終焉



「喜べ、お前は選ばれしものだ」



 そう言われて連れて来られた私が今いるのは檻の中


 私は選ばれた


 選ばれてしまった



 ここは小さな村


 この村は毎年神に生け贄を捧げる


 それは若い女と決まっていて


 今年選ばれたのが



 私なのだ



 正直私は神なんて信じていない


 ただ平凡な毎日を過ごせれば良かったのに


 そんな私に降りかかった災難


『なぜ私が』


 その思いが強かった



 私には夫と子供もいたのに


 子供の前ではしっかりしなくてはと言い聞かせて


 役人が来てそれを告げられた時


 私は泣かずに済んだ


 夫は情けないことに泣いていた


 子供はそれとなく察していただろう



 別れる時、なんていえば良いか分からなかった


 結局私が告げた言葉は



『元気でね』



 だった気がする




 今は一人寂しく檻の中


 そこはとても寒くて


 人気がなくて


 薄暗い


 ここには何もない



 ただここは


 鐘の音が聞こえる



 この村は一日四回、鐘を鳴らす


 その音は普段何も思わずに聞いているのに


 こんなにも何もない場所だと


 その音が時の流れを教えてくれる



 私はあと十二回


 その鐘の音を聞いたら


 生け贄として神に捧げられる



 ゴーン ゴーン



 あと十一回



 ゴーン ゴーン



 あと十回



 ゴーン ゴーン



 あと九回



 ゴーン ゴーン



 あと八回



 ゴーン ゴーン



 あと七回



 ゴーン ゴーン



 あと六回



 ゴーン ゴーン



 あと五回



 ゴーン ゴーン



 あと四回



 ゴーン ゴーン



 あと三回













 ニャー



 足元を見るとそこには黒猫


 どこからか迷い込んできたようだ


 体が汚れているところを見ると野良猫だろうか


 ひとりぼっちの猫


 少し私に似ている気がする



「おいで」



 手を差し伸べたがぷいっとそっぽを向いて隙間から檻の外へと出て行ってしまう



 野良猫は自由だ


 私に自由はない



 それが私と黒猫の違い




 結局やることがなくなり、膝を抱えて目を閉じる



 あと三回


 鐘の音が鳴るのを待てば全てが終わる


 そう言い聞かせて




 ゴーン ゴーン



 あと二回



 ゴーン ゴーン



 あと一回








 檻が開く音で顔を上げるとそこには役人が数人立っていた




 「ほら行くぞ」




 二の腕を掴まれて無理矢理立たされる


 ずっと座っていたせいでうまく歩けない


 引っ張られたままその後に必死について行く



 連れて来られたのはこの村の生け贄を捧げる場所


 だだっ広いその真ん中には頑丈そうな太い木の棒が立っており


 その周りの地面は真っ黒


 私はその太い棒に縛り付けられる


 役人達が運んできたものを私の足元に置いていく




 それは薪




 積み上げていく作業が淡々と続く


 その間に村人が集まってくる


 この会には村人全員が強制参加


 もちろん夫と子供も来る


 なんと残酷なことだろう


 この村は狂っている


 それでも逆らうことは許されない





「今宵は年に一度、神に生け贄を捧げる日だ


今年はこの女が生け贄に選ばれた


なんと名誉なことだろう」




 名誉?


 ふざけないでよ


 私は生きたいの


 それなのに、それなのに



 ”逆らえない”



 村長の長い長い話は続く


 そして話が終わると私の方を向いて




「覚悟はいいか?」




 問いではあるが問いではない


 そのまま俯いていると




「では儀式を始める」




 村人に告げる



 近くにいた役人は手にしている木に火を灯す




「点火!」




 村長の言葉を合図に役人は足元の薪に火近づける


 火は燃え移り、どんどんこちらに火が近づいてくる




 熱い熱い


 耳の奥で子供が泣き叫ぶ声が聞こえる



 だめだ


 子供の前で泣いてはいけない



 私がしっかりしなくては




 朦朧とする意識の中


 そんなことを考えていた










 もうすぐ



 終焉を告げる鐘が鳴る















 それまでどうか



 泣かないように…

















 ゴーン ゴーン















Fin.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る