第七章 陰謀

第七章一節 嚆矢

「……むっ」


 夜。

 シュランメルトは混浴場から出るなり、あるメイドを見咎める。


「待て、貴様」

「はい、私でしょうか」

「ああ。今までに見ない顔だが?」

「昨日から臨時に雇われたもので。では、失礼します」


 メイドは一方的に言い残し、その場を後にする。

 シュランメルトは後ろ姿を見ながら、強烈な違和感に囚われていた。


(今のメイド……明らかにおかしい。見ない顔なのは元より、うっすらとだが殺気……それに、血の臭いを漂わせていた。まさか……)

「どうしましたの、シュランメルト?」


 声をかけたのは、シャインハイルである。


「シャインハイルか。丁度良かった、お前に聞きたい事がある」

「あら。何でも構いませんわ」

「ここ最近……一週間、長くとも一月ひとつき以内で、新たにメイドを雇った話は聞いたか?」

「いいえ、聞いておりませんわね。そもそも今は、入れ替えの時期ではありませんの」

「クソッ、案の定か! 承知した!」


 シュランメルトはシャインハイルの解答を聞くや否や、メイドが去った方向に向かって一目散に走り抜けていった。


     *


「ふぅ、さっぱり」

「相変わらずいい湯だねー」


 女性用の浴場から上がったリリアとリンカは、バスタオルで体を拭きながら脱衣場へ向かう。

 と、そこに一人のメイドが来た。


「失礼します。お召し物をお持ちしました」

「えっ? 着替えなら、もう……」


 リリアとリンカが戸惑った、次の瞬間。

 メイドは衣服の間に隠していたナイフを取り出し、リリアの背後を取って喉元に突きつけた。


「動くな」

「きゃっ!」

「リリア!?」


 片腕を掴まれ、背中側で押さえられた状態では、抵抗もままならない。

 リンカもリリアを人質にされている以上、迂闊に動けなかった。


 そこに慌ただしく足音が響く。


「この辺りにいるはずだ……!」

「シュランメルトさん!」

「リンカか……むっ、リリア!?」


 拘束されているリリアを見て、シュランメルトの表情が一瞬で怒りに染まる。


「貴様、やはりな……! リリアとリンカを狙ったところを見ると、グライス家の者か!」

「違うと言ったら?」

「腕ずくで吐かせるまでだ!」

「出来るの?」


 メイドはあくまで、冷静にリリアを拘束する。

 だがシュランメルトは、あくまでも状況を打開する事を信じていた。


「やってやる!」

「おっと、近づいたらこの娘の命は無い!」

「お前こそ彼女の命を奪えるものか! ならばなぜすぐに殺さない!?」


 シュランメルトは舌戦を繰り広げながら、体の重心を徐々に前に傾ける。

 と、頭上を影が通り過ぎた。


「フヒヒッ、あたしを忘れてもらっちゃ困りますよ御子みこ様。命令ですから、お守りします」


 ノートレイアは一瞬でメイドの背後に回り込むと、ナイフを持っている右腕を捻ってへし折ってから引き倒す。さらに倒れたところで左肩を踏みつけ、脱臼させた。


「あがっ……!」


 絶叫を上げたタイミングで、ノートレイアはメイドに口枷を噛ませる。

 まさかとは思うが、舌を噛み切って自決する可能性を考慮していたからだ。それに余計な事を話される事への対策でもある。


「さて、こいつは王室親衛隊に突き出しておきますがね。しかし御子みこ様、グライス家がこのまま放っておくとは思えませんよ」

「ああ。それに今まで一週間も放置されていた事がおかしい。嫌な予感がするな」

「今日の夜は長くなるかもしれません」

「だろうな。リリア、リンカ。今すぐ着替えてタケルと合流、神殿騎士団に保護してもらえ」

「「はい!」」




 それだけ言い残すや否や、シュランメルトは駆けていった。

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