第三話 覚醒の時
眠っていた意識が覚醒する。突然視界に飛び込んできた光に目を細めると、すでに洞穴の外は新鮮な朝を迎えていた。
僕は、昨夜見た夢のことをゆっくり思い返す。
「全部、思い出した……」
千年前に魔王城に単独で乗り込み、魔王ベルザークを倒した仮面の暗殺者アウラ=ヴァンピール。
彼こそが、他でもない前世の自分だったのだ。魔王は確かにアウラの手によって打ち倒されたが、彼一人だったので討伐した人物が誰かわからなかったため、結局歴史に残ることがなかった影の英雄。彼がよもや、前世の自分だったとは。
とても誇らしくなるが、同時にすごく申し訳なくなる。才能に秀でたアウラとは違って、自分はなんの力も持たない弱小冒険者なのだから。
だが、なぜ彼はあんなに強かったのか。同じ底辺職の
それに、夢を見てとんでもない事実に気づいた。
僕はそれを確かめるべく、虚空に指を滑らせてステータス窓を開く。スキル一覧の一番下の箇所――予想通りそこに目当ての
魔王との戦いの最中、アウラはステータス窓のスキル一覧を操作し、サブステータスからもう一つのメインステータスに入れ替えていた。
そこで一つピンと来た。今まで全く気にも留めなかったが、自分のスキル一覧の一番下の箇所に不自然な空白があったのではないか、と。一つ分。まるでそこに何か
試しに空白部分を触ってみるが、特に何も起きない。
僕は首をひねって考えると、ふとあることを閃く。
スキル一覧から《看破》の魔法を選択。これは使用した対象にかけられた魔法を見抜く、アサシンだけが使えるスキルだ。本来は相手にかけられた気づきにくい魔法を看破するためのものだが、僕はそれをあえて空白部分に使用する。
もしも、本当に夢の通りなら――
『――《
窓から無機質な音声が響き、空白部分に一つのスキルが浮かび上がる。
――《
「ビンゴ!」
僕は思わず声を上げる。
アウラは《隠蔽》のスキルでこの《表裏一体》のスキルを隠していたのだ。これがステータスを入れ替えていたスキルの正体だろうか。正直何が起こるか怖くて仕方ないが、ここで今更引き下がるわけにはいかない。
ごくりと唾を飲み込み、僕はおそるおそる《表裏一体》のスキルをタップして使用する。
「…………」
だが、特にステータスに変化は見られない。
一体なんなんだ……。まさかアウラに騙されたのか? せっかく強くなれる方法を見つけたと思ったのに、これではただのぬか喜びではないか。
僕はステータスを閉じようとしたところで、ふと右上にタブが一つ増えていることに気づく。それをタップすると、驚愕に目を見開いた。
「な、なんなんだこのステータスは!?」
◆――――――――――――――――◆
職業
LV36
HP/2865 MP/2792
体力 2580
魔力 2437
攻撃力 2767
防御力 2789
敏捷性 2641
耐性 闇
弱点 光
◆――――――――――――――――◆
まさかと思い、僕はもう一度《表裏一体》のスキルを使用。すると、タブが消えて元のステータスレベルに戻る。さらにもう一度スキルを使用すると、今度はまたタブが増えてステータスレベルが上がる。
そういうことか。《表裏一体》は、表と裏のそれぞれのステータスを入れ替えるスキルだ。表がダミーのステータス、裏が本当のステータス。おそらく表のステータスはステータスを看破してきた相手に油断させるためのもの。今までレベルがほとんど上がらなかったのは、裏のステータスのほうに経験値が入っていたからだろう。
つまりこれこそが――
「僕の本当のステータス……」
思わず感慨とともに呟く。
すごい。これならば、ルシウスたちを見返すことができるかもしれない。あれだけあった絶望的な実力差を埋めることができる。勇者だろうがなんだろうが関係ない。この暗殺者の真の力であいつらに目に物見せてやる。
ふと、スキル一覧のあるスキルに目が留まる。
《暗影》――。
「……そういえば、アウラも影を操って戦ってたな」
今更ながら、伝説の暗殺者の鮮烈な戦いぶりを思い出す。
ひとまず僕は洞穴をよじ登り、外に這い出る。すでに頭上には眩い太陽が昇っており、昨夜と比べてしっかり森を見通すことができる。
さて当面の目標だが、まずはルシウスたちを見つけ出す。そのためにもまずは近くの街まで行こう。ここがどこかはわからないが、歩いていればそのうちどこかに着くだろう。
そんな気楽さで、一歩踏み出そうとした時だった。
「シュルルルル……」
不意に、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
おそるおそる振り返ると、目の前にすっかり見慣れたあの大蛇がいた。
僕はゆっくりと首を戻し、もう一度後ろを振り返る。やはり大蛇がいた。
