第四話 新しいパーティー
運がいいのか悪いのか、僕は適当に歩いているうちに森を抜け、幸いにも目標だったルースの街に着くことができた。
街を貫く大通りには人の往来が多く、道沿いには石造りの建物がたくさん立ち並んでいる。そこそこ大きな街のようだ。
僕は改めて自分の格好を見下ろす。
色々と散々な目に遭ったこともあり、全身血と土まみれで酷く汚れていた。さすがにこの格好ではいやでも目立つ。現に先ほどから、歩行者たちの不審者を見るような目に晒されている。
ということで、まずは新しい服に着替えるため宿屋に行きたいところである。
僕は早速街の中を探索する。
「えーっと宿屋は……あったあった」
幸先よく、ベッドのマークの看板が吊るされた小さな建物を見つける。
僕は扉を開けて中に入る。
「いらっしゃいませ……ひぃい!?」
こちらの姿を見た女の店主が、驚いたように声を上げる。
「部屋を一つ借りたいんだけど、空いてるかな?」
「え、ええ、空いてますが……」
「じゃあそこを貸してくれ」
僕は手早く代金を支払い、店主から部屋の鍵を受け取る。階段を上がり、二階の廊下にある一番奥の部屋に行く。
扉を開けると、中はベッドが一つ置かれただけの殺風景な部屋だった。
ひとまず浴室でシャワーを浴び、持っていた新しい服に着替える。さっぱりして心機一転したところで、僕は宿屋を出る。
不意に、ぐぐぅ……と腹が情けない音を出す。
「そういえば昨日の朝から何も食べてなかったな……」
さすがにこの状態では今日一日活動できない。まずは何か腹に詰めたいところだ。
ふと、どこかから何かのいい匂いが鼻腔に流れてくる。これは……スープだろうか。
思わず匂いに誘われるまま、僕は街の中を歩き始める。東の街路のほうに行くに連れて、何やら喧騒がどんどん大きくなってくる。
やがて突き当たりの角を曲がると、現れたのは露店が立ち並んだ市場だった。肉屋や魚屋、八百屋やパン屋など様々な店が軒を連ねており、商人と客たちの声で絶え間ない賑わいを見せている。
匂いの正体は、早々に見つかった。
市場のすぐ入り口近くの露店で、おばさんがスープのような白い粒々の液体の入った大きな鍋をかき回していた。麦がゆだろうか。鍋から熱々の湯気を立ち上らせており、見るからにとても美味しそうだ。
これ以上我慢できないように腹が音を上げ、僕はおばさんに声をかける。
「麦がゆ一つください!」
「はいよ。銅貨三枚ね」
懐から金銭袋を取り出し、彼女にお金を渡す。
ちょっと待っててね、とおばさんは鍋から麦がゆを木製の容器によそう。
「はいどうぞ。熱いから気をつけてね」
僕は容器を受け取り、露店の横の飲食スペースでいただくことにする。白い液体を匙ですくい、ふーふーと冷まして口に運ぶ。
途端、豊かな塩の旨味が舌の上に広がり、脳が衝撃に打たれる。麦のもちもちとした食感、細かく刻まれた鳥肉と香草の風味。それら全てが絶妙に相まって、一つの美味の結晶を生み出している。
喉を通した時には、全身に心地よい温かさが染み渡っていくようだった。あまりの美味しさに、どんどん麦がゆを口の中にかき込む。匙を動かす手が止まらず、あっという間に綺麗に平らげてしまう。
すっかり腹も膨れたところで、僕は懐から萎れた金銭袋を取り出し、改めて中身を確認する。
悲しいことに、ほとんどの金銭はルシウスたちが預かっていたため手元にはほぼ残っていなかった。
これは死活問題である。すぐにでも稼ぎに行かなければ。となれば、今行く場所は実質一つである。
僕はからになった容器を返却口の容器に積み重ねる。
「ごちそうさま!」
おばさんに元気よく言い、再び活動を始める。
人通りの多い大通りを抜け、街の中央にある噴水広場を横切る。この規模の街だと、どこかにあるはずだが……。
何度か街路の角を曲がると、目の前に木造りの立派な建物が現れる。
冒険者ギルドだ。ギルドに正式に認められた冒険者たちが、ここで各地から集まった依頼を受けることができる。こんな出来損ないの自分も、一応ギルドに認められて冒険者になったのだ。
とりあえず僕は早速中に入る。
中は床一面に赤い絨毯が敷かれており、天井には豪奢なシャンデリアが吊り下がっている。すでに冒険者たちがちらほら集まっていて、なかなか盛況のようだ。
