1章 偽りの翼
第一話 少女と盗賊
上空に昇った日が少し傾き始めたころ、少女が木々に囲まれた細い道を歩く。彼女――ルルカ・フェンリルはまっすぐ道に沿って進む。しかし、辺りはしんと静まり、時折遠くから聞こえる獣の声が彼女に不安を与えていた。年端もいかぬ少女がひとりで歩むには幾ばくか危険な道だが、この先に町があると伝える足元の荷車の
「はあ……、そろそろ宿を見つけておかないと。一体どこに行ったのよ……」
ルルカはため息とともにぶつぶつと独り言をつぶやく。ルルカは2つの問題を抱えていた。彼女は商人の一団とともにとある町へ向かっていたが、途中でトラブルに見舞われ、やもえず一人で旅をすることになってしまっていた。そのため、ルルカの装備は旅人とは言えない軽装なもので、寒暖差に適応するための魔術を加えられたローブと首から下げたペンダント以外の持ち物はない。そのトラブルの原因は盗賊。魔術師であるルルカは盗賊たちを追い払うため荷車からおりたが、戦闘態勢に入ったとき、商人たちは盗賊たちがルルカに注目したその隙に慌てて逃げたため、ルルカの荷物とともに先へいってしまったのだ。
そして彼女のもう一つの悩みは、彼女の背中にあった。ルルカの背中にぴったりとくっついて離れない生物がいた。それは鳥のような見た目だが、くちばしは無く。胴体の大きさの割に羽根がやたらと小さい。半分を黒で染め、半分を白で覆われたその体はどこか神秘的な雰囲気に包まれている。
「あなたいつまでついてくるつもり!? いい加減離れなさいよ!!」
ルルカは背中の生物に話しかける。ルルカはいわゆる魔法を扱う魔術師だ。盗賊に襲われたときも恐れることなく、華麗に盗賊たちに得意の爆炎を食らわすほどに魔力が長けている。加えて王都の
盗賊たちは心を一撃で砕かれ、先に盗んだと思われる荷物さえもおいてその場から逃げ出した。そしてその焼け焦げた木箱から飛び出してきたのがその生物だった。
「もう! ほんとについてないわ! 荷物はないし、盗賊に襲われるし、おまけに魔獣にまで懐かれるなんて……って、いたっ!!」
魔獣といわれて怒ったのか、背中の生き物はルルカに噛みついた。
「言葉も理解できるの!? ますます謎だわ……」
「キュピィー」
そうこうしているとルルカの眼前に町が見えてきた。足元の痕跡は町へと続いていた。
「どうやら私の荷物はあそこにあるようね、待ってなさい腐れ商人ども!! 私を置いて行ったことを後悔させてやるわ!!」
そう言ってルルカは意気揚々と町へと向かっていった。
町は中央のメイン通りを挟んで両側にいくつかの住居が立ち並んでいた。しかし、その大きな道には人の往来はなく
「あなた飛べたのね」
「キュ、キュピィー」
「ちょっと、飛べるなら空から誰かいないか見てみてよ」
そうゆうとさらに上昇し、くるくると飛び始める。
「ねえーー、誰かいないのー? 私、怪しい者じゃないわよー。ねぇっーたら!」
すると、ルルカの呼びかけに反応して建物から老人が出てきた。
「静かに、大きい声をだすんじゃあない。危ないよ……」
「なんだ、いるんじゃない。おじいさん、一体どういうこと?」
手招きされルルカは老人のそばに駆け寄る。彼はルルカが女の子だったからか、少し辺りをキョロキョロとした後、警戒心をゆるめルルカに話しかける。
「アンタ、旅のものかい……?」
「そうよ、わけあってここまで来たんだけど、私が来る前、何人かの商人が荷車に乗ってやってこなかったかしら? 彼らに用があるのよ」
「そうか、彼らはアンタの連れか……。タイミングが悪かったんだよ、タイミングが……」
「え? どういうことよ」
そういうと老人は神妙な顔をして話始める。
「ワシはロク。この町の長をしておる。アンタも見ての通り、この町は小さな町じゃ。西の都市と王都を行き来する商人たちの宿町。外からくるのはそんな人間だけじゃったが……」
「……?」