「シャアアアアアアアアアアッ!!」
次の瞬間、大蛇が口を開いて勢いよく襲いかかってくる。
「うわああああっ!!」
情けなく悲鳴を上げ、僕は一目散に逃げる。
昨夜からずっと近くにいたのだ。自分の新しいステータスに浮かれて全く気がつかなかった。
大蛇はうねうねとのたうちながら、恐ろしい速度で追走してくる。
クソ。せっかく希望が見え始めたのに、こんなところで死んでたまるか。
僕は木の根に足を取られないようにしながら必死に走り続けると、不意に森が途切れるのが見える。
助かった。これでどうにか逃げられる。左右の木々がなくなり、視界が一気に開ける。
しかし、そう思ったのも束の間だった。
「なっ……」
突如目の前に現れたのは、巨大な渓谷だった。
対岸まで差し渡し三十メートルほどあり、高さは谷底が見えないぐらい高い。周囲を見渡すが、向こう岸に渡れそうな場所は近くにない。
背後を振り返ると、追いついた大蛇がじりじりとこちらに詰め寄ってくる。
僕は眼前で口を開けた地獄の淵を見下ろす。
どうする。一か八か谷底に落ちるか? いや、この高さではまず助からないだろう。煙玉で煙幕を張って巻くか? いや、それも無理だ。蛇には確か対象の熱を感知するピット器官というものがあって、視界を塞いだところで逃げ切るのは不可能だ。
クソ、やるしかないのか。
いよいよ痺れを切らした大蛇は大きく口を開くと、こちらに向かって猛然と食いかかってくる。
「うわああああああああああ!!」
僕は一か八か《暗影》のスキルを使用し、自分の影から黒い壁を迫り出させる。腹底に響くような強烈な衝撃音。
だが、思っていたような痛みは一切襲ってこなかった。
「ギャアアアアアアアッ!!」
突然大蛇は甲高い悲鳴を上げる。
僕はゆっくり目を開けると、無傷のままの影の障壁が堂々と佇んでいた。壁が溶けるように消えた途端、信じられないことに大蛇の牙が半ばからへし折れていた。
一体何が起きたのか。
たちまち怒り狂った大蛇は、再びこちらに首を伸ばして襲いかかってくる。
僕は恐れることなくもう一度《暗影》のスキルを使用。自分の影から巨大な黒い手を出現させ、大蛇の噛みつきを真っ向から手で受け止めることに成功する。
そのまま力強く押し返し、大蛇を付近の木々に向かって豪快に吹っ飛ばす。暴力的な衝撃音とともに木々を薙ぎ倒し、大量の土煙を派手に巻き上げる。
「…………」
あまりに圧倒的な力に、僕は呆然と瞬きを繰り返す。一体どういうことだ? メインステータスに入れ替えただけでこんなに強くなったのか? いや、それだけじゃない。スキルの性能も急激に向上したのか?
立ち込めていた土煙がすぐに晴れると、中から傷だらけの大蛇が姿を現す。
大蛇は鬼のような形相でこちらを睨め付けると、尚も懲りずに乱暴に突っ込んでくる。
今度は僕は試しに右手の人差し指と中指の先端から細長い影のトゲを勢いよく伸ばし、襲いかかってきた大蛇の両眼を容赦なく潰す。
「ギャアアアアアアアアアアッ!!」
大蛇は苦悶の鳴き声を上げる。
僕は自分の掌を見つめる。どうやら全身の影も自由自在に操れるようになったらしい。まさか弱かった《暗影》のスキルがここまで使えるようになるとは。
完全に目が見えなくなった大蛇は、苦し紛れにこちらに向かって巨大な尻尾を薙ぎ払ってくる。
だが、僕は空中に素早く跳躍し、それを軽やかにかわす。大蛇の頭上に高々と舞い上がると、両手の中に一振りの影の剣を生成。それを下に向け、裂帛の気合とともに大蛇の頭部目がけて振り下ろす。
「うおおおおおおおッ!!」
漆黒の剣が頭部を深々と突き刺すと、大量の赤い液体が派手に噴き出す。そのまま刀身を伸ばし続け、顎の下まで勢いよく貫通させる。
僕は素早く剣を消すと、大蛇の頭部から即座に飛びのく。軽快に着地すると同時に、大蛇は重々しい地響きを立てて倒れる。
呆気なく息絶えた巨大生物に、僕は我知らず呟いた。
「本当に僕がこいつを一人で倒したのか……?」
にわかに信じられない気分だった。
昨日まで全く歯が立たない相手だったのに。これなら本当にルシウスたちを見返すことができる。いや、それどころか魔王を倒すことや世界をひっくり返すことだってできるかもしれない。
僕は今一度、自分に問いかける。この力をなんのために使う。決まってる。この理不尽に溢れた汚い世界を一から変えてやる。
自分もアウラのような偉大な暗殺者になれるだろうか。いや、なれるかじゃない、絶対になるんだ。
そのためにも、まずはルシウスたちに生まれ変わった自分を見せつけてやる。復讐だ。
新たな決意を胸に抱き、僕は世界変革への一歩をゆっくりと踏み出したのだった。
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