げる騎士へ、気遣いの言葉を掛けた。

 

「お前ら、本当にいたのかよ」


 違って、大の男五人があの騒ぎの中で、縮こまって援軍にも来なかった事実に気付いたハルトが抗議の声音を上げる。


「自分達は……その」


「ハルト。いいんだ。彼らは元々無理を言ってついてきてもらっているんだ。そう多くを求めていない。それに、あの場に彼らが来なくて良かったと、私は思うよ」


「……お前がそう言うなら、まぁ、それもそうだが」


 この騎士達を引き連れていたのはエフィリーネである。そんな彼女は、ハルトが駆け付けた時には窮地の惨状だった。それを踏まえて、彼らに何が出来たのであろうかと考えれば、そう思うのも無理は無い。


「さて、ハルト。私達も消耗しきっているな。二人の顔を見たいところだろうが、まずは休もう。……一緒に、寝るか?」


「ぶぅっ!」


 思わず吹き出したハルトは、


「あのーエフィリーネさん?貴女は、エフィリーネさんですよね?」


「それは私が、エフィリーネの皮を被った理恵子なのか、それとも、理恵子のふりをしたエフィリーネなのか?と言った質問かな。そうだな。まだ夜は明けきってないし……かと言って明けてないとも言い切れない。今の私は、誰なんだろうな、ハルト」


 夜の間はエフィリーネの本人格は眠る。理恵子はそう言っていた。だが明確に夜、と言うのはどこからどこまでなのだろうか。ハルトには予想がつかなかった。


「……あの、自分で遊ぶのは止めてもらえます?」


「そう?遊んでなんかないよ?ね、エフィ?」


「まったく」


 代わる代わる言葉を紡ぐエフィリーネは、二人で一つだった。


(まったく。そりゃこっちの台詞だよ)


 二人の女の子にからかわれたハルトは、軽く嘆息すると、日が昇り始めた窓の彼方の景色を見て、目を細めた。



────────────────────



「じ~~~~っ」


「んン……?」


 薄暗い古城の寝室のベッドで、破けた布団の綿のゴワゴワに身動ぎハルトは、自分を見詰める妹の姿を見た。


「リサ」


 背もたれの欠けた椅子に座り、兄の顔を除き込むブロンド掛かった茶髪を小さなポニーテールに纏めた少女、リサは、眠たげに目を擦る兄の仕草に、


「お兄ちゃん」


 ようやっとその口を開いた。


「お兄ちゃん!」


「うおっ!」


 がっしり、と抱き締められたハルトは、スリスリと頬を寄せるリサに、


「……大丈夫、だったか」


 その小さな頭を優しく撫で付けながら、そっと抱き返した。


「大丈夫……な訳ないじゃん!お兄ちゃん一人で、お兄ちゃんが一人で、お母さんもあれで、あれで……もう、もう訳わかんないもん!」


 怒って、いる?ハルトは叫ぶ様なリサの態度に、若干戸惑いながら、


「あ、ああ。すまん。でも、全部上手くいったんだ。何も、誰も、死ななかった。だから」


「そんなんじゃ、ない!」


 諭すハルトに、キッパリとした声音でリサは寝起きの兄の顔を見上げて表情を崩した。


「……私を、一人にしないでよ……お兄ちゃん」


 当時何の状況も知らないリサ。その時ハルトの行動は、実際に結果を出した。このリサの言葉は、普通にとらえたらただの我が儘にも聞こえるだろう。しかし、


「……ごめん、リサ」


 ハルトには、それが客観視出来なかった。ベルンハルトではなく、唯柏木春人として、単純に目の前の少女を、妹として見ていた。


「うえ~~~~ん」


 遂に泣き出してしまったリサを、よしよしとあやしながら背中を擦るハルト。


 ──リサを、この異世界で出会った最初のこの子を、もう二度と泣かせたくない。


 柏木春人はそう胸に誓ってただ泣きじゃくる妹を抱き締めていた。



────────────────────



「とりあえず、エフィリーネの所に行くか」


 ひとしきり泣ききったリサを慰め終え、ハルトは重たげな体を持ち上げながらそう言った。


「…………っ」


 何か言いたげなリサは、


「……うん」 


 微かに頷いて、ハルトに付いて行く。エフィリーネの休む寝室はハルトの居た寝室と同じ階層にあり、場所を知っているリサがそれとなく先導する。相変わらず薄暗い古城の廊下で、リサは小さなポニーテールを小気味良く振りながから、ハルトに振り向く。


「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんはエフィ、あの人の事、どう思ってるの?」


 言い直し眉をひそめたリサの表情からは、エフィリーネへの膿んだ気持ちが隠せない。彼女はこの二人の兄妹にとって、父親を奪った張本人でもあるのだ。


「どうって。それは……」


 俯き口ごもるハルトは、確かにベルンハルトの記憶を持つ。エフィリーネへの暗い思いは腹の奥底で渦巻いているものの、同時に彼女は理恵子でもある。一概に否定的な言葉を選ぶのは、気が引けた。この時は。


「……少なくとも、今回はアイツのおかげで色々助けられたと思う。それに父さんの事も、恨むとか、違うかもしれないとも、思う」


「……ほんとにお兄ちゃんじゃないみたいだね」


 ドキリ、とハルトが顔を上げた時には、リサは前を向いてしまっていた。


「リサ、俺は」


「いいんだよ?私だってアレがあの人のせいだなんてほんとは思ってない。……でも」


 少し、声が潤んでいるのか。震える様な声音だけのリサは、


「大好きだったお姉ちゃんを恨んで、お父さんが死んで……すごく、悲しかったのは、今でも一緒」


「そう、か」


 わかる。わかるかも、知れない。今のハルトはベルンハルトではない。あくまでも別人の柏木春人である。記憶の過去を辿っても、その時ベルンハルトの感情を意思を、明確に知る術はもたない。だが、まだ幼かったリサが抱いた感情の名は、なんとなく理解出来そうだった。


「……なら、今のリサの気持ちを、正直にエフィリーネに伝えてやればいい。それだけで、良いんじゃないか?」


 遠回りにそうあって欲しい。そうなって欲しいと、思いながらリサの小さな背中に目をやるハルトに、リサは、


「うん」


 背中を押してもらったかの様な歯切れの良い一言で、返事を返した。

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