第三章 栄光の影(2)
【二】
『五回目のマーダータイムを開始いたします。まだ何もしていない方は、そろそろ行動に移る時ではないでしょうか』
段々と言葉の種類が多くなる、益若のAIアプリの棒読み的な開始宣言を聞きながら、陣は壁にもたれかかっていた。
ロビーに向かうための扉を見ると、ちょうど益若と翼が、恋愛子と北条を部屋に戻す所である。やはり、陣が協力するに値すると認識した益若らは、今の所予定通りに動いてくれるようだ。
ちらと、椅子にちょこんと腰かける衣鈴に目をやる。どうやら彼女もこちらを見ていたらしく一瞬目が合うが、すぐに逸らされてしまった。衣鈴にしろ恋愛子にしろ、簡単にはいかない。当然だ。衣鈴は復讐したいと思ってしまう程の想いからここに来て、恋愛子は心が囚われる程に北条を信用しているのだから。
今度は、全体を見渡してみる。陣と衣鈴以外でロビーに残るのは、立浪達也、根野このみ、そして久龍空奈。
北条穂久斗という脅威が一応は去った、最初のマーダータイム。これまで押し込むしかなかった復讐心に火を灯し、そして燃え盛り、殺人行動に出るプレイヤーがいてもおかしくない。けれど今の所、誰も動きはしないようだった。
“霊媒師”は一日一度しか使えない。ここにいる衣鈴以外のプレイヤーの魂はまだ見ていないが、果たして誰を見るべきか。この中でいえば、久龍が最も不透明に感じる。これまで目立った動きをしておらず、思い出すことといえば、毎回のマーダータイムで集合が最後になることと、とんでもない身体能力くらい。今日だって、恋愛子や北条を連れて来なければならない陣達よりもさらに遅い登場だった。
けれど、久龍の魂を今すぐ見ることはしない。“霊媒師”が現実時間では一瞬しか過ぎないことは分かっているので、今日最初に動いたプレイヤーの魂を見ればいいからだ。もし誰も動かなければ、久龍を見るか。
「戻ったよ」
頬杖をついて物憂げにしたり、サイドテールを少しいじったりするだけで、絵になるような久龍。それをぼんやりと見ていた陣は、益若から声をかけられて少しだけ肩が浮いてしまった。
「あの女に惚れでもしたか? 確かに美人だが、変人だ」
少し遅れて翼もやってきて、陣の視線を追っていた。久龍は翼の言う通り変な所はあるが、それを翼には言われたくないだろう。
「任せろ。相性診断ならAIアプリを使えば……」
「ざけんな。気の抜けたこと言ってんじゃねぇ」
肩に手を置く翼を払い、久龍に惚れるなんてありえないと思った。ふいに衣鈴の顔が浮かんだので、両頬をパンと叩いて頭を振る。存外強く叩いたようで、たぶん鏡を見たら赤くなっているだろう。後ろから、益若と翼の視線が刺さっている気がする。気の抜けたことをしていたのは陣の方だと言いたげだ。
「たたた、立浪達也! ま、益若マコォ!」
また頬を叩こうと構えた時だった。ひどくどもった声が、だが鋭く大きな声が、ロビーに響いた。
「あ、あたしぃ! あなた達を許さないからぁ!!」
発信源に目をやると、震える右手の人差し指で、立浪と益若を順に差す、根野このみがいる。次の瞬間には、「たた、ターゲットを立浪達也にししし指定するぅ!」と言いながら、根野は拳銃を構えていた。
「ふぇ、俺ちゃん!?」
それを向けられた立浪は、万歳三唱でもするかのように、何度も腕を上げ下げする。無抵抗だと必死なアピールだが、通じるはずもない。
「ままま益若マコ、油断すんじゃないわよぉ!? あたし“ニノ太刀”能力者だから、二人とも今日、ね、狙えるんだからねぇ!」
○能力:二ノ太刀
効果:一日に二人のターゲット指定が出来る。
発動条件:無
発動可能時間:マーダータイム中
「二人……!?」
