断章≠B≠B≠Bという男の事

 かつて世界は四つに別たれ、現在の記録に『大戦たいせん』と呼ばれた世界大戦があった。


 それぞれの帝国、王国は揚々に力のある要人を賢者、賢人として祭り上げ、戦いの急先鋒として大戦に臨んでいたのである。


 無論、一個人に過ぎない彼らだけでは戦局を左右するに及ばず、そこには各国々に属する貴族、豪族、豪商達の思惑、権威が交錯する権力闘争の実態があった。


 事実、世界規模の戦争と言われた『大戦』は、『無血大戦』と呼ばれた程にあまりにも武力衝突の少ない、人類史上稀に見る戦争であった。


 ブランドナー家はアレグリア王国の筆頭貴族であり、賢人の一人を輩出した名門中の名門貴族である。


 そんな歴史書の一ページにある過去の栄光を父親に叩き込まれて育った男がいた。


 それが、ベルンハルト・ブレイズ・ブランドナー、ハルトである。


「そして今は残された貴族の栄誉で支給される手当てで家計をやりくりする。そんな一族の末裔か」


 ギシっギシっと、軋む音をたてるベットに仰向けになりながら、青年、ハルトは低い木造の天井を薄暗さの中見上げる。


「……うんざりだな」


 記憶にある栄光の『大戦』はおよそ二百年も前のほぼ、おとぎ話。その『大戦』での勝利国はうやむやになったようだが、ブランドナー家の今を見るに、少なくともアレグリア王国は劣勢な立場で終わったに違いない。


 混在する記憶にある中の一人、白髪痩身の父親の顔を思い出して春人は胸の中につかえたモノを感じた。


「なるほど、お前はこれが……わかるよ。俺だからな」


 じわりと浮かぶ額の汗は、柏木春人のモノではない。そう、何の因果か重なってしまったとでも言うのか、もう一人の自分、ベルンハルト・ブレイズ・ブランドナー、ハルトの感情から滲み出た感情そのもの。


 柏木春人は傍観者に過ぎなかった。腹の中に渦巻く苛立ち、焦燥感。それに対して逃げ出したい嘆きをやり場なく持つハルトの心の叫び。


 だが、


「お前は、お前だもんな……分かるよ。俺も、俺だしな……嫌だったよ。俺が俺じゃない世界なんて……」


 言って、春人は思う。果たして自分は誰なのであろうか?日本人、柏木春人なのか?それとも、アレグリア共和国の没落貴族、ベルンハルト・ブレイズ・ブランドナーなのか?


 わからない。しかし、一つだけわかることはある。それは、



「……ここ、日本じゃないよなぁ」


 凄まじく今さらの、実感のあまりに薄い事実だけであった。

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