僕は奥にある依頼掲示板の前に行き、自分でも受けられそうな依頼を探す。
簡単な仕事なら『薬草採り』や『薪割り』、少しきつめなら『畑の耕し』や『積み荷の荷下ろし』か。たくさん仕事はあれど、どれも少ない報酬ばかりだ。
「うーん、困ったな……」
出来れば報酬の高い仕事を受けたかったのだが。一応あるにはあるが、複数人のパーティーでしか受けられない仕事しかない。こういう時パーティーを組んでいたらといやでも思ってしまうが、残念ながら自分はもう一人だ。
悩んでいても仕方ないし、とりあえず一番マシな依頼に手を伸ばそうとした時だった。
「――あんたも冒険者か?」
不意に横から声をかけられ、そちらを振り返る。
そこに立っていたのは、自分と同じ年頃の赤いバンダナを巻いた少年だった。彼の後ろには、少年一人と少女二人がいた。
僕は戸惑い気味に答える。
「そうだけど……」
「ちょうどよかったぜ。今暇か? これからゴブリン討伐の任務で近くの山まで行こうと思ってたんだけど、もう一人パーティーに欲しかったところなんだ。夕方頃には終わると思うんだけど、報酬の二割の銀貨六枚を渡すから一緒に手伝ってくれないか?」
その魅力的なお誘いに、しかし僕はうつむきがちに答えた。
「……気持ちは嬉しいけど、あいにくと自分の職業は
その弱々しい言葉に、少年たちは事情を察したように顔を見合わせる。
「なんだそんなことか。別に俺たちはどんな職業でも気にしないぜ?」
「うんうん。大事なのは職業じゃなくて仕事の出来だし」
「俺たちも似たようなもんだからお互い仲良くしようぜ」
僕は顔を上げ、思わず聞き返す。
「い、いいのか?」
少年たちは満面の笑みで頷く。
バンダナの少年がうっかりしたように言う。
「おっと、そういえば自己紹介がまだだったな。俺はリーダーのアラタ。職業は《
僕も軽く自己紹介する。
「僕はサバト=インヴェルト。今日は一日よろしく」
◆ ◆ ◆
思わぬ成り行きで、僕はアラタたちとともにゴブリン討伐のためルース近くの山に向かうことになった。頭上の樹冠の隙間から木漏れ日が射し込んでおり、今日は暖かくとても過ごしやすい陽気だ。
僕は前を歩く少年に聞く。
「アラタたちはずっと四人で冒険してるのか?」
「いや、俺とリザとダンは今のパーティーを結成した初期メンバーで、ルミアだけ二年前に入ったばかりの新入りだ」
アラタは不思議そうに首をかしげる。
「サバトはずっとソロで冒険者やってるのか?」
「あ、ああ……」
僕は歯切れの悪い返事をする。
思わず嘘をついてしまった。まさか
アラタは特に気にした様子もなく言う。
「そうか。なら今日出会ったのは何かの縁だな。このパーティーで一日頑張ろうぜ」
ニッと白い歯を見せる青年に、僕もその期待に応えて頷く。
ふと、ちらりと背後を振り返る。
先ほどからずっと、魔道士の少女が顔をうつむけたまま後ろをとぼとぼと歩いていた。
僕は気になってアラタに聞く。
「あの子さっきから全然喋らないけど、なんか僕迷惑かけてるかな……?」
「……ん? ああ。あいつはいつもあんな感じだから別に何も気にしなくていいぜ」
どこか素っ気ない口調でそう言い、彼はどんどん先を歩いていく。
それでも僕は、少女のことが気にかかって後ろを振り返る。
森の中を歩き続けることおよそ三十分。
不意にリザが立ち止まり、ぐるりと周囲を見回す。
「依頼書通りなら、ゴブリンたちの巣はこの辺りにあるはずなんだけど……」
僕も辺りに視線を巡らせる。
「おい皆、あれを見ろ」
近くの茂みに隠れたダンが小声でそう言い、こちらに手招きをする。僕たちも彼の隣で身をひそめる。
ダンの視線の先には、巨大な岩壁に小さな洞窟がぽっかりと口を開けていた。そして、その前には人間に似たたくさんの緑色の醜い生物――ゴブリンたちがいた。
「どうやらあの洞窟がゴブリンたちの巣で間違いないみたいだな」
獲物を見つけた獣のような顔のアラタに、僕は作戦内容を聞く。
「一体どうするんだ? 外にいるゴブリンだけでもかなりの数だけど……」
それに対し、アラタは魔道士の少女に視線を向ける。
「ルミア、お前がゴブリンたちの注意を引きつけろ。その隙に俺たちが後ろから回り込んで奴らに奇襲を仕掛ける」