ついと陣は叫んでしまったが、決して二人狙えることに驚いたのではない。根野が二人に恨みを抱いていることに対してだ。これまで陣は、“復讐者”と“仇”は一対だと思っていたのに。
「えええい!」
「うおっち!」
根野が一発目の銃弾を立浪に向けて放つ。てんで狙いは外れて、壁掛けのランプを破損させる。立浪はサッカーのキーパーよろしく横っ飛びを見せたが、かえって隙を作るだけだった。
今は、根野が二人を狙っていることに驚いている場合ではない。根野が二発目を放つべくリボルバーのハンマーを起こしている間に、陣は口にする。
「根野このみの魂を口寄せする!」
目を閉じて、また開けただけ。傍から見たらたったそれだけの行動で、根野が立浪と益若の何を恨んでいるか把握した。これならたぶん、説得の余地はあるはずだ。
「待て根野!」
陣は、まず益若をエントランスへ逃がすよう追いやってから、立浪の前に躍り出る。根野のターゲットにされていない陣が肉壁となることで、根野は次弾を撃てなくなった。
「ちょ、ちょっとぉ! あたしは“二ノ太刀”能力者なのよぉ!? じょ、城嶋陣、あなたをターゲットにすることだってぇ……!」
「いいから聞け! オレをターゲットにしても構わないから、とにかくまず、聞いてくれ!」
「は、はぁ!?」
根野の脅しを受けても、陣は折れるつもりなどなかった。他人が死ぬくらいなら、自分が死んだ方がマシだ。
「オレは“霊媒師”能力者。根野、お前の魂を見て、なぜ立浪らを狙うかは分かっている!」
けれど、進んで殺させるわけにもいくまい。
「根野。お前は父親を病気で早くに失い、母親一人に育てられた。そしてその母親が――」
「ちょ……言うんじゃないわよぉ!」
「なら、オレとあっちの部屋に来い!」
陣の言葉を遮る根野に、さらに陣は被せた。
「な、何よぉ、まったく……」
ぶつぶつ言いながら、根野は陣に続いて来た。立浪には、自室に戻れと合図を送る。この時ばかりは、立浪は気配のいっさいを消していた。
根野と訪れたのは、カジノルームのような一室だった。ルーレットに、トランプゲームを行うのであろう台が並ぶ。ゲームを楽しむつもりはないが、妙に高い椅子に腰を下ろした。
「へ、変なこと言ったら撃つからねぇ……」
陣はまだ、根野のターゲットにされてはいないが、二人の距離は一メートルもない。ターゲットにされたが最後、逃れることは出来ないだろう。でも陣は、やるしかないのだ。
「母親一人で子供を育てるのは大変だ。正社員になれず、パートだけでギリギリの生活。でもお前には、せめて大学は出ろと言ってくれていた。義務教育ではない高校の段階で学費は上がっていたのに、さらに学費の高い大学に行くための貯金を始めたお前の母親は、限界だった」
「……れ、“霊媒師”って、嫌な能力ねぇ……」
根野の言葉はもっともだが、今はこの能力に感謝するしかない。
「そこに現れたのが、立浪達也だった」
その名を口にした時、根野が忌々しげな表情で拳銃を強く握ったのを見た。陣が根野にまつわる事情を知っていることの証明は出来たので、これ以上口にして、刺激する必要もない。
根野の母親の前に現れた立浪は、女衒だった。平たく言えば、AVの勧誘員。特別美人でもない根野の母親だったが、金に酷く困っているので簡単に転ぶと、立浪は判断したのだろう。熟女ブームだ美魔女だと適当なことを言って、母親を引きずり込む。ただ、人数が必要だっただけなのだ。
でも、生活は楽にならない。結局一回の使い捨てだし、母親単独の内容ではなかったので、大した金にならなかったのだ。
