やつはとんでもないものを盗んでいきました!

樽田流太

序章  

 辺りが静寂に包まれる中、夜道に黒い軍服を着た男が二人。焚火を囲みながら辺りをキョロキョロと見渡している。


「それにしても今夜は冷えるなジョン」


「ああ、まったくだぜ」


 ジョンという男が煙草に火をつける。彼の左手の、きれいな石が埋め込まれた指輪が時折、差し込む月光に照らされ輝き、深く黒に塗りつぶされた風景は一抹いちまつの不安を彼らに与え続ける。そんな夜、彼らはこの場所の警備を任されていた。


「お前もついてないな結婚式ウエディングを終えたばかりですぐに招集なんてよぉ」


「仕方ないさ。それにしても包囲されたこの町から逃げようなんて……どこの馬鹿か知らねえが、コソ泥が……、この王都ミットネルから逃げようなんて不可能だぜ」


「油断するなよ。中心部から離れてるとはいえここを警備するのが俺たちの任務だからな。まあこんなところまで来るとは思えねえけどな」

 

 幾ばくかの平穏のあと、突然その静寂が破られる。遠くでピィ―っと甲高い笛の音がなり響いた。二人は思わず腰に据えた剣を握り、ジョンは咥えた煙草を地面落とし立ち上がる。


「聞こえたか!!? 警笛だ!!」

 

 その音は彼らに徐々に近づいてきた。


「おいジョン! なんかこっちの方に来てないか!? おい!! 聞いてんのか!?」


「静かにッ!」


 ジョンは目を凝らしながら立っている道のさらに奥、闇に包まれた王都の中心部に向かう道の遠方に黒く動く影を捉えた。


「どうしたんだよ! なんかいるのか!?」


「何か来る!」

 ジョンがそういった刹那せつな、数十メートル先からフードをかぶった人物とその後を追うように猟犬を連れた軍服の人波が押し寄せ、瞬く間に辺りは喧騒けんそうと人の気配であふれかえった。


「そこの二人!! そいつを捕らえろ!」


 かけられた声が命令だということを一瞬遅れて理解した二人は緊張感に包まれながら数メートルと迫った目前の謎の人物と対峙した。


「そこのお前今すぐとまれ!! さもなくば斬る!!」


 ジョンは携えた剣を抜きフードの男にそう叫んだものの彼は止まる気配がない。それどころかさらに加速し、振り降ろされた刀身が当たるわずかの所でよけて、二人の間を縫うように抜けていった。ありえない。あのゼロ距離から二人の斬撃を避けられるものか――。面食らう二人を置き去りにその影はさらに離れていく。


「何をしているんだ!! 追え!!」


「申し訳ありまセンッ!!」

 慌てて振り向き、ジョン達は茂みの横道に入った者を追いかけるが、ものすごい速さでかけていくため追いつけない。


「だめだ追いつけねえ」


「大丈夫だこの先は崖だぜ!」


 ジョンの言う通りその人物は前方の崖に阻まれて足を止めていた。実際にはフードをかぶっているため人間かどうか怪しい。訓練を受けた軍人の足でも追いつけないほどのスピードを持つそれはヒトではないことは明らかだが、背丈からみても獣人であろうと二人は予想した。どちらかというとそうであってほしいと。


「あきらめろお前は逃げられない!」


「何者か知らんがお前のせいで新婚初夜が台無しだぜ!!」


 するとゆっくりと振り返り、右の親指と人差し指に挟まれた指輪をジョンに見せつける。ジョンは自分の手を見てそれが自分の結婚指輪だと確信した。


「お、おい! それを返せ!」


 彼奴は親指で指輪を弾き、それは空中で弧を描く。ジョン達はキャッチしようと両手を上げ視線を外したその時――


 ファサッ――


 逃亡者のその背中には銀色がかった白い翼が一つ。左肩に広げられたその白銀が闇夜で光り輝いて、深く、ゆっくりと、二人の男の感情を美しさで埋め尽くして、深く、着実に、二人の目を奪っていく。


「片翼のクロ……」


 ジョンがそうつぶやいたとき、それは静かに夜空の星の中に飛び去って行った。立ち尽くす二人にやがて後続の軍服たちが追いつく。


「また逃がしたか……」


「あいつは、は何をしたんですか!?」


 ジョンは飛び去った方向を指さしながら、まるで言葉を覚えたばかりの子供が母親に物の名前を聞くように純粋な疑問を隊長にぶつけた。



無銭飲食くいにげだよ」


 隊長はかぶっていたヘルメットを脱ぎ、頭を掻きながらそう答えた

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