アンドロイドと彼らの世界
シラス
第1話
「
そんな噂をするクラスメイトの横で、僕は考えていた。
木村さんは、僕が二番目に好きな女の子だった。いつもランドセルをだるそうに背負って、授業中に当てられても死んだふりをしている彼女が気になっていた。やたらと髪にアクセサリーをつけたがるほかの女の子と違って、どこか大人びたものの言い方をするところも気になっていた。だから噂を知ったときはちょっと悲しくなったけれど、これで六人目だと思うと、悲しみも小さいものだ。木村さんを含めてこれまでにこの学校を去っていた人たちは、だいたい都会へ移り住む。
それに対して、僕の住む地域は一言で言うと田舎だ。なんにもない。あるのは田んぼと畑、果樹園に農産物を加工する工場。それと町にひとつだけしかない巨大なスーパーと、その隣のショッピングモール。これだけあれば満足だろ、とでも言いたいのか馬鹿でかい作りになっているが、東京に比べたらミニチュアもいいところだろう。
そして、転校する人が多いのは、それらを仕事としていた人が次々とクビになっているからで、新たな仕事を求めて家族みんなで都会に引っ越すのだ。いまや、この町に暮らせるのは、親が職場で偉い立場にいるとか、親戚が大きい会社で働いているとか、そういう人だけになりつつある。僕もその一人だ。両親はさっき言ったショッピングモールの管理部というところにいる。
「起立、さようなら」
まばらなあいさつで帰りの会が終わり、僕は教室を出た。本当はサッカーとか野球とかをしてから家に帰りたいのだけど、もうそれをできるほどの人数がいない。僕といつもつるんでいた友達もほとんど転校してしまった。
静かな町を一人で歩く。なんだか、自分の町じゃないみたいだ。日に日にそう感じる。クラスメイトはどんどんいなくなっちゃうし、小さいときに遊んでいた公園はいつの間にか取り壊されて、工場の一部になっているし。好きなものは次々に追い出されて、新しいものが作られていく。僕が生まれた十二年前と比べて、この町には人間よりもアンドロイドの方が多く住むようになったに違いない。
「ただいま」
「おかえりなさい、トウ君」
だって、僕の家にもいるし。
「今日の夜ごはんは?」
扉の鍵が自動的に閉まる音を聞きながら僕は、近づいてきたアンドロイドにランドセルを渡し、質問した。
「白米とみそ汁、ほうれん草のおひたし、焼き鮭、レタスとキュウリとシーチキンのサラダ、デザートにクリームプリンです」
「げー、魚かよ」
彼、サントはにこにこしながらリビングに入っていった。
「ハンバーグが食べたいんだけど。それかシチュー」
「たまには魚も食べさせて、とトウ君のお母様に言われております」
前にも聞いたような言葉に、僕はため息をつく。親が設定したプログラムはどうやったって変更できない。こんなとき、兄ちゃんがいてくれたらなあと思う。
「いま、お兄様のイチト君がいたらいいのにと思いましたね?」
「なんでわかるの」
サントは二回まばたきをしてにやりと笑った。
「前に夕ご飯のメーンが魚だったとき、ぺらぺらと言っていたので」
「ぺらぺら、じゃなくて『ぐちぐち』だよ」
指摘したら、彼は「ほう」と反応して恥ずかしそうな顔をした。
「ありがとうございます。トウ君とお話をしているとたくさんのことを学習できます」
はいはい、と受け流しながら僕は廊下に出た。そのまま右に曲がって一番奥の部屋まで歩く。扉に近づくとひとりでにスライドして開いた。少し大きめのテレビの音が廊下に流れ出す。
「おばあちゃん、ただいま」
「おかえり、トウ。今日は早かったね」
そうでもないよ、と言おうとしてやめた。おばあちゃんはいつもなにかを付け足してしゃべるのだ。最近はあることないことなんでも言うようになったが、僕はそこまで気にしていない。
「今日ね、おばあちゃん、学校にいったの。昔の学校ね」
「サントと?」
