VOL.4

 武蔵村山のその辺りと言えば、まだかなり自然が残っている。


 ちょうど都会と自然が融合しているような、そんな場所だった。


 俺はあの”ご近所さん”から聞き出した住所を探して歩き回った・・・・というほど大袈裟なものでもない。


 俺の目の前に現れたのは、五十年、いや、事によるとそれよりずっと前の日本映画の中に登場したような、木造二階建てのアパート・・・・否、下宿屋と呼ぶ方が正しいような佇まいの建物だった。


 だが、妙だ。


 建物の前がやけに騒がしい。

 

 野次馬が群がっており、その向こうには10人ほどの、作業服に黄色いヘルメット姿の男たちが、ツルハシやシャベルを持って、何やら叫んでいたり、停めてあるトラックからユンボを下ろそうとしていた。


 男たちの顔は、ただの作業員ではない。


 一目で”怖い連中”と分かるような、そんな目つきをした連中ばかりだ。


 すると、二階のガラス窓が少しだけ開き、そこから何かが空を切って飛んできた。

 鋭い金属音を立てて、トラックの荷台に当たる。


 よく見ると、上の窓に十二・三歳くらいのアラブ系と思しき少年がこちらに向けてパチンコを構えているのが見えた。


『野郎!』気色ばんだ声が、作業員の間から起こる。


 俺は人込みをかきわけ、前に出る。


『あんた、何もんだ?』どうやら作業員のリーダーらしき髭面の男が、三白眼を光らせ、俺をねめつけた。


 俺は奴の目の前に、認可証ライセンスとバッジを突き付ける。


『探偵か?だったらなんだ?俺たちは仕事でここに来てるんだ!この家をぶっ壊せと命令を受けてるんでね。この通り・・・・』髭面は作業服のポケットから、何やら取り出そうとしたが、俺は、


『そんなもの、俺にはどうでもいい。用事があるのは中の住人だけなんでね』


 建物の入り口には、


『下宿・大東館』と、古風でどっしりした書体で書かれた看板があり、玄関には小さいが、これまた立派な書体で『桂川』という表札が掛かっていた。


 俺は入り口の前に立ちはだかり、


『こちらは桂川さんのお宅ですか?私は私立探偵の乾宗十郎いぬい・そうじゅうろうというもんです。桂川深雪さんの件でうかがいたいことがあるんですがね』


 わざと声を張って叫んだ。


 ほんの1分ほど間を置き、玄関の扉がきしむような音を立てて開いた。


 中から出てきたのは、格子縞のドテラを着込んだ、色黒でボサボサ頭に団栗眼をした背の高い男性だった。

 明らかに日本人ではない。

 ラテン系か中東系、或いはアフリカ系、そんなところだろう。

 彼は両手に凡そ1メートルほどの木の棒を、警杖を構えるように持っている。


 彼は俺の後ろに立っている作業員たちを睨みつけるようにしてから、俺に目を移し、


『探偵?探偵なら許可証か何か持ってるだろう?』と言った。随分達者な日本語である。


 俺はもう一度認可証とバッジを出して、男の前に突き付けた。


 男は俺の顔と認可証を交互に見つめ、


 黙って首を振った。


 後ろにいた作業員が何か言いかけ、一歩前に進み出たが、男が肩を怒らせて一歩前に出ると、作業員たちは一歩退いた。


 俺は玄関を潜って中に入る。


 中には少しばかり湿った埃の匂いが鼻をついた。


 玄関の上には、服装はまちまちだが、手に手に棒切れや、中には木刀を持ったような男や女が、俺の顔を睨みつけている。

 二階に通じる階段の途中には、さっきの少年がパチンコを手に持って、今しもこっちを打とうと構えていた。

 東洋系もいるようだが、欧米系、アフリカ系も中にはいる。

 玄関の三和土たたきに立つと、ドテラ男は俺に向かって、

『済まんが探偵さん、身体検査をさせてもらうぜ』と、重々しい口調で言った。

『断る、と言ったら?』

『これ以上は入れないか、それとも・・・・・』

 俺を除き、その場の空気に緊張がはしった。


 口の端で軽く笑い、俺が両手を広げてみせると、ドテラ男が俺の身体を手際よく触ってゆく。


 彼の手が俺の左脇の下で止まり、そこからM1917《あいぼう》を抜き出した。

『こいつは預からせて貰う』

『しまった。見つかったか』

 全員の視線を感じながら、俺はわざとらしく舌を出して見せた。

 

 それが済むと、俺は靴を脱いで廊下に上がることを許された。


 ドテラ男が案内するように、先に立って歩いてゆく。


 俺が後に続くと、全員が両脇に避け、道をあけた。


 廊下は軽く軋むような音をたてる。


 江戸時代の鴬張り廊下のようなもんだ。


『こっちだ・・・・』


 廊下の突き当りの襖の前に立つと、


『管理人さん、面会ですよ』中に向かって声をかけ、襖を開いた。


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