7話≠殺意の権化の事
──エフィは舞う。長剣を翻し踊らせ、自身の半分程度の体躯の小人達を次々に切り伏せていく。
「は、あっ!」
一体いくつ殺しただろうか。返り血も拭えず、脂と血でベトベトになった全身に嫌悪感の一瞥をくれるとエフィは、
「数が多すぎる……!」
眼下の山積みとなった小人の死体に一抹の不安を覚えた。これ程までに魔獣が密集していた事例を、エフィは実体験として知らない。
(森全体が、呪いの範囲内なのか……?)
だとすればこれは一大事だ。秘密裏に処理を行えとの騎士団長の通告だったが、この国の森は広い。仮にこのウエストンの森一帯が呪いの範囲内だとすれば、個人の力では焼け石に水だ。それこそ、軍の戦力が要る。
「ザワザワザワ」
「っあ!」
思考もままならず押し寄せる小人達の強襲に、エフィは長剣を振り続ける事しか出来ない。
「埒があかない……!ブランドナーは……」
「おお?あの爺さんの事かァ?」
突如として聞こえた間の抜けた男の声音に、エフィは小人を切った勢いのまま振り返った。
「おお怖い怖いィ。にしても姉ちゃん満身創痍じゃねぇかよォ。大丈夫かァ?手貸してやろうかァ?」
「エルフ……!?」
闇夜の隙間からヌルっと現れた者は、やはり小人と同じように背丈は人間の子供程度しかない、全身の露出を包帯でぐるぐる巻きにした、片耳の無いエルフだった。エルフ特有の長耳は左にしかなく、右耳は千切れた痕に縫合の糸が痛ましく残っていた。
「にしてもよォ、こんなに好き放題殺してくれちゃってよォ……」
片耳の無いエルフが現れた時から察するに、小人達はこのエルフの仲間、というのは相違無い。今は大人しく立ち尽くしているだけの小人達だったが、エルフとの会話の間に数が増えはじめている。
「せっかくアイツらぶち殺せるとよォ……貯めてたガキ供なのによォ……」
ワナワナと震え始めたエルフに、エフィは長剣を振り抜くと血液を飛ばした。構える。
(コイツが『罪』だ)
確証は無い。だが、確信していた。何故なら、
「お前のォ……その血でぇ………
償えーーーーーーーーーーーーーーー!!」
狂気に歪んだその声音と、エフィの知り得ぬ魔獣を使役する能力。
一斉に飛び掛かる小人達に一瞥をくれると、エフィは炎を纏って突進した。
────────────────────
──村の宿屋の一室で、紅の髪を一つに束ねた若い女が鏡に向かっていた。
夜も更け、燭台に灯された火が薄っすらと室内を照らす。
肌着一枚で自分の肢体を凝視する女、エフィリーネは、両目を割って入るツギハギの亀裂、やや尖りエルフじみた左耳、明らかに地肌では無い色白過ぎる左腕、鱗の様な模様が目立つ右足を順に流し見て、目を瞑った。
(エフィ……私が守ってあげるからね)
今はもう聞こえないもう一人の自分の声へ、心の中で呟く。
「エフィリーネ様、エフィリーネ様」
「わかっている。開けるなよ、まだ着替えてないんだ」
そそくさと軽目の鎧姿へ着替えたエフィリーネは、開けた扉の前で待っていた武骨な男達を一瞥すると、
「今晩で、仕留めるぞ」
「はい!」「やりましょう!」「了解です」
エフィリーネはどこか気の抜けた軽い返事を聞き流すと、五人の武装した男達を引き連れて古城への道を進んで行った。
────────────────────
──白猫はハルトの絞り出す様な吐露の言葉に、まるで呪詛の様な成分が混じる事に眉をひそめていた。
破れたシーツに砕けた壁の粉と欠片が散り、座り心地が最悪に悪いベッドの上でハルトは頭に手をやる。その額にはネットリとした汗が滲んでいた。
「アレグリア共和国ではその年、魔獣の大発生が各地で起きていた。何年かには一度、大発生が起きて討伐された、もしくは街が壊滅した……なんて話しは、時々聞いてはいたが……遠い他国の話しだと、当時のベルンハルトは呑気に考えていたんだ」
「……魔獣さね」
「──ベルンハルトの父親は、アレグリア共和国の前身、アレグリア王国から続く守護騎士団の一つ、ブレイズ・ナイツの副団長だった」
家名をその名に刻んだ騎士団。しかしその身を二番手に甘んじていた父親。この理由をベルンハルトも春人も知るよしはなかった。
「任務だ、とか言って挨拶もそこそこに、ベルンハルトやリサの寝てる早朝にさっさと家を出てる何て事はザラだったし、朝起きて父親のいないテーブルを見て、リサが母さんに泣き付くのもいつもの光景だった」
「…………」
昼間ジャレ付いてきたリサの笑顔を思い出した白猫は、目を落として薄く息を吐く。
「ベルンハルトも嫌な予感はしていたんだ。戦争も無く、平和な世界で、唯一の災害だと言えるかもしれない魔獣の大発生。それがこの国で起きていて、父親が騎士団副団長
……任務と言えば、それらの討伐」
「回りくどいのは嫌いさね」
フニャーと疲れた様に嘆息した白猫は、ピョンとハルトの傍らに跳んでうずくまると、
「お前の、ベルンハルトの父親はもう生きてちゃいない。そうさね?」
「ああ。その討伐任務で、父親は死んだ」
一層声音を落とすハルト。不愉快な殺戮動画を見せられているかの様な不快感を、春人は感じていた。
「……まるで、父親が死んだその時を知っているかのような口振りさね」
「……当たり前だろ。だって」
古城の暗闇の中、淡い憐憫の光を放つ白猫の尾に目線をやりながら、ハルトは、
「父さんは、この森の中で、俺達兄妹の前で……エフィリーネに、喰い殺されたんだ」
目を瞑るハルトはしかし、自身の内に渦巻く感情が、憎悪では無い事を知る。脳裏に浮かぶのは、あのポカリと空いた、夏の夕暮れの光景だった。
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