第三章 栄光の影(3)
【三】
まさか本当に、とひとりごちりそうになるのを、衣鈴は我慢する。陣は宣言通りのことをやってのけた。こんな洋館に来てしまう程の復讐を誓ったはずの根野に、復讐を諦めさせた。或いは、もともと根野の復讐心は、他のプレイヤーよりも強くなかったのだろうか。そうだとしても、陣が成し遂げてしまった事実は、確かにそこにある。
「もう今日は、何も起きそうにねーな。戻るわ」
なぜか衣鈴の方を見て、陣は言った。思わず少し距離を置いて彼の行先を追っていたら、益若の部屋だった。陣はその部屋に入ったが、益若はすぐに出てくる。益若の部屋には恋愛子が拘束されているので、陣は彼女に会いに行ったに違いない。
もしかしたら陣は、後で自分の所にも来るかもしれない。そうして、お前も復讐を諦めろと言いにくるはずだ。
でも、衣鈴は自らの目的を曲げるつもりはない。かつてこのゲームに参加し、殺されて、でも生還出来て、思った。こんな洋館なんて消えてしまえばいい。井口衣鈴という人間が、いかに愚かで汚い人間だったのかと思い知らされたこの洋館は、世界に必要ない。
衣鈴は知っている。プレイヤーに紛れた、館側の人間がいることを。そしてそれが誰であるかということを。だって衣鈴が狙うべきプレイヤーが、その人物なのだから。
陣は、館の運営側を探しているらしい。見付けたらどうするのだろうか。こんなゲームをやめろ! なんて説得するのだろうか。彼ならやりかねないが、馬鹿げている。それで終わりになるのなら、こんなゲームなんてそもそも行われていない。
けれども。あの城嶋陣だ。もしも、北条と恋愛子の関係を彼が修復してみせたのなら。
「っ……!」
衣鈴は強く首を振った。あわせて揺れる頭のリボンが少し重い。
希望なんて持つな。人は変わらない、変われない。悪い方に悪い方に流れていくだけに決まっている。
ああ、だけど。その考えに対する否定が、口から出そうになる自分もいた。最初は陣の見た目から、思わず怯えて申し訳ないことをした。でも今、衣鈴の目に映る陣は、輝いている気がする。なんであんなに、他人のために動けるのだ。それが陣のエゴであるとしても、魂を見ているから出来る行動なのだとしても、他人の考えを変えるなんて普通じゃない。自分で自分の意思を変えることだって難しいのだから、他人なら尚更だ。
気付けば、陣が消えた益若の部屋の前で、立ち尽くしていた。いったい自分は、どうしたらいいのだ。
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