第三話 襲撃と青年

 三人はルルカの顔に見覚えがあったことで一瞬怯んだが次第に余裕の表情を取り戻していく。

 巨漢きょかんの盗賊――ドドロが背中にかついだ大きな斧に手をかけてフロアに叩き付けると、木製のフロアにはものすごい轟音ごうおんとともに大きな亀裂きれつが入る。その衝撃とともにテーブルの上に並べられた食器たちが落下し、驚いたニーナは体を強張こわばらせた。


「ゴチャゴチャうるせえんだよガキが! この斧が見えねえか? これでその小さな体を真っ二つにするなんて屁でもねえんだ」


 武器をたずさえた彼らに先刻にはない勢いが感じられたルルカは少しおののいた。彼女は学院で訓練を一通り受けたが、それは魔術戦闘を前提にしたもの。つまり近接戦闘は学院ではほとんど受けていないに等しい。さらに言えばルルカは詠唱型魔術師でそれは体術を苦手とする魔術師の部類である。どちらかと言えば大規模魔術を得意とする彼女にとって狭いエリアでの戦闘は不慣れではあった。おそらく彼女の『あかほむら』はその火炎でニーナの店に多大な被害を与えてしまうだろう。そのことは盗賊たちも理解している。戦闘経験の差は歴然であった。盗賊たちはルルカが手出しできないと悟るとさらに脅しをかけていく。


「余計なマネはするんじゃねえぞ。少しでも変なマネをしてみろ。俺様の斧がニーナの首めがけて飛んでいくことになる……、おいニーナ! ガキのペンダントをとってこっちに寄こしな!」


「――くっ!!」


 ニーナはおびえた手でそっとルルカのペンダントを取り外しドドロに向かって投げる。


「さあて、ありったけのもん持ってこい! この店にあるもん全部だ!」


 ペンダントがないルルカはもはや成す術がない。しかし彼女は貴族としての誇りを捨てるわけにはいかなかった。立場の弱い物を背にして逃げるわけにはいかない。下賤げせんの輩に屈しては何のために魔術師となったのか。彼女はたとえここで死のうとも自尊心じそんしんを捨ててはいなかった。


「私はルルカ・フェンリル! 貴族として、魔術師として、あなたたちに従うつもりは全くないわ!!」


「だったら……死ね!!」


 盗賊たちが斧を大きく振りかぶった――その時だった。


「うふせえぞオマエら!! おへのディナーの邪魔をすんじゃねえーー!!」


 店の一番奥のテーブルに座っていた青年が立ち上がり口に料理を頬張ほおばりながら盗賊たちに向かって言い放った。年は見たところルルカよりも少し上に見えるが、その顔にはどこか幼さが残っている。ドドロはゆっくりと斧をおろして青年をじろじろとみる。


「なんだお前。この町の者じゃねえな……。誰だろうと邪魔するってんなら殺すぞ」


 青年はドドロの脅しに対して表情を変えることなく、その口を忙しそうに動かし続けている。やがて口の中にあったものを勢いよく飲み込んだ後、そのボサボサに乱れた黒い頭髪を掻きながらテーブルの酒をがぶ飲みし始めた。


「なめた野郎だ。お前から真っ二つにしてやろうじゃねえか」


 彼は盗賊の話を聞く気はないように突然ルルカに話しかける。


「うぷっ、どうだろうお姫様、このピンチ、食事代を立て替えてくれるなら……うぷっ、なんとかするけど?」


 ゲップ交じりのそういう彼はただの酔っ払いにしか見えない。さらに言えば盗賊たちとの対格差は歴然れきぜんで比較的細身の彼が勝てるとはルルカは到底思えなかった。しかし、彼の赤い瞳には不思議な説得力が混じり、ルルカをまっすぐ見るその眼光はただの酔っ払いには見えない。そう思ったルルカは彼に賭けてみることにした。というより、隙をみてペンダントを取り戻すおとりくらいにはなるだろうと。


「ええ、いいわ……」


契約完了オーケーだ」


「ごちゃごちゃうるせえー! とっとと潰れろ!!」 


 ドドロは大きくその斧を振りかざす。刹那せつな、ルルカの目の前にいた彼はドドロの背後へと移動していた。ルルカは信じられない物をいるように目を丸くして彼を見る。魔力の痕跡こんせきはない。それは彼が体術だけで移動したことを意味していた。