ロクと名乗る老人は再度辺りを見渡して話を続ける。ルルカはつられて周りを見ると、町長が旅人と話して警戒が解けたのか、何人かの町民が姿を見せ始める。
「驚かせてしまってすまない。みんなよそ者を警戒しておるんじゃ」
「どうして? 宿町だったら旅人なんて珍しくもなんともないでしょう?」
ルルカは両手を広げてどうぞと言わんばかりに自分の姿を見せつける。
「いやいや、アンタが危険なやつじゃあないってわかっとる。でもあまりに軽装だったから旅の者にみえなくのう。それにさっきも言ったがタイミングが悪かった……。なにせこの町の付近は今、盗賊たちに占拠されておるからのう。この時間になるとやつらはやってきて食料や商人たちの物資をうばっていくんじゃ。みんなやつらがまた戻ってきたかと思って隠れておったんじゃ」
「またってことはもしかして……?」
「そうじゃ。アンタの連れも襲われた」
そういうとロクはルルカの後ろの方を見るように促すとルルカの視線の先に置いて行った商人たちが申訳なさそうにぎこちない笑顔で手を振っている。
「アハハ……。よ、よぉ……。嬢ちゃん」
「あなたたち……」
ルルカは彼らの顔を見ると胸のペンダントに手を当てて少しだけ微笑みを向けた。彼らがその目に宿る感情に少し
「『赤の焔・最たる力をもって拳となれ《ファイエル・フィスト》――』」
「お、おい! まてまてまて!! 死んじまうって!」
商人のロッツォは慌てて止めに入るが時すでに遅く、ルルカの右手は炎に包まれ、拳を高らかに突き上げる。その炎は火柱となって天空へと昇り、町は熱さと光に照らされる。それは彼女が本気になれば町を燃やし尽くすことのできるほど膨大な
「アンタ魔術師かい!? こりゃ驚いた! 可愛らしい見た目で……」
「ええそうよ」
腰を抜かす商人たちを横目にルルカが鼻高らかにそういうと町の人たちは目に希望の光を輝かせてルルカに近づいてきた。
「お姉ちゃんすごい! 僕にもそれを教えてー!」
町の子供がルルカをみてうらやましそうにそういうと、ルルカは子供の目線に合わせてしゃがみ込んで話始める。
「魔術を使うには
「そっかあ……。ところでマギってなに?」
「
ルルカは胸のペンダントを少年に見せる。
「魔術は色を必要とするのよ! 例えば火は赤いでしょう? そしたら
そういうとルルカの手に蝋燭の火のような小さな火が灯された。ルルカを囲うように子供たちは彼女の手を見つめる。一方で大人たちは好奇心いっぱいの子供をよそにしゃがんでいる彼女の少し開けた胸のふくらみのほうに目が行ってしまうようで、違った意味で好奇心いっぱいの彼らに気付いたルルカはギロリと睨み付けた。
「ゴホンッ。さて、お勉強はこれくらいにして。魔術師さんよ、少しお願いを聞いてくれんか?」
ロクはルルカを囲う子供たちをさがらせて彼女に語り始める。
「さっきも言ったが、このところ町に盗賊がやってきて困っとるんじゃ、気づいとると思うがアンタの荷物も根こそぎ持ってかれたわい。おそらく明日もやってくるじゃろう……」
そういうとあたりは一様にどんよりとした顔に戻った。
「そこでじゃ。アンタの力を貸してくれんか? アンタほどの魔術師なら盗賊たちを退治するのも簡単じゃろうて」
荷物を取り戻したいルルカは少し考えた後、人々の困り果てた顔をそのお願いを承諾した。ロクの勧めで宿に泊まることにしたルルカは少し埃っぽい六畳ほどの部屋のベッドに横になった。ベッドのほかに簡素な木製のテーブルと机が置いてあるだけで机には薄く埃がたまっていた。これも盗賊の影響だろうか、ロクの言うように町にやってくる人が減ったことをルルカはそこからやんわりと理解した。差し込む西日を遮るようにカーテンを閉めると天井をボーっと眺める。
「そういえば、あの鳥どこにいったんだろう。まあ、いいわ」
(家族のもとへ帰ったのだろう……)
そんなこと考えながら少し安らかに微笑んで、ゆっくりと眼を閉じ
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