それだけなら、まだよかった。この頃、立浪の所属する会社のやり過ぎた勧誘がとある週刊誌に注目されており、ついにすっぱ抜かれたのだ。“母子家庭の母親さえも被害者に!”なんて見出しが記事に踊り、紙面では“Kさん”とボカしているが、見る人が見ればそれは根野の母親だと分かる内容で取り沙汰されていた。その記事を書いたのが、益若マコなのだ。
誰かが根野の母だと気付けば、簡単に噂は広まる。さすれば、世間が根野らにどんな評価を下すかなんて、想像するに容易だ。母親はパートをやめざるを得なくなり、益々苦しくなる家系。根野は高校を中退し、なんとか正社員になれたから良かったものの、十六そこそこのガキは簡単に食い物にされていった。
全ては、勧誘した立浪達也、記事を書いた益若マコのせいだ。そうして彼らを探してやろうと思い至った矢先、この洋館に来ていたのだ。気付いたら中退したはずの高校の制服を着ていたのも、未練以外の何物でもない。
「……お前は最初、恋愛子統率の下で動いていた。あれは別に、北条を打倒するためじゃない。同じく従っていた立浪に近付き、隙を伺うためだったんだろ」
「そ、それが悪いのぉ!?」
「悪くない。むしろ、恨んだ相手と形だけでも組むなんて、よくやったと思う」
陣の言葉に、少しだけ根野の荒んだ目が、和らいだような気がした。
「オレはお前が羨ましい。オレはもう、家族がいねぇ。だがお前は、待っている人がいるんだろ。ここで殺しなんてしちまったら、法的に罰せられることはないかもしれねぇが、お前の心には“人殺し”としての記憶が残る。いや、残るなんてもんじゃねぇ。刻まれて、一生……輪廻転生永遠にだ」
「そ、それは……」
「別にオレは、立浪と益若を恨むなとは言わない。ただ、あいつらだって仕事だったんだ。お前も仕事をしているのなら、分かるだろ。言いなりなんだよ。ただの学生のオレが言ったんじゃ響かねぇかもしれないが、オレは益若の魂を見ているからな」
「……」
根野の口から、ついに言葉が消えた。
「まずは、あいつらの話、聞いてみねぇか? マーダータイムが終わった、武器なんてない場所で」
「……。……分かったわよ」
根野は、右を見て左を見て、今度は下を向いて答える。一度ギュっと瞑った目を、ゆっくりと開いていった。
やったぞ、と口にするのを、陣はなんとか堪える。ガッツポーズだってすんでの所で止めた。正直、こんなに簡単にいくとは思っていなかった。でも確かに、根野の身体から力は抜け、彼女の拳銃はすでにしまわれている。拙い自分の言葉で、根野を止めることが出来たのだ。歓喜の声を出してもバチは当たらないだろう。
「皆、聞いてくれ!」
勢いのままロビーに戻ると、どうやら他プレイヤーらは成り行きを見守っていたらしく、陣と根野がいた部屋の扉付近に集まっていた。
「根野は納得してくれた」
おずおずと、根野も部屋から出てきた。
「オレは決めたんだ。復讐を止めてやる、と。人を殺すこと、死ぬことは、どうしたって周りを不幸にする。良いことなんて何もない。オレみてぇなガキが何を言っているんだと言われたらそれまでだが……少しでも、少しでも思う所があるなら相談してくれないか。もちろん、相談相手はオレである必要はねぇ。ただ誰かに、話してみてくれ。不満を吐き出すだけ吐き出して、究極の選択なんて取らないでくれ!」
拳を握り締めて、復讐心を打ち滅ぼさんという想いを込め、前に出した。こんなの自分のキャラじゃないと思わないこともなかったが、陣の目的を達成するには宣言するしかない。
恋愛子にも、後で報告してみよう。北条にもだ。衣鈴は見ていてくれたようだが、果たして考えを変えてくれただろうか。まだ変えてくれなくたって構わない。生きていれば、なんだって出来るのだ。
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