篭城戦での事3
──大広間での会議の結果、リサと母親が休んでいる三階の寝室を中心にして五人の騎士を配置し、白猫の魔女の加護があるかもしれないハルトと、騎士としての実力からエフィリーネは一組となり古城一階のエントランスで警戒、待機をする事となった。
「落ちちゃったの?窓から?そんな死に方……えー……」
呆れた様な顔をするエフィリーネに、ひきつった顔のハルトは、
「しょ、しょうがないだろ。俺だって死にたくて死んだ訳じゃないんだ」
「ハルトらしい最期だったね……」
「うるさいわ!」
哀れむエフィリーネ。
「とまぁそこからだ。目が覚めたらこの世界にいて、今日に至る。そんでこの体の前の持ち主の記憶も残ってる。ベルンハルト・ブレイズ・ブランドナー」
「…………」
若干目を逸らした様なエフィリーネに、ハルトは無意識にきつめの目付きを向けている事に気付いた。
「……ベルンハルトとお前……いや、エフィリーネか。この二人の過去の話しは記憶で知ってるつもりだ。お前の顔を見た時、それが感情になって沸々と湧いてきた。……どう言ったらいいか……その、そうだな」
言っていてハルトは、それがエフィリーネの顔をした理恵子に伝わっている事にやりづらさを感じる。対して自分もベルンハルトの皮を被った柏木春人でしかないのだ。それでも、二人の中には決裂とした記憶と感情が水面下で渦を巻いていた。
「よくも僕の前に。……多分そんな感じだったな。あの時俺の頭の中でベルンハルトが思っていた事は」
「すまない」
つ、と振り上げた表情は凛として、一種精悍ささえ感じさせるその顔は、エフィリーネのそれ。
「ブランドナーの一件で、お前やリサ……母上に私は……そうだな、それこそ死んで侘びても足りない傷を作ってしまった。それなのに私は……」
「俺に言うなよ。俺は柏木春人だ。俺自身はただ知ってるだけで、別にお前に恨みなんてもんはありゃしねぇ」
「そう、か……」
居心地が悪そうに長剣の柄を撫でるエフィリーネ。ハルトは理恵子とエフィリーネを即座に切り替える目の前の女騎士に、
「ところでお前、どっちだ?」
至極ストレートな質問を投げ掛けた。
「……それは私が、エフィリーネなのか、理恵子なのか、って質問で良いのかな?春人」
「ああ。俺と似たような経緯でこの世界に来たのなら、お前もエフィリーネの記憶だけを……」
「違うよ、春人。私の中には明確にエフィリーネの意思も記憶もあるの。ただ、日が暮れると彼女は眠ってしまうの。今の私は、理恵子だよ。……でもずっと傍にいたから、喋り方とかだいぶ彼女に似てきちゃってるかも。そう言う意味なら、夜の私はハルトみたいな存在だね。他人の記憶だけを知ってる、日本人」
コロリと変わった軽い口調は理恵子のモノだ。ハルトは、自身の心にあった疑心暗鬼のヴェールの様なものが綺麗さっぱり無くなった事を感じていた。
「そう、か。理恵子か……今は、理恵子なんだな……」
「はる、と?」
自分では普通に喋っていた様に思えた。だが、その表情と流れ始めた涙は、エフィリーネにドキリと胸を高鳴らせる程の心配を与えてしまう。
「理恵子か……そっかやっぱり理恵子か……理恵子なんだなぁ、そっかぁ……久しぶりじゃん……」
堪らず座り込んでしまったハルトは、止まらない崩壊した涙腺を隠す様に俯く。
「春人……私だよ。ここに、いるよ。もう、死なないよ。死なないからぁ……」
よろよろと近寄ってきたエフィリーネは、覆い被さる様にハルトを抱き締めると、
「……本当に……本当に……春人なんだね……」
ハルトの頭に熱い感触が流れて滴る。エフィリーネもまた、その涙腺を決壊させているようだった。
「あったり、まえじゃん。俺だよ、春人だよ……俺は、柏木春人だよ……」
「うん、うん」
撫でる仕手と、温かく抱き締められる感触。エフィリーネの胸の中で嗚咽を上げるハルトは、何の事も無い。この異世界で理恵子と出逢えたこの奇跡を、自分が一番嬉しく、そして安堵を感じていた事に、今さら気付いて。
二人の涙が二人の身体中をぐしょぐしょに濡らすまで、抱き合うのをやめなかった。
────────────────────
──白猫が一匹、夜の古城を背に暗闇の広がる森を見渡していた。
純白の体毛に、漆黒のアクセントがどこか現実離れしている一種神秘的な出で立ちのその猫は、背後から聞こえた泣き声にやれやれといった顔をして嘆息する。
「異世界人が奇跡の再会って図さね。まぁなんとも絵になるシチュエーションさね」
ぼそりと呟いた白猫は、森に点在する魔力の蠢きに、眉をひそめる。
(囲んでいるって割には少なすぎる数さね。今夜の襲撃、ってのは杞憂かもしれないさね)
ぼんやりと暗闇に浮かぶ小さな魔力の拍動を、魔女たる白猫は感じる事が出来る。
「っ?」
ふと、白猫が生臭い様な、浮浪者の様な、なんとも言えない嫌悪感を抱かせる悪臭を感じ、振り返る。
「なんだァ、やっぱ動物は勘が良いなァ」
古城の正門を今まさにくぐらんとしていたのは。
「お前……臭いがするさね」
「まァ、森から出ねぇからなァ」
「そんなちんけな答えは聞いてないのさね」
鋭く眼光を光らせる白猫は、人間の子供程の体躯に生身の部分を黒ずんだ包帯でぐるぐる巻きにした、片耳の無いエルフを睨み付けた。
「そう言うてめぇはァ、喋る猫なんてアレだァ、四賢人の──情婦の成れの果てみてぇだなァ。まさか本人かァ?」
心底、可笑しいとでも言いたげな狂気染みた笑みを差し向けるエルフに白猫は、
(魔力を感じないさね……やはり、この男……!)
ざわざわとした殺気を毛並みに立たせ、白猫は確認する様に、
「私がかの魔女エルヴィラだとしたら……あんたは『罪』の一柱さね?」
「おお、おお、そうだよォ。俺様は『罪』をしょって生きるゥ、罪深いエルフなんだぜ」
「面白くもないさね」
問題なのはこのエルフが、白猫の魔力探知に引っ掛からなかったという事実のみだった。その事実のみが、普段人を喰った様な態度の白猫の語調を本気にさせる。
「まァ、待てよ。俺はこれからァ、人狩りあるんだ。遊んで欲しけりゃ」
「──デア・サーガ・フレイズ」
火柱が、上がる。古城を囲う広大な範囲で隙間なく燃え上がる火柱は大人一人分の高さを余裕で越える勢いで迸る。
「なんだァ!?猫ォ!?」
突然の大魔法の発現に、飄々としたエルフも臨戦の態度へ変わる。ギラギラとした殺気を感じながら白猫は、
「──これで、打ち止めさね」
「──『
雰囲気を変幻させるどす黒いエルフに、大きな溜め息を一つついた。
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