daybreak
6話≠呪いの兆しの事
「お兄ちゃん、何にもなくて良かったね!」
「あ、ああ。リサのお兄ちゃんハルトくんは、いつだって元気百倍のモリモリだぜ!」
ハルトとリサ。二人は両手と背中に買い出した大荷物を背負いながら、我が家への帰路へと着いていた。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん」
リサは今までの微妙に距離感を置いていた反応とうってかわって、完全なお兄ちゃん子と成り変わっていた。ハルトの記憶ではこんな嬉しそうな表情を寄せながらハルトに語りかけるリサを見たことがない。
「お兄ちゃん、今日は一緒にに寝よ」
「にゃーーん」
リサの傍らに並走する白猫がつまらなそうにアクビの様な鳴き声を上げる。
「お、おう。今晩はお兄ちゃんがリサを暖めてやる!」
「やったーー!」
「にゃー!」
お前は鳴かんでいい。ハルトが白猫にジメジメとした流し目を送る。しかし今の状況では、そんな白猫の存在がありがたかった。
ハルトの中にあるリサの記憶は、ハルトに冷たく、それでいて世話焼きな、少し距離感のある兄妹だった。それが今は、
「重くない?お兄ちゃん?」
「かるっ!軽過ぎるくらいだって!リサこそ大丈夫か?」
「大丈夫だよ~ねー」
にっこりとした笑みを白猫に向けるリサは、ベルンハルトの心苦しい程にお兄ちゃんっ子だったに違いない。しかもそれが目の当たりになったのは、ベルンハルトが春人へと置き換わった今の話しなのだ。
これ程までに人が変わる負担を、ベルンハルトはリサに与えていたのか。春人としてのハルトとしては、少しでもこの妹へ報いを返したい気持ちで一杯になった。
(俺が変えてく人間関係か……こんなんも良いのかもな)
この異世界で目覚めた時から、ハルトは自らの置かれた状況に流されてばかりだった。ここで目の当たりにした妹リサの変化でハルトは踏ん切りを付ける。
(ベルンハルトには悪いが……俺が、春人が、修正していってやるよ)
もう一人の自分、ベルンハルト。彼の記憶こそ残っているものの、自我の様なものはまったく感じられない。だからこそ、
「にゃ!?」
「こらー!逃げるなー!」
リサにペロペロと舐められた白猫が驚いて逃げ出す光景に、安堵を覚える。平穏だ。
「もーう……お兄ちゃん?」
アレ?と気付いたリサがキョトンとハルトを見上げて小首を傾げた。
「どうしたの?人の顔じーって見て」
「いや。何でもないよ」
そう言って歩き出すハルトに小走りで近寄りながら、リサは溢れ出す笑みを隠さなかった。
────────────────────
──頼りない月明かりの照らす、朧気な森の中で薄紅の髪の少女、エフィは抜き身の長剣を構え辺りを警戒していた。
「ここだな」
背中合わせに同じく眼前に注意を巡らす、白髪痩身の剣士、ブランドナーはがさがさと音をたてる繁みの存在に殺気を当てる。
「魔獣とも違う気配……呪いより産まれし悪意の権化……」
「気を付けろ。ヤツらの発生源の『罪』は一筋縄ではいかないだろう」
「ブランドナーこそだ。こんな戦闘、私一人で」
「!!!!!!」
鬼の様な形相で神速の剣を振り抜けたブランドナーは、頭上のナニかを一刀両断した。
「ザッギュ、ザワッザザザ」
森の闇夜に隠され、その姿を窺い知ることは出来ない。半分になった胴体から噴出する鮮血がエフィの頬に生暖かい感触を与えた。
「ザワザワザワ」
繁みの中からソロっと姿を見せる、それら。人間の子供程度の身体に、草の腰巻き。大きな植物の一枚葉で顔を覆う様な仮面を付けているそれらは、
「フレイズ!!」
振り上げたエフィの長剣の切っ先から迸る、幅二メートルはある火線の奔流をまともに受けた。
「奴等の親の『罪』が居る!森の精霊達には悪いが……探せ、殺せ!エフィ!」
「言われずとも!」
そう言って二人は森の宵闇にそれぞれ消えた。パチパチと火線の直撃を受けた小人達の肉が燃え、逃れた小人達が散り散りに逃げ出す。
「ザワザワザワ」
小人達の発する鳴き声の様な、草の葉擦れる音が広大な森に響きこだましていた。
────────────────────
「いただきまーす!」
リサの元気な声に、いつにもなく明るい家族の団欒。日も暮れ、蝋燭と暖炉の柔らかな光が室内を照らす中、三人と一匹は夕食へとありついていた。
「それで?シルフィーさんはなんて?」
「んーとねぇ、今で良ければそれでいいんじゃないって」
もうそんな事はどうでもいい、といった風にリサの興味は買い出しの内容に含まれていた塩漬けの肉のシチューに移っていた。
「私も最初は変だと思ったけどさぁ、今のお兄ちゃんも悪くないし……美味し」
モグモグと口一杯にシチューとパンを頬張るリサは、何のけれんみも無い表情でハルトを窺う。
「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだもんね!」
「ああ。お兄ちゃんはお兄ちゃんだ」
「そう……良かったわね、リサ」
「にゃーん」
ペロペロと行儀良く、小皿のミルクを舐め取る白猫が暖炉の炎をその瞳に映り込ませてハルトを見詰めた。
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「どうだいお前、上手くやってんじゃないのさ」
「いやぁ、それほどでも……」
「誉めてにゃい」
ふぁー、と眠そうにアクビをした白猫は、昨晩と同じ古城の一室でハルトの話しを聞いていた。
「この世界へ来て……俺、というかベルンハルトが、リサにも、母さんにも、気遣われて……あの一件からそう、みんなそれでも普通に生きてきたのに。俺は」
「あの一件?」
ピンと両耳を立てた白猫は、思い詰める様なハルトの表情を見た。
「ああ。過去の記憶って事になるし、俺自身が体験した訳じゃない。だから現実味に欠けるんだけど」
ふぅ、と毒々しい溜め息をついたハルトは、戦争で悲惨な体験した者にその悲惨な内容をもう一度紐解いて語るかの様な、えもいわれぬ心地悪さを感じる。
「あの事件。俺達家族の父親が、喰われた日の事だ」
その時ハルトの脳内にフラッシュバックするのは、その薄紅の髪が臓物色の鮮やかなピンクに染まり、父親の眼球をまるで葡萄はを噛み潰す様に口にした、彼女の姿だった。
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