篭城戦での事4
一瞬、昼間かと思った。ハルトがそんな呑気な事を考えていると、
「この魔力の奔流……!?エルヴィラか!?」
聞きなれない名を口にしたエフィリーネがハルトに抱かれた腕をほどいて立ち上がる。
「外を見てくる!そこを動くなよ、ハルト!」
もはや理恵子のりの字も感じさせないキツイ語調に戻ってしまっていたエフィリーネは、一人ハルトを置いて正門へと走り去ってしまう。
「……
よっこら、と立ち上がったハルトは、涙の痕も乾かぬうちに、エフィリーネの後を追った。
────────────────────
──嫌な予感がする。思い出す。
エフィリーネが古城を駆け抜けながら逡巡するのは、過去の記憶。
自分にとって、絶対的な存在であった剣士、レオル・ブレイズ・ブランドナーの血に濡れた
おおよそ敵無しで無敵に思えた二人の剣士は、まとめて地獄の底へと叩き落とされた。地獄から唯一逃れたエフィリーネが払った代償は、彼女が背負うにはあまりにも大きい。
「……私が死ねば良かったのかもしれない」
死なない、とハルトに泣き喚いたのは理恵子であって、エフィリーネでは決してない。この体が背負った贖罪の十字架は、実際のところエフィリーネ一人のモノで、理恵子はあくまでも他人の人格に過ぎなかった。その、今は眠っているエフィリーネの人格をさし置いて、他人のはずの理恵子がそう呟いてしまう程にエフィリーネの精神は常に追い詰められていたのであった。
「……なんのつもりだァ、あんのクソ猫がァ。こりゃァ、魔女ってのもあながち嘘じゃァねぇなァ。……おんや」
居た。ソレが。五年前とほとんど変わらない出で立ちで。ソコにおぞましく存在している。
「そっちから出て来てくれるたァ手間はぶけたァってもんだァ。……五年、掛かったぜェ?姉ちゃんよォ?」
「…………」
「あァ?」
「フレイズ」
ゴォ、と、唯一言の呪文の詠唱で、エルフへ差し向けた人差し指指から極大の
「あああああああああァ!?」
戦隊ヒーローモノの怪人もかくや、爆発、爆散した。
「……夢にまで見た」
呟くエフィリーネは、燃え盛るエルフを中心とした焔の盛りに、怨念の籠った呪詛の言葉を投げ付ける。
「貴様を、殺す」
燃え上がる火柱に囲まれた古城で、一人の女の復讐が始まった。
────────────────────
「…………」
焼かれる肢体の輪郭に、エフィリーネは勝利を確信してはいない。ヤツには、不可解な能力があった。それが『罪』と呼ばれるモノに相違無いなら、一個人で相手が出来る敵ではないのかもしれない。それは五年前に良くわかっていた。
「ブランドナー……私に、力を」
抜き放った長剣を構え、徐々に火勢の弱まる焔の内の狂人を見据える。そして、
「『
スッ、と、焔がまるで何事も無かったかの様に消え去った。
「ずいぶんじゃねぇかァ。久しぶりの再会なんだからよォ、涙の抱擁といこうぜェ?姉ちゃん」
それはもう済ませてきた、とエフィリーネが語る気も無く無言のままエルフに詰め寄る。
「ちっ、えらく大人ぽくなってよォ、常識にかなう女になりやがってよォ、こちとら泥水啜って生き長らえたってのによォ、酷いぜェ?」
「…………」
詰め寄る、詰め寄る、詰め寄る。
まるで警戒など、間合いなど、お構い無しとでも言う様に。エフィリーネの右目の褐色に宿った怨嗟の焔は、彼女の言葉を殺す。
「えェ?そうかいそうかい。じゃァわかったァ。……今度はその左目、俺に喰わせろォーー!!」
「はぁっ!」
飛び掛かるエルフに、横薙ぎの一振り。
「ひっはァ」
悲鳴か呼吸音か、何とも言えない声を出したエルフに、長剣が、
トンっ、と跳ね返された。
「……やはり」
「ぐり~~~~ど」
ニチャァと笑むエルフは、自身の横腹に当たった軽い衝撃に満足そうな表情をする。
「なんだァ姉ちゃん。忘れちったのかァ?俺は、『罪』だぞォ?」
『罪』。エフィリーネはその言葉を絶望の意味を持つ答えとして知っていた。
「……
「開口一番それかよォ。やっぱりお前はァ、泣き叫ぶまで指の先からァ、噛み殺してやるよォ……目ん玉は生きたまま噛み潰してやろっかなァ」
ニチャニチャと微笑むエルフに、エフィリーネは長剣の切っ先を向け、
「黙れ愚図が。何を余裕ぶっている?貴様が『罪』だと?知った事か」
チリチリ、バチバチ、と、エフィリーネの薄く発光する左腕全体から、蒼白い火花と電花が混じり弾ける。
「私はアレグリア国ブレイズ・ナイツが一員、最強の騎士、レオル・ブレイズ・ブランドナーの教えを承けた騎士、エフィリーネ」
みきみきと音を立てる様にエフィリーネの元々長めだった左耳が、まるでエルフのソレの様な長耳へと変貌を遂げる。
「エルフの成れの果てには、エルフの弔いを。行くぞ、バル」
瞬間、雷鳴、とでも言う様な速度で、エフィリーネがエルフの背後を取った。
「あァ?」
「はぁぁぁぁぁっ!」
力押しの一振り。ただの剣戟の一撃が、雷鳴の速度でエルフの背中を撃ち据えた。
「『
ワンテンポ遅れたエルフの叫びが意味する様に、衝撃を殺せなかったエルフは見事に吹っ飛ばされる。
「ごわっ、がっ、くそがっァ!」
「『罪』がなければ、即死だったな」
冷徹な視線で転がるエルフを見据えるエフィリーネは、『罪』にかまけた呑気な戦闘しかしないエルフに、負ける気がしなかった。
五年前とは状況が違う。今のエフィリーネは、一人で戦っている訳ではないのだ。
「なんだァ、そりゃァ?火魔法はどうしたァ?ずいぶん変わってるじゃァねえかァ」
「貴様は変わらず、下種のままだな」
「殺す」
余裕が無くなったのか、今のエフィリーネの一言で火が付いたのか、エルフはワナワナと震え出す体を押さえ、射抜く様な目付きでエフィリーネを睨む。
「──『
(さぁ、ここから。勝つよ、エフィ)
今は眠っているもう一人の自分へ、理恵子は呟く思考に一間を置くと、
「はぁぁぁぁぁっ!」
黒に歪む殺気の蠢きに向けて、突進した。
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