第四話 青年と魔術

 町からいくらか離れたところ、青年は木の上で星空を眺めていた。彼の頭の上には白と黒の翼が生えた小さな生物が愛らしく座って、あたかも自らの巣だと言わんばかりにくつろいでいる。


「おいテイル……あんまり髪を引っ張るなよ。地味に痛いんだよ!」


 彼らは盗賊をこっそりつけて、ついに彼らのアジトらしき建物を見つけていた。外見は古びた教会で周囲にはいくつかの家らしきものが立ち並んでいるが、どれも窓ガラスが割れ、生活感はない。二人は教会が見えるほどの距離で中の様子を探っている。


「うーん。邪魔が入らなきゃ今頃うまく入り込めていたのにな。あの魔術師がお前を見つけなきゃな……」


 教会はポツリと明かりがついていて盗賊たちがいるのは確かだったが、外からでは中の様子まではわからない。


「くそっ! やっぱりテイル! お前が突っ込んでいけよ! 俺はケガをしたくねえからよ」


「キュピィーぃ!!」


「痛てえよ! 噛みつくんじゃない! あぁ、こうしてても仕方ないな。カリンの情報だとここにアレがあるはずなんだよなあ……」


 そう言って木から飛び降りる青年。公園のクマのように行ったり来たり突入をあぐねいている二人に誰かが近づいてきた。


「見つけたわよあなたたち! やっぱりグルだったのね! 卑怯者!」


 そこには裸同然の格好のルルカが立っていた。局部を葉っぱで隠し、さながら野生児のような姿に青年は思わず目をそらす。


「なんて格好してるんだよ!! 服はどうしたんだよ、服は!」

 

「盗られたのよ……お金持ってないし、弁償できないから。王都に帰ったらちゃんと払うって言ったのに、私まで盗賊扱いされて……っていうかなんで逃げるのよ! おかげでこの有様よ!! 何とかペンダントだけは勘弁してもらえたけど、あなたのせいよ!!」  


 涙目で語るルルカは本質的に善人だ。彼女は奪われる身ぐるみを抵抗することなく受け渡すほどに。町を破壊してしまったことに多少なりとも罪悪感のあった彼女は魔術師の生命線とも言える製錬体のペンダントだけはなんとか死守した。それはニーナの懇願こんがんもあったことではあるが、事実、時計台を壊した彼女をニーナはそれ以上擁護ようごできなかった。たとえ非がないと言えど財政難のあの町にとってわずかでも金の足しになるならと、町民たちはルルカの装備をぎ取る決断をしたのだ。


「というか、なんで俺たちの場所がわかったんだよ」


 そう言って、青年は自分の着ていたマントをルルカにそっと差し出した。ルルカは差し出された善意に少し怪訝けげんな表情をしてから答える。


魔素まその痕跡を追ってきたのよ……。その生き物の周りの魔素まそ色相しきそうだけなんかおかしいのよね。不自然っていうか、今まで見たことない色なのよ」


魔素まそ色相しきそう? お前そんなもん見えるわけ?」


「あなたって……てか、アナタっていうのも変だし。えーと、名前教えて?」


「ああそうだな。えっと、そうだなー。クロウ……じゃなくてクロムウェル? そう! クロムウェルでいいや!」


 青年は言葉をにごして自分をクロムウェルと名乗った。


「え? なんで曖昧あいまいなのよ、まさか自分の名前もわからないの? まあいいわ、あなたのことそこまで興味ないし。というより……」


 ルルカはマントを脱いだ青年――クロムウェルの姿を改めて見つめる。明かりはないが月光に照らされた彼の姿は右腕に巻かれた包帯以外これといった特徴はなく、黒い半そでのシャツと長ズボンとベルトといった軽備な服装をしていた。どこにでもいるような庶民の服装。しかし、魔素という言葉に対する彼の反応は薄く、彼の返答は魔素まそというワードを知っている口ぶりだった。ここでルルカは彼に疑問を投げかける。


「見たところ、魔術師には見えないけれど……。どうして魔素まそのことを知ってるの? 普通なら、魔素まそって何? みたいな反応するはずでしょう?」


 魔素まそとは世界にあらゆる場所に存在する微粒子である。肉眼では捉えられないサイズのそれは魔術現象にとって欠かせない要素の一つであり、色相しきそうを持つ物質である。その色相は火ならば『赤』、水ならば『青』とイメージ色で表現されることが多い。ルルカが熱弁した魔力マギというのは魔素まそを操るエネルギーでしかない。仮に、魔力マギがあったとしても魔素がないところでは魔術は発現しない。このような知識は魔術師であるなら当然知っているだろうが、ルルカはクロムウェルの姿や行動から彼が魔術師ではないと判断した。