「ノロいんだよデブチン」


「くそがっ!」


 ドドロは背後から聞こえた声に反応して振り向こうとした時、黒髪の青年はドドロの脇腹に拳を叩き込んだ。巨体が一瞬にして吹き飛んでいき、窓を突き破って表へと消えていく。


「ドドロ様ーー!!」


 手下の二人が後を追うようにして慌てて外へ向かう。


「ぃぃ痛てえぇぇーー」


「だ、大丈夫??」

 ルルカは青年に優しく声をかけるが青年は痛そうに拳を左手で押さえてハニカミながら返答をする。


「大丈夫だ。問題ない。それよりほら、これアンタのだろ?」


 そう言うと青年はルルカにペンダントを手渡した。


「いつの間に……? あなたすごいわね! スピードにも驚いたけどそのパンチ。その細い腕で信じられないほどのパワーだったわ……。ありえないわよ普通」


「あいつ思ったより硬かった……おそらく魔具だ。防御力を極大にまで高めてやがる。いいもの持ってんじゃねえかあの野郎」


 彼の視線は外へと向いていた。彼はすぐさま店の外へと飛び出していき、ルルカもニーナを立ち上がらせて後を追う。外は雲一つない綺麗な月夜で、わずかに周りが見える程度だが、盗賊たちは数メートル先にいるのが見える。ドドロはまだ起き上がっていない。


「キュピーぃ」

 どこからともなく昼間の生き物が飛んできてルルカの肩に止まりルルカは小さく驚く。


「あなたどこ行ってたのよ……。家族のとこへ帰ったのかと思ってたわ」 

 ルルカが訊ねると同時にドドロは手下に支えられながらゆっくりと立ち上がった。


「くそガキが……。調子に乗りやがって……」


「あとは私がやるわ! 外に出してくれただけで充分よ。あなたは下がってて!」


「お、おい!」


 そういうとルルカは詠唱えいしょうを始める。


「『赤のほむらよ。その最たる根源こんげんを我が拳に――』《ファイエルハードブレイク》!!」

 

 ルルカは手を地面にかざすと円を描くように爆炎はルルカの周りを取り囲む。ルルカを中心に放たれた炎は回転し、まるで生き物のように空高く舞い上がった。そのまま盗賊たちにめがけて手を振りかざしたルルカだが、爆炎は突如とつじょにして爆炎は突如にして形を崩しはじめ周囲に飛び散っていく。


「え!? なんでよ!」


 信じられないといった様子のルルカは消えていく魔力マギの感覚に戸惑いを隠せない。


「なんだよビビりさせやがって……。今のうちだオマエらいったん引くぞ。ボスに報告だ! お前たちの顔覚えたからな」 


 盗賊たちは二人から大きく距離をとって走って逃げていく。


「ま、待ちなさい!!」

「お前が待て!」

「痛っ!」


 突如、手を引っ張られ思わず声が出るルルカ。青年はルルカが盗賊を追うことを静止した。


「なによ! あいつらを放っておくつもり? ここで仕留めなきゃまた来るに決まっているわ!」


「そんなことは言われなくてもわかってる。でもあの三人をやったところであいつらの仲間がやってくるだけだろ。それこそ意味がない。やつらをこっそりつけた方が一網打尽にできると思わないか? アンタの魔術なら簡単なことだろう?」


 一理ある彼の言葉にルルカは言い返す言葉がなかった。


「それにやつらのボスってのにちょっと興味がある。もしかして……」


 少し嬉しそうな表情を浮かべる青年にルルカはまだ名前を聞いていなかったことを思い出した。


「あなたは一体何者なの?」


 ルルカがそう訊ねたとき、不発に終わったルルカの炎が時計台に燃え移り大きな音とともに時計台は崩壊ほうかいしだす。騒ぎに気付いた住民たちが一斉に外へ飛び出してきた。


「何事だ!? なんだこの火事は!!」


 住人は大事な町のシンボルを壊されてルルカを睨み付ける。


「え? ちょっと私のせいじゃないわよ! これには理由があるのよ。盗賊がニーナの店にきたの! それで……ちょっとあなたからもの説明してちょうだい!!」


 ルルカは助けを求めて振り返るが、青年は災いから逃げるようにルルカをおいて走り去っていった。


「弁償してくれるんだよな? 貴族様?」

 

 少女の悲痛な叫び声が静かな町に響き渡る。いつのまにか肩にいた鳥もどきも青年と一緒に遠くへ消えていった。

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