俺はもうダメかもしれない

「寧花、聞いてくれ、俺はもうダメかもしれない」




水曜日、20時。ジム帰りのJと待ち合わせをして、いつものパブに赴く。

真っ赤なコートにお気に入りのヒールが高いブーツでキメたわたしと、ジムのバッグ片手に持ちつつもシックなコートと革靴でキメたJの身長差は15センチ。

側から見たらお似合いのカップルだろう。


「いつものビール2杯よね?で、チリ・フレンチフライは後からよね?」

「「うい」」

もうすでに見慣れた店員さんがわたし達の顔を見るなりオーダーを勝手に決めてくる。でもそれでいいのだ、だって結局いつも同じ注文だから。


ビールが届き、週の半ばまでサバイブした自分を褒めるべくビールを掲げるわたし。

「乾杯〜おつかれ〜」

「なあ寧花、話がある。正直ちょっとやばいんだ、聞いてくれ。」

「うん?」

「俺はもうダメかもしれない」

「なんかあったの?」


ビールの泡でそれはもうクリシェと言っていいほど完璧なヒゲ面のわたしを呆れた顔で見ながらJが続ける


「離婚調停の話なんだけどさ」

「あー、うまくいってない?」

「まあ、いや、それがさあ」

「うん」

「元嫁レズビアンだった」



「…は?」


もう一度言わせてもらおう。


「は?」「ごめん、は?ちょっと意味がわからない」

「だよな〜〜〜俺もまだちょっと混乱してる」



Jと彼の奥さんは知り合って8年、結婚して4年。オープンマリッジをしたり色々したものの上手くいかず別れることになったという前情報からは検討もつかないセリフに思わず口をポカーンと開けて固まってしまうわたし。


「俺、それカミングアウトされて一番最初に頭に過ったのがさ「俺、フレンズのロスじゃん」だったんだよね」


と真顔で言うJを見ているとふつふつと笑いが込み上げてくる。

でもこんな辛すぎる状況、友人として笑ってはいけないだろうと思いグッと堪える。


「俺も今日さ、寧花と会った瞬間に「Hi....」ってロスみたいにやろうかと思ったんだけどやめたんだよね」


と至って真面目な顔で言うJに遂に堪えきれなくなったわたしが爆笑し始めると、

もう自暴自棄になったJも面白くなってしまったのかゲラゲラと笑い始める。


「 You need to grab the spoon !!!」

と言い涙を流しながら椅子から落ちてまで笑い転げるわたしを見てJが言う


「そこまで笑ってくれるとなんかもう逆にスッキリした。ありがとう、これネタにして生きていくわ俺」

「強く生きろよ」

「そうだな」




このあと、ふたりしてめちゃくちゃ沢山のビールを飲んで色んな人生の話をして夜が更けていった。人生って何があるか本当に分からないもんだな、と改めて気がついたそんな日のおはなし。


end.





(読んでいただきありがとうございます。海外ドラマのフレンズ、みなさんご存知でしょうか。面白いのでオススメですよ。日常会話の英語のいい勉強にもなります。ちなみにGrab the spoonはフレンズの中で使われているquoteで、女性をアイスクリームのフレーバーに例えており、アイスに沢山のフレーバーがあるように、女の子も沢山いるからスプーンを掴んで、アイスの好きなフレーバーを試すように他の女の子を誘えばいいじゃんというような意味で、離婚して落ち込んでいる友人を励ますシーンで使われてたquteです。)


寧花

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