第四章 没落の光
第四章 没落の光(1)
【一】
衣鈴の復讐カードは、最近新たな文字が追加されていた。“復讐者F 復讐者G 復讐者H”。これらが新たな内容達だ。
「……」
衣鈴はそれを見つめながら、何度目か分からない溜息を吐いた。
城嶋陣は言っていた。人は変われる。だから衣鈴も変われ、復讐したい相手を許せ。彼は北条を倒し、根野の説得に成功した。だから衣鈴も、もしかしたら本当に? なんて思い始めていたのに。
何度も、こんな考えはいけないことだと押し込めようとした。けれどそうすればする程、眩いばかりの希望を与えてくれたのに、一気に握り潰してしまった陣が憎くなる。反動なのだろうが、陣を恨むのはお門違いだと分かっていても、どうしたってそんな想いが捨てられない。
だけど。こんなことを考えてしまう自分が、もっと嫌だった。憎悪していた。
七回目のマーダータイムを十五分後に控えたロビーを見渡すと、“仇G”である北条穂久斗、“仇H”である蘭光恋愛子が並んで立っている。他のプレイヤーらもすでに揃っていて、またしても支配者たらんとする北条に注目しているようだった。
当然のことながら、“仇F”たる陣の姿はない。ここには死者を除く八名しかいなかった。
「ねぇ、あなた」
「え?」
気付かなかった。いつの間にか恋愛子が近くにいることに。
「あなたのことを、陣さんは大変気にしていたように思いますわ。どういう関係?」
「どういうと言われても……ここで初めて出会っただけの、プレイヤー同士でしかないです。確かに何度か会話しましたが……」
「どんな会話ですの?」
なぜそんなことを聞くのかと問おうとしたが、恋愛子の凛とした目を見ると、質問に答えるしかないと感じる。年齢は近く、恋愛子の方が小柄なのに、抗える気がしなかった。
「私は“復讐者”です。“霊媒師”能力者である陣さんは、それを知っています。でも陣さんは、ああいった様子で、誰かが誰かを殺すことを止めようとしています。“復讐者”たる私も止めようと、陣さんは接触してきました。ただ、それだけのことです」
「それだけ……」
恋愛子は目を伏せて、考え込む。たったそれだけのことで、陣は自らを危険に晒してまで行動出来るのか。そんな言葉を含んでいるように思った。
「恋愛子さん。陣さんは私を気にかけていると言いましたが、それは、恋愛子さんに対してもそうだったと思うです。いったい、どんな関係です?」
「どんな関係って……あなたと大して変わりませんわ。あたくし様は“仇B”ですが、“復讐者B”である北条と行動しています。でも陣さんは、『あいつはお前を狙っている』と言っています。それを気付かせたいと考えているようですが、だからなんだという話ですわ」
恋愛子は、衣鈴と大して変わらないと言った。でも衣鈴の考えでは、陣は誰に対しても、同じ。同じなのだ。
陣は衣鈴に、復讐相手を許せと言った。恋愛子に北条は敵だと気付かせたいのは、まず北条を危険視させた上で、恋愛子にそれを許させようとしているに違いない。“復讐者”と“仇”を和解させるにしろ、まずは互いに何が気に入らないからそうなっているのか認識させなければ、話し合いも出来ないだろう。
一人が北の景色を見て意見を言っているに対し、もう一人は南を向いてその意見はおかしいと言う。向いている方向が違っては、正しい議論にはならない。
「衣鈴さん。あなたは陣さんのこと、どう思っていますの?」
出し抜けに、恋愛子が顔をあげた。
「どう、って。……何を考えているか、よく分かりません……としか」
真にそんな感想を向けるべきは、衣鈴自身だった。自分を救おうとしてくれたはずの陣を、今は恨んでいる。自分はいったい、何を考えているのだ。
「……そうですの。それなら、いいですわ」
いったい、なんの確認だったのか。
恋愛子は長い外ハネの金髪を翻し、北条の元へ戻る。二、三、北条と会話を交わしたようだが、衣鈴の方を向き直ることはなかった。
陣のことをどう考えているのか。鬱陶しいまでに復讐をやめろ、誰も殺すな、死んだらオレが生き返らせると言っている彼。間もなく死なんとしている彼に対し、恨み以外にどんな感情を抱けと?
……関係ないではないか。衣鈴はただ、衣鈴のすべきことをするだけだ。
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