縮小手術は人生を拡大する

「乳首をまあ、外して…」

「乳首を外して?!」




木曜16時30分。

仕事を定時で終わらせたわたしはカツンカツンとヒールを鳴らし

大型スーパーマーケットへ向かっていた。

今日は親友のネラの家にお呼ばれしているのだ。買い出しをしなければ。


飴色玉ねぎが練り込まれた香りの良いバゲット、カマンベールチーズとハム、

パプリカが入った上質なフムスと綺麗な瓶に入ったグリーンオリーブ、

ノンアルコールの子ども用シャンパンとチョコレートをカゴに入れ

レジへ向かう最中にふと目に入った薔薇のブーケに手を伸ばす。


トラムに揺られること23分。

久しぶりに見るネラは相変わらずで思わずギュッとハグをする。


「も〜、そんな買い出しなんてしてこなくて良かったのに」

「呼ばれてんだから、手ぶらで来るわけないでしょ」

「いつぶり?」

「ね、久しく会えてなかったね」


家の中に招かれたわたしを迎えてくれたのは2歳半になるネラの娘、ミラ。

ネラ譲りの綺麗なアーモンド型の眼にパパ譲りのくりくりでふわふわの髪の毛。

わたしが買ってきたチョコレートを引ったくるように奪い取っていった小さな手。

可愛すぎる小さな強盗にわたしの頬はゆるむ。


「ごめんね、ありがとうもロクに言わずにチョコ奪ってったね」

「いいよいいよ、なんならチョコ食べさせていいか聞かずに買ってきちゃったわたしもわたしだしね」

「チョコ大好物だから。今彼女の中で寧花のランクがめちゃくちゃ上がったわよ」

「なら良かった」

「お酒にする?紅茶にする?」

「紅茶にしようかな」

「昨日良いダージリン買ったから淹れるね」


少しレトロで雰囲気のあるキチンと整頓されたキッチンにある椅子に腰掛けて

上質なダージリンを啜る。


「寧花、覚えてる?ミラがまだお腹にいたころ」

「覚えてるよ、珍しくすっごく暑い夏だったよね」

「そうそう、本当に死ぬかと思った」

「もう2年半も経つんだね」


ネラとわたしが出会ったのは3年半前の語学学校で。

同じビギナーのクラスにいたネラのあまりにも整った顔立ちに、しばらく話しかけるのに時間を有したことを昨日のように覚えている。イラン出身のネラはわたしよりちょうど10歳年上で、頼れるお姉さんのような存在だ。


「…ね、話変わるけど、わたしの新しいオッパイ見る?」


今回わたしがネラを訪ねたのは乳房縮小手術をしたネラのお見舞いのため。とはいえ

まさか術後の胸を見せられるとは思っていなかったので少しどもるわたし。


「やー、見ていいものなの?」

「いい形になったから自慢しようと思って」


そういってネラは、ヘッヘッヘと笑う。


「あ、そう。じゃあ見ようかな」

「はい、どうぞ」


術後専用のジッパー付きブラをなんの躊躇いもなく剥ぎ取る。

潔すぎるネラにわたしはこの人に敵うことは一生ないんだろうなと思う。


「っあー、あれね、だいぶ小さくなったね?」

「肩凝りなくなってすごいラク」

「ちなみに、あの、どうやって。。。?」

「ここをザッと切って乳首をまあ、外して…」

「乳首を外して?!」

「で中身とって」

「中身…」

「で縫って、乳首戻して」

「乳首戻して?!」


医学のことは何一つサッパリのわたしは、単純に切り貼りできるもんなんだな人体って…と残念な感想しか出てこないが、ひと回り、いや、ふた回りほど小さくなったネラの胸はなんとなく誇らしげだった。


胸のサイズを見て彼女の人柄を決めつける人に幾度となく出会ってきたネラにとって今回の手術の結果は満足のいくものだったようだ。

重すぎる胸によって抱えていた体調不良も改善し、新しい胸と共に新しいチャプターを開いたネラはいつにも増して格好良く、美しかった、そんな日のおはなし。



end.






(読んでいただきありがとうございます。胸の大きさなんて人となりに全く関係ないのにカップサイズを突然尋ねてくるような人に時々出会いますよね。でも、そんなちっぽけな人はどんどん無視していきましょう。どんな体型でも美しいですよ。自分を愛して、健康に、ボディポジティブに生きていきましょうね。 寧花)





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That's the story of our life! - そんなもんさ人生! 中欧の片隅で - 李寧花 @Leeysk

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