思わぬその指示に、僕は困惑を露わにする。
「い、いいのか彼女一人で? いくらゴブリンが下位モンスターだからって、魔道士ならさすがにもう一人つけたほうがいいんじゃ……」
「いいんだよ。こいつは何せ打ってつけの引きつけ役だからな」
そう言うが、当の本人はどう見ても嬉しくなさそうな顔をしている。
それが癪に障ったように、アラタはあからさまに顔をしかめる。
「何ぼさっとしてる? とっとと行け!」
ルミアの背中を乱暴に叩き、彼女を茂みの外に無理やり押し出す。
少女の姿に気づいたゴブリンたちが、一斉に威嚇の声を上げる。
「ギィイ! ギィイ!」
ルミアに気を取られているうちに、僕たちはゴブリンたちの背後に素早く回り込む。
囮になった少女は何かのスキルを使用し、両手でロッドを振って虚空に小さな魔法陣を展開させる。
次の瞬間、そこから燃え盛る火球をゴブリンに向かって撃ち出す。飛んでいった火球がゴブリンの一匹に上手く命中し、派手に燃え上がる。
ルミアはその調子でもう一度スキルを使用し、魔法陣から火球を放つ。
だが、今度はゴブリンはそれを軽快に横に跳んでかわすと、地面から拾った石ころを彼女に投げつける。
それを見たルミアは咄嗟に半身を捻り、飛んできた石ころを回避。しかし、その拍子に足がもつれて地面に倒れてしまう。
その瞬間を逃さず、ゴブリンたちは少女に向かって一斉に飛びかかる。
「きゃあっ!!」
ルミアは馬乗りにされて手足を押さえつけられ、奴らに一方的に殴られる。
僕は堪らずアラタに言う。
「お、おい! 助けに行かないと!」
「まだだ。もっと洞窟からゴブリンたちをおびき出す」
「なっ……そんな悠長なことを言ってる場合じゃないだろう!」
アラタはぎろりとこちらを睨む。
「このパーティーのリーダーは俺だ。さっき入ったばかりの奴が勝手に指図するんじゃねぇよ」
豹変したような彼の言葉に、僕は唖然としてしまう。一体何を言っているのか。ルミアは仲間ではないのか?
思わずリザとダンのほうを見るが、彼らもまるで助ける気がないようにそっぽを向く。
そうこうしている間にも、ゴブリンたちは手も足も出ないルミアを容赦なく痛めつける。僕はこれ以上我慢できず、茂みから勢いよく飛び出す。
「あっ、おい!」
アラタの言葉を無視し、ゴブリンたちに向かって猛然と突っ込んでいく。
「やめろーッ!!」
僕は魔力を右足に溜め、ルミアの上に乗っていたゴブリンたちを思いきり蹴り飛ばす。
倒れた少女に慌てて声をかける。
「大丈夫か!?」
「は、はい……」
彼女に手を貸し、素早く体を起こす。
蹴り飛ばされたゴブリンたちはのろのろ起き上がると、怒りの雄叫びを上げて一斉に襲いかかってくる。僕は両腰の鞘から二本のダガーを引き抜き、青い魔力を纏わせる。
飛びかかってきたゴブリンたちにダガーを二閃。ドス黒い血の尾を引きながら、奴らの首が勢いよく斬り飛ぶ。
すると、今度は大振りの山刀を提げたゴブリンたちが、一斉に斬りかかってくる。
僕は《
あまりに実力差のある戦いに、他のゴブリンたちは全員たじろぐ。
「ギィイ! ギィイ!」
ゴブリンたちが耳障りな騒ぎ声を上げる。
それを聞きつけた仲間たちが、洞窟の中から続々と湧き出てくる。
「面倒だな……」
ここは手っ取り早く《暗影》のスキルを使いたいどころだが、さすがにこの技は強力すぎて目立ちすぎる。できればアラタたちの前では使用は避けたいところだ。
僕は仕方なくもう一度《夜鴉》のスキルを使用し、ダガーを斬り払おうとした時だった。
突然、ゴブリンの一匹が横から思いきり殴られ、派手に吹っ飛ぶ。
見ると、いつの間にか茂みから出ていたアラタが、無骨なナックルダスターの拳をまっすぐに振り抜いていた。
「ったく、人の命令も聞かずに勝手に飛び出しやがって!」
その両脇でリザとダンもそれぞれの鞭と戦斧を振るい、ゴブリンたちを存分に蹴散らす。
「一気に片づけるわよ!」
僕たちは各々のスキルを駆使し、ゴブリンたちを立て続けに葬っていく。
ルシウスたちほどではないが、アラタたちのレベルもそこそこ高いということもあり、ゴブリン程度の下位モンスターでは全く相手にならない。
あれだけ大量にいたゴブリンたちだったが、気づけば奴らの死体が辺り一面に溢れ返っていた。