 

「魔素くらい知ってるっての! ていうか質問を質問で返すなよ。これだから魔術師は……」


「何よ! 魔術師になんかうらみでもあるわけ!?」


 ルルカは魔術師であることに誇りと自信を持っている。誰にでも魔術師になれるというわけではない。魔術学院アカデミーでも天才と称される彼女はフェンリルという名に恥じないため、努力をして現在の評価を得た。そんな彼女だからこそ魔術師を揶揄やゆする言葉に過剰に反応し、クロムウェルの言葉に大声で噛みついたのだった。


「おい! あんまり大きい声だすなよ、気付かれるだろうが!!」


 クロムウェルは咄嗟とっさにルルカの口を手でふさぐ。うめき声をあげる彼女をそのままに、彼は盗賊のアジトの方を指差した。ルルカは視線を教会へ向けるとクロムウェルに手を離すように指示する。そのまま声のトーンを落としてルルカは口を開いた。


「つまり、あそこにあいつらがいるってわけね……」


「ああ、そうだよ。だからあんまり大きい声を出すなよ?」


 クロムウェルは人差し指を唇に当ててルルカを注意する。


「それで、クロムウェルさんはここで何をしてるわけ?」


「見ればわかるだろ、偵察ていさつだよ、偵察ていさつ! 元はと言えばお前が邪魔したから計画が台無しになったんだよ! テイルをアジトに運ばせてあいつらを眠らせるっていう華麗かれいな作戦がよ!」


「知らないわよそんな計画!」


「だから声がでかいって――」

 その時、見張りをしていた盗賊の一人が二人の近くにやってきた。


「誰だそこにいるのは!」


「ほら! お前が騒ぐから見つかっただろうが!」


「なによさっきから人のせいにばっかりして!」

 二人は見張りを無視してそのまま言い合いを続ける。見張りは携えた銃を腰から抜いてクロムウェルに銃口を向けた。


「そんなもんこっちに向けるな! 向けるならこっち!」

 一般的な見識から言うと見張りの男の判断は正しい。見知らぬ相手二人と対峙したとき、片方が女、もう片方が男であるなら銃口を向ける相手は男で間違ってはいない。しかし、見張り男は銃口を向ける先を間違えた。『おとなしくしろ、さもないと――』と男はお決まりのセリフを口にしたその時、ルルカは全力で地面を蹴って銃をその足で蹴り上げると、そのまま足を薙ぎ払い男を転倒させ足で男を抑えつける。


「ほら、言っただろ。こいつに向けた方がいいって……」


「……片翼のクロはアジトにいるの? その特徴は? 魔術は?」


 その時騒ぎを聞きつけたほかの盗賊たちが集まってきた。数にして二十人はいるだろうか、ほとんどが武器を持ち、中には獣人と呼ばれる種族も混じっていた。


「面倒なことになってきたな……。おい、お前の魔術でなんとかできないのか?」

 ルルカはクロムウェルが声をかけるまでもなく呪文を詠唱していた。


 魔術の使用には『集合』『構築』『波動』『発現』の四つの行程が存在する。まず初めに行う作業として周囲の魔素を製錬体に集め色相を与える『集合』が必要だ。集められる魔素の量は製錬体に左右されその出来如何によっては無限に等しい魔素を集めることができる。ルルカの持つペンダントは上級技工士が製作した一級品であった。『構築』は色相を与えた魔素に形を与える作業で魔術の規模、範囲、必要な魔力量を決める。これらの要素は『発現』に至るために必要な黄金比存在する。構築計算量として扱われるそれは知識として術者に蓄えられるが、正しい比率でなければ適切な『発現』に至らない。その構築計算量を基に魔素を動かす『波動』は主に呪文の発音による空気の振動によって行われる。正しい呪文を詠唱することで集めた魔素を最終的な魔術の『発現』に導く。

 ルルカは詠唱を終え、眼前の敵軍勢に向けて手のひらを晒し、火炎の弾丸を撃ち放った。その攻撃は盗賊たちを一蹴し、彼らはきびすを返しアジトへ逃げ込んでいく。


「待ちなさい! あなたたち!!」


「ボス! ボス! 敵襲です!」 

 敵襲の合図をともに教会の扉が大きく開かれた。

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