第二章 ゲームの支配者(9)
【九】
自分がしたいことは、なんだろう。ただ人が死ぬのは嫌だからと動いていたつもりが、果たして自分が恋愛子にしていたこととは何か。なぜ北条が悪であると気付かせたいのか。
「なんなんだよ……」
自室のパスワードを打ち込みながら、幾度となく内心で繰り返した言葉を、ついに口にする。思わず出てしまった言葉に動揺し、パスワードを打ち間違えてまた最初からとなっていた。
「陣さん」
やっと扉が開いた時、ふいに声をかけられる。
「少しだけお邪魔しても良いです?」
頭につけた白く大きなリボンを揺らしながら、衣鈴がこちらに寄ってきた。
「あ、ああ」
「お邪魔します」
断る気はなかったが、お前に拒否権はないと言われている気がした。自分より一つ年下の、か弱げな女子高生。けれど顔に笑顔などなく、かといって怒りや悲しみがあるでもなく、何を言われるのか予想出来なかった。
「なんでです?」
椅子を勧めても座ることなく、衣鈴は口を開いた。
「なんで、生き返らせたんです?」
陣も立ったまま衣鈴を見れば、揺らぐことのない黒目勝ちな瞳がこちらを向いていた。睨まれているわけでもないのに、思わずたじろぎそうになる。
「北条穂久斗さんは、どう見ても悪い人です。だから陣さんも倒そうと思ったんですよね。それを、いくら拘束したからといっても、生き返らせるなんて」
小さな声ながら、訴えかけるように衣鈴は続ける。
「陣さんは、“霊媒師”で私の魂を見たんですよね。なら、私の考え方を知っているはず。悪い人は、どうしたって変わらない。リヴァイバルがあることで、生まれ変わる、を言葉通りに行えるこの場所でも、悪い人は悪い人のままだと思います。陣さんはきっと、北条さんの魂を見ていますよね。私は見ることは出来ませんが、思うに、彼は良い人間じゃない様が現れていたのではないでしょうか。それなのになぜ、生き返らせたんです?」
今度は、陣の言葉を待つためか、じっとこちらを見るだけとなった。
先程までなら、単に人が死ぬのが恐いからだ、と即答出来たはずだ。けれど恋愛子に対して行ったことに疑問を持った今、それは安易過ぎると思えた。なら、何と言えばいい。
衣鈴の言うことも理解出来る。結局北条を生き返らせたのだから、拘束さえ解かれればまた同じことが起こるかもしれない。そうなれば、陣が恐れた“必殺”能力による絶対的な死が再来してしまう。陣の、北条をも生かしたいという行動が他人の命を脅かすという、ひどく矛盾した構造であるのは分かっていた。
それでも。それでも陣は、北条を生かした。
「……オレは」
ついに考えるのではなく、声にしてみることにする。また口が閉じかけたので、両頬をパンと叩いて奮い立たせた。
「オレは、お前の復讐を止めてやりたいと言った」
自らに確認するように、言葉にする。
「オレは、信じたい。人は変われる、と」
ああ、そうか。そういうことか。衣鈴の疑問に満ちた表情とは裏腹に、陣は言葉にして初めて、自分は何がしたいのか分かった気がした。先程恋愛子にしたこと、そして誰よりも、衣鈴に対してしていたことの意味。
事故で失った家族。生き残った母は、何を言われても最後まで人を信じて死んでいった。衰弱してなお、最後の最後まで人は変われるのだと説いてくれた。
陣のバイブルは、そこにあったのだ。人が死ぬことは確かに恐い。例えようのない、最大限の恐怖だ。この洋館において、死とはあまりに軽く扱われるが、だからこそ人が変われるチャンスを与えてくれている。衣鈴は、生まれ変わるという言葉はありえない、という言い方をしたが、陣はそれが実現するのだと信じたかった。
衣鈴の復讐を止めたいと思わず言ってしまった理由も、ようやく分かった。衣鈴は、人は変わらないと思っている。でも自分は変わりたいという矛盾に本人が気付いているかは、分からない。だから衣鈴にだって信じて欲しい。希望なんて持つものじゃない、と思わないで欲しい。
つまり、陣は。
「オレは、人は変われると思っている。だから、生まれ変わりは確かにあると信じたい。反面、誰も死んで欲しくないとも思っている。最も望ましいのは、誰も死なずにかつ、復讐なんてものを諦めてくれることだ。今すぐ相手を許せだなんて言うつもりはない。でも、話し合いという道もあるはずだ!」
「人は変わりません。死んでも変わらないのだから、ただの説得だなんて尚更です。陣さんだって、それが無理だと分かっていたから、北条さんと恋愛子さんを殺したんですよね?」
「その通り、それは否定しねぇ。だが、それも一つの方法だと思ったんだ。本当なら、衣鈴、お前の復讐を今ここで止めさせたい。でもそれがダメなら……」
「ダメなら?」
「その復讐、手伝わせてくれ。だが! “仇”を殺したあかつきには……お前の手で、そいつを生き返らせて欲しい。復讐したい相手を、許して欲しい!」
「な……」
つまり陣は、この洋館を復讐の場ではなく、許しの場として使うべきだと主張したいのだ。
陣は恋愛子に、北条は悪だと気付いて欲しいと言った。あれは決して、恋愛子に北条を恨めと言いたわけじゃない。相手の悪意を知り、真に相手と向き合い、話し合って欲しかったのだ。
そして同時に、あわよくばの希望もある。その話し合いの結果、北条が会心することがあれば、それは衣鈴へ送るメッセージになる。ほら、人は変われるんだぞ、と。
衣鈴に対して想いの丈を語り、やっと陣自身も、気付くことが出来た。心に浮かんでいたたくさんの想いが凝縮され、一つの強い決意へと昇華していくように感じた。
陣がこうして主張するのは、陣のエゴだ。余計なお世話だ、邪魔だ、甘ったれるな。そう言われることは分かっている。何せ陣は“復讐者”でも“仇”でもない“白紙”の人間だ。当人達からしたらなんとも胡散臭い