アラタはさっと周囲を見渡す。
「これでひとまず外のゴブリンたちは駆除できたか」
洞窟の前に歩み寄り、暗い穴の中を覗き込む。
「思ったより深いな。これじゃまだゴブリンたちが残ってるのかわかんねぇぜ」
すると、アラタは魔道士の少女のほうに向き直る。
「よしルミア、お前が偵察に行ってこい」
あまりに無茶苦茶な命令に、僕は思わず異を唱える。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんでそんなに彼女一人に負担を押しつけようとするんだ? 彼女も不安がってるじゃないか」
ルミアのほうを見ると、彼女は怯えた顔でロッドを握る。
しかし、アラタたちは顔を見合わせると、リザが意地の悪い笑みを浮かべて少女に聞く。
「別に一人で問題ないわよね、ルミア?」
上から押しつけるような態度に、少女は顔を曇らせて小さく頷く。
ダンも追い打ちをかけるように言葉を重ねる。
「ルミアもそう言ってることだし、ここはこいつ一人に任せようぜ」
もはやこちらの意見に聞く耳も持たず、アラタたちは少女に高圧的な視線を向ける。
それに押されて、ルミアは渋々洞窟の中に入っていく。そのおぼつかない足取りにいても立ってもいられず、僕はアラタたちに言う。
「やっぱり心配だ。僕も一緒に行くよ」
「あ、おいちょっと待て!」
少年の呼びかけを無視し、洞窟の中に入る。
僕はルミアの隣に並ぶ。
「僕も一緒に行くよ。《
「え? は、はい。一応……」
ルミアは両手をお椀にし、《篝火》のスキルを使用。
すると、手の中から小さな火が生まれ、空中にふわふわと浮かび上がる。ほのかな灯りによって周囲の闇が払われ、洞窟内が明るくなる。
僕は彼女に感謝の言葉を口にする。
「ありがとう助かるよ。僕、火属性の魔法は使えないから魔道士の存在にはいつも感謝してるんだ」
それに対し、ルミアはわずかに目を見開く。
僕は洞窟内を慎重に歩きながら、気になったことを聞く。
「アラタたちとはいつもあんな感じなのか? なんだかあんまり仲がいいようには見えないけど……」
「…………」
ルミアは暗く顔をうつむける。
その反応を見て、僕は正面に向き直る。
「事情はよくわからないけど、何か悩んでることがあるなら僕に言ってくれ。いつでも相談に乗るからさ」
重苦しい空気が場を満たす。
その気まずい沈黙に、僕は小さく肩をすくめる。
「なんだか湿っぽくなっちゃったな。早いところゴブリンがいるか確認して、こんな場所さっさと出よう」
気を取り直し、洞窟の奥へとさらに足を進める。
その時、ルミアに後ろから服の袖を引っ張られる。
「お願いです。助けてください」
「……え? それってどういう意味――」
そこまで言った瞬間、僕は腰の鞘から素早くダガーを走らせる。
暗闇の奥がぎらりと光ると、そこから飛んできたナイフを上手く打ち落とす。
「ルミア、火を!」
「は、はい!」
少女は暗闇に向けて火を近づける。
瞬時に立ち込めていた闇が払われると、そこにいたのは大量のゴブリンたちだった。
「ギィイ! ギィイ!」
ゴブリンたちはこちらに威嚇し、敵意を剥き出しにする。
僕はダガーを構えて前に出る。
「ルミア、皆を呼びに行ってくれ」
「え? で、でも……」
「ここは僕がどうにかする。一人のほうがやりやすいんだ」
それに対し、少女は少し素ぶりを見せるが、こくりと頷く。
「わ、わかりました。気をつけてください」
そう言い、洞窟の外へと全力で走っていく。
ルミアがいなくなったことを確認し、僕は目の前のゴブリンたちに向き直る。
「ギィイイ!!」
痺れを切らしたように、ゴブリンたちが一斉に剣で斬りかかってくる。
僕は満を持して《暗影》のスキルを使用し、自分の人影から二本の細い刃を出現させる。それらを鞭のように高速で振るい、殺到してきたゴブリンたちを立て続けに真っ二つにする。
僕はにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「さあ、これで思う存分戦えるぞ」
再び影を操作すると、醜い小鬼たちの断末魔の鳴き声が洞窟内に響き渡ったのだった。
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