僕の言葉を聞き、おばあちゃんは開いているのか開いていないのかわからない瞳を小さくまばたきさせて、お気に入りの椅子を触った。それからまた三秒くらいあとに、「ああ、そう、そうなの」と言葉をつないだ。
「昔の学校はね、まあ汚くて、でも人がたぁくさんいたのよ。校庭も広くて、花壇の花がとてもきれいでねぇ。やっぱり人がいっぱい、そういっぱいなのよ」
「ふーん」
僕が学校にいっている間は、サントがおばあちゃんの相手、というか介護をしている。さっき彼が変な言葉遣いをしたのはもしかしておばあちゃんの影響だろうか。まあ、別にいいけどね。僕が直せばいいのだし。
「じゃあ僕、宿題やるから。おばあちゃん、テレビばっかり見てると目が疲れるからほどほどにね」
「うんうん、わかった。でもね、このイチトが作ってくれた眼鏡、本当にいいわぁ。全然疲れないの、ふふ。宿題頑張ってね」
うん、とうなずいて部屋を出た。勝手に扉が閉まって、勝手に廊下の明かりがつく。リビングに戻ろうとしたが、立ち止まって、そのまま二階への階段をのぼった。僕の動きを察知して、足下を走っていたお掃除ロボが階段の隅で停止する。
僕の部屋は二階の手前にある。一番奥が兄ちゃんの部屋だ。いまは使われていないけれど、本人がいないことをいいことに自由に出入りしている。今日も勝手にお邪魔しよう。
「あいかわらず汚いなあ」
二年前、兄ちゃんは上京する際、これらのガラクタを全部部屋に残していってしまった。本当はきれいに片付けて僕のセカンドルームにするつもりだったのに、ひどい話だ。家の掃除はサントがやってくれるが、「俺の部屋は進入禁止」と兄ちゃんがプログラムしたせいで実現不可能となってしまった。お掃除ロボなら、と思って出陣させたこともあるけれど、しょせんは授業で作ったキット。まったく歯が立たなかった。かといって自分でやるのはお断りだ。まずなにをどう分別すればいいのかがわからない。
「いて」
テレビを改造したへんてこな機械とか山のようにある工具とかをかきわけながらかろうじて存在する獣道を進んでいたら、小さいネジが足の裏に食い込んだ。地味に痛い。サントだったら直前で立ち止まって回収するだろうが、僕はそこまでできた子ではない。
「ふう」
やっと兄ちゃんの机までたどり着いた。電子系の高校を出た後、兄ちゃんは東京にあるアンドロイドのメンテナンスをしたり部品を作ったりする会社に就職した。わりと有名なメーカーで、当時はいい意味で騒がれていた。僕はそのとき初めて自分の兄を尊敬したのだ。だっていつも意味不明な発明をしては家の中を荒らしていたし、ゲームで対戦するときは全然手加減してくれなかったし。
彼の机には、高校のときの教科書がそのまま残っている。ちょっとめくってみたけれど、まったく理解できない。カタカナと英語は苦手だ。でも、たまに見つける落書きがいちいち面白いので、よくこうして見に来ては一人で笑っている。今日は魚のことを忘れたかったのでお邪魔した。本当は電話でもして文句を聞いてほしかったのだけれど、ここ最近忙しいのか応答してくれない。
「トウ君、ごはんですよ」
もう少しで読み終わるというところで扉の向こうからサントの声がした。いま行くから、と返事をしつつ、急いで残りのページをめくった。今日は新しい教科書に手を付けてみたけれど、他のやつに比べて落書きが少ない。躍起になって探すも面倒くさくなってきた。でもリビングでは魚が僕を待ち構えている……。
「ん?」
いい加減な手さばきでページをめくっていたら、途中になにかが挟まっていたのに気がついた。手に取って見てみると、それは写真のようだった。知らない女の人の上半身が映っている。でもその恰好には見覚えがあった。女の人は柔らかい笑顔で誰かにお金のようなものを手渡している……ああ、スーパーのレジだ、と僕は気がついた。
女性が着ているエプロンの柄から、この町にただひとつあるスーパーで間違いない。ということは、この人はアンドロイドだろう。人間に接客をさせるなんて高級なことをするのは東京くらいだし。それにしても、どうしてこんな写真がここに?
不思議に思いながら裏面を見た。なにも書かれていないと思ったら、うっすらと鉛筆かなにかで文字が書かれていた。
「……『サントの恋人』?」
どういうことだろう。
「トウ君、ごはんが冷めてしまいますよ」
「ああ、ごめん」
反射的に写真をまた教科書にはさめて元通りにした。獣道を戻り、扉に近づくと自動的に開いた。目の前にサントが立っていた。彼はこれ以上先には進めないのだ。
「いただきます」
「どうぞ」
二人でリビングに戻り、夜ご飯を食べ始める。もちろん食べるのは僕だけで、サントはソファに腰かけて休んでいる。いつもなら食器を片付けているのだが、僕を待っている間にやってしまったのだろう。
レタスをはしでつつきながら、僕は考えていた。
サントの恋人。サントには恋人がいたのか。たしかに彼は、よくあのスーパーで買い物している。隣のショッピングモールにいる両親におばあちゃんを預けから行くので大抵は一人で、だ。当然レジにも並ぶ。女のアンドロイドたちが無駄のない動きで商品をスキャンして勘定をする。サントはいつも僕の親から預かっているカードでお金を払う。僕もたまについていくが、まあこんな感じだ。
だからレジの女の人と接する機会はあるので、それがきっかけでそういう関係になったとしても不思議ではない。ただそれはサントが人間だったらの話だ。彼は人間のように見えて、中身はアンドロイド。アンドロイド同士のカップルなんてあり得ない、と一般的には考えられるだろう。でも僕は、男女のアンドロイドが肩を並べて歩いていてもいいんじゃないかと勝手に考えている。全然違和感ないし。サントがほかのアンドロイドと仲良くしていたって……でも、あのサントがかぁ。
「うーん」
「どうしました?」
思わずうなってしまい、サントがこちらを見た。少し迷ったあと、僕は聞いてみることにした。
「サントって誰かを好きになること、あるの?」
「それはありますよ」
へえ、とはしを置いてソファの方に体を向けた。
「例えば誰?」
「トウ君のおばあさんであるハナヨさんや、ご両親のタロウさんとフウコさん、お兄様のイチト君、そしてトウ君、みんなが好きです」
それは好きになったというより、『好きである』という設定をされているからだろう。
「他には? アンドロイドでもいいし」
「そうですね、最近は会っていませんが、過去に何度かトウ君が連れてきたお友達たちも好きですよ。元気があって」
それもそうプログラムされているからだ。家族が親しくしている人についても好意的に表現するようになっている。勝手に家に上がってきた不審者に対してもそう振舞っていたら困るからね。
「うーん、わかった」
僕は諦めることにした。これ以上質問しても堂々巡りをしそうな気がした。話してみて思ったけれど、彼には好きに『なる』という感覚がないのかもしれない。それか自覚できていないのか。どちらにしても、サントに恋人はいなさそうだ。もしかしたら『サントの変人』と書かれていたのかも。兄ちゃん、字が汚いから。
「トウ君も、魚、好きになれますよ」
ほうれん草にかかっていたかつお節に息を吹きかけて遊んでいたら、背後でサントは言った。いまの会話からなにかを察したみたいだ。
「僕は、魚は嫌いじゃないんだ。魚の骨が嫌いなんだよ。いまどき骨を取っていない魚を食べさせるのはうちくらいだよ。学校の給食だってそんなことしないのに」
「ご両親は、トウ君に器用になってほしいのだと思います」
兄ちゃんみたいに、ってか。あいにくだけれど僕は兄みたいに細かい作業ができない。できないというより、集中力が続かないのだ。学校の成績も兄ちゃんに比べたら全然だし、ゲームもへたくそだし。兄が優秀な弟って絶対損だよね。頼んでもないのに期待が集まるし、全部くらべられて結局がっかりされるしさ。いいことなんて一つもない。
「イチト君はとても器用な人ですが、トウ君にはトウ君のよさがあると思いますよ。例えば、ランドセルをきれいに使っているところとか、ハナヨさんを大切にしているところとか」
「そうかな」
僕は散らばったかつお節を手で集めながらつぶやいた。
「そうですよ。少なくとも私はそう思っています」
「そっか」
サントのにこにこした顔を見て、僕も笑った。
僕は、彼のことが好きだ。一生懸命僕の気持ちを察して元気づけようとしてくれる彼が大好きだ。たとえそういう風に振舞うように設定されていたとしても、僕のことを一方的に期待して失望する大人たちなんかよりずっと一緒にいたいと思う。サントを含めて、僕はアンドロイドが結構好きだ。人間の仕事を奪っていると批判されがちだけれど、悪いのはちゃんとバランスを考えないで簡単に従業員をクビにする人間なのだ。アンドロイドたちは僕を一人の人間として認識してくれるし、人の感情を読み取ろうといつも頑張っているし、とにかく一生懸命生きている。
今日は頑張って、半分くらいは食べてみようか。
僕が魚にはしを伸ばすと、背後でまた「その意気です」と声が聞こえた。
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