篭城戦での事2

「 ──状況をまとめよう」


 エフィリーネが古城の大広間にある長テーブルの上座で立ち上がりながら、各々の表情で彼女を見やる者達に告げた。


 エフィリーネ、ハルト、白猫、五人の騎士達。リサと母親は比較的綺麗な寝室に寝かされている。


「現在、このウエストンの森一帯は四賢人の『罪』から生まれし眷属が活性化している」


「おそらく『強欲グリード』さね~」


「…………」


 白猫の注釈を訝しそうに無視しながら、エフィリーネは続ける。


「……罪本体の目的は不明だが、私は五年前にも同様の罪の討伐の為、レオル・ブレイズ・ブランドナーと共にこの地でやつらと接触した過去がある。結果、皆も知る様にブランドナーは死亡。この私も」


 そこで無表情のまま言葉尻を切ったエフィリーネは、ただ一途に眼差しを向けるハルトに遠慮するかの様に、


「……命だけは、救われた」


 歯噛みするエフィリーネは、その事実をそのまま飲み込めなかった二人の兄妹の存在ありきの話し方をする。だが、今のハルトにはそれがもどかしくてたまらなかった。


「……エフィリーネ。それが少なくとも俺に気遣う言い草なら時間の無駄だ。要点を、簡潔に頼む」


 はた、とハルトを見やるエフィリーネは、そこにいる男が今まで自分が知るベルンハルトではなく、柏木春人だという事を踏まえた上でも、やはりこの話しをするにはプレッシャーを感じてしまう。


「すまない。五年前の討伐で一時的に終息した罪の動きだったが、最近になって目撃例が出た。正確には、目撃音と言ったところだが」


「『強欲グリード』の眷属となっているのは森のゴブリン達さね。ゴブリンは普通、あんな声を出さないさね~」


 声、というのはあの葉擦れの様な音か。


「魔獣は通常、同種族に通ずる鳴き声、声音で会話を行う。それがこのところ、葉擦れの声をのたまうゴブリンの目撃例が急増していた。現地調査を兼ねて私が派遣された流れだったが……やはり、というか、正直私もそうであって欲しくはなかったが……」


 若干の怒りを滲ませた声音に、自責を乗せて語るエフィリーネ。


「『強欲』が動き出した。このままでは、ここ一帯は少なくとも数日の内にヤツらに蹂躙される」


「栄えあるブレイズ・ナイツの騎士が言う台詞さね?」


 すかさず突っ込むのは白猫。眠た気な声でその真っ白な毛並みをペロペロと舐め整えていた。


「言っても、魔力のまの字も感じない様な連中を引き連れて来る様さね、半信半疑だったのは今さら察するも何もないさね」


「……貴女程の存在なら、この窮地を苦ともしないのでは?」


「気持ち悪い。やめるさね。私が契約したのは柏木春人であってお前ではないさね。それに私はただの、普通の野良猫なのさね~」


 言い切って身軽に広間を走り去ってしまった白猫を見送りながら、ハルトが軽く嘆息する。


「無理だよ、エフィリーネ。あいつとの契約は、俺も何となくわかる。俺に直接の被害が出ない限りはあいつの助力は望めないし、そもそも助けてくれたところで、俺以外の人間はその対象に含まれないと思う。母さんのあれが、最初で最後だよ」


「……別に頼った訳ではない。ただ、彼女に人としての人間味が残っているのか確認したまでだ」


 言ってハルトを見詰めるエフィリーネは、


「『罪』と眷属の活動は夜間が主だ。今夜が山場だぞ」


 何の特技も力も持ち得ない、唯一般人のハルトをまるで対等の相棒を見る様な深い眼差しでいた。



────────────────────



「ごめんね……春人」


 そう言ってうつむきながら隣を歩くのはエフィリーネならぬ理恵子か。


「謝んなって。やっと二人で喋れるんだからさ……」


「でも、でも」


「……くくっ」


「なっ、なにが可笑しいの??」


「それ、その喋り方。やっぱりお前は理恵子だよ」


「な、なにそれ!本当に本当に私は理恵子だよ!……夜しかこんな事、言えないけど」


 歳に不相応な子供っぽい怒り顔で抗議するエフィリーネと、ハルトは、月明かりが射し込む薄暗い古城の廊下を、二人並んで歩いていた。


「ハルト、ハルトはなんでここにいるの?」


「お前……それはだな、うーん……」


 凄まじく直接的な質問に、ハルトはどう説明したものかと詰まりかけてしまうが、そもそも、


「ってか理恵子。そりゃお前もだろうが。お前……あの日……」


 思い出したくない春人の過去の記憶。時間の経過でやんわりと忘れかかっていた重苦しいそれをもう一度反芻しながら、ハルトは目の前で別人の容姿をしている女性に質問を返す。


「……うん。あの日、私は多分死んじゃってるんだと思う。そう言われたし……すごく時間も経ってるしね。……お母さん、お父さん、どう、だっ、た……?ねぇ」


 気付いて、もはや言葉の最後が言葉になっていない事に、ハルトは何と答えたら良いかを戸惑う。だが、この異世界の地でつまならい気遣い等している場合ではない。ここは、日本の平和な世界観などでは決してない。


「……お前は、あのあとすぐに病院に入院したんだ。面会謝絶で俺は会えなかったけど……二、三日くらい経ったとき、呼ばれたよ」


 こんなことがあるのだろうか。今目の前まさに自分の目の前で呼吸をして、言葉を喋り、意識を持つ人間に、己の死に様を語る経験など、あり得るのだろうか。


「お前の葬式に。……お前のお母さんとお父さんは……ただ、そうだ、ただ、そこにいた。それだけだよ。正直覚えてない。覚えてる訳ないだろ?やめろよ、いきなり死んだヤツの葬式の内容なんて、覚えててたまるか」


「そう、だよね。ごめんね、本当に本当にごめんね……」


「だからいちいち謝るなって!だからあいつらに……」


 言いかけてハルトは、即座に言葉を飲み込んだ。その言葉の先にあるものこそが、前世界においては理恵子を死に至らしめた原因とされていたからだ。実際、理恵子の葬式は喪に服すどころではない修羅場だった。


(だい、じょうぶか……?)


 ハルトの理恵子への記憶は、五年前の時から止まったままだ。彼女はその原因の話しをされる事を極端に嫌っていた。それが、


「……でも、春人。ねぇ、春人。私、本当に本当に嬉しいんだよ?もう誰にも会えないと思ってた。もうこの世界で生きて行くしかないと思ってた。でも帰りたくて、泣いて、ずっと部屋に籠ってた時もあった。わかんなかったの。なんで、私が、私なのって」


 とつとつと呟く様に語るエフィリーネ。


「春人。春人。私もう大丈夫。春人がこの世界に来てくれたから……ここに居てくれるから……私はもうこの世界で死んでもいい」


 それは、心細かった一人の少女が、身内の登場で急速に安堵を得た事による心情の吐露なのか、どうか。春人には心当たりが有りそうな微妙な一線の上下を計りかねながら、


「冗談言うなよ。俺達、一回死んでるだろ」


 気の効かない言い回しでお茶を濁して、一応の段落を求めた。

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