VOL.3

『ミユキと娘には、本当に済まないことをしたと思っています』ライアン氏は煙草の煙をため息と共にゆっくり吐き出してから、俺に言った。


『私が古い慣習と、己の優柔不断さに縛られて逡巡してしまったばかりに、二人には大変な苦労をさせたでしょう。そこで私がまだ生のあるうちに、二人に逢って謝罪をし、出来る限りの償いをしたいと思ったのです』


 俺は暫く考え、それからキリマンジャロを啜り、シナモンスティックを咥えた。


 目をつぶり、腕を組む。


『分かりました。引き受けましょう。私は規定の料金さえ頂ければ、大抵の事は何でもやります。』


 俺は答え、傍らのアタッシュケースからいつものように契約書を出した。


『日本語でしか書かれていませんが、契約書です。目を通すだけで結構ですから、サインだけしておいてください。決まりなんでね』

 ライアン氏は言われた通り、ざっとだが目を通してから、取り出した万年筆でサインをして寄越し、それから火を消してから、今度は自分で小切手帳を出すと、まず

『2』と書き、その後に『0』を五桁付け足した。


『円で良かったですよね?これは着手金ということで・・・・足りなくなったらいつでも仰ってください。でも、出来るだけ早く解決してください。何しろ私は・・・・』彼はそこで言葉を止めた。

何故か?と訊ねようかと思ったが止めておいた。


『結構、では具体的な仕事の話をしましょう。ミユキさんとその娘・・・・春枝さんについて、もう少し詳しく教えて頂けますか?』



 引き受けてはみたものの、問題がなかったわけじゃない。


 何しろ手掛かりと言えば、”ミユキ”こと桂川深雪かつらがわ・みゆきが、今から50年近く前にライアン氏に送って来たエアメールと、その中に同封されていた写真だけなのだから。


 差出人の住所は、鎌倉市の材木座になっていた。


 遠い昔の住所である。


 当てにはならないだろう。


 しかし何もしないよりはましだ。俺はそう思ってコートを取り、事務所オフィスを出た。


 俺は古びた封筒を手に持ち、由比ガ浜駅を降りると、目指す材木座に向かって歩き出す。


 本当ならタクシーでも使いたいところだが、ここらに来るのは滅多にない。


 たまには鎌倉の町ってやつを満喫しながら歩いてみたいと思ったって、悪くはあるまい。

 どうせ空振りに終わるのは目に見えてるんだからな。


 思った通りだった。


 封筒に記してあった住所には、新しい集合住宅が建てられていた。


 管理会社を突き止めて話を聞いてみたが、


”この家は5年前に建てられたもので、2度所有者が変わっていて、それ以前の持主については分からない”


 と、つれない返事が戻ってきただけだった。


 しかし、ここで諦めてはプロの名がすたる。


 近所にあった古そうな家を、片っ端から訊ねて回った。


 十軒巡って、十一軒目に、ようやく当たった。


『桂川さんね?ああ、知ってますよ。お嬢さんの春枝さんが、家の娘と同じ歳でしてね。仲良くしてもらっていたんですが、20年ほど前に深雪さんのご両親が亡くなられましてね。その後娘さんと二人で東京の方に引っ越されたんですのよ』


 マルチーズを抱きながら、如何にも『両家の奥さん』という風情の60代半ば過ぎの女性はそう語った。


『東京?どこです?』


 俺の言葉に、初め彼女は何だか戸惑い気味であったが、何とか拝み倒し、

”決して他言はしない”と約束して何とか住所を聞きだすことに成功した。


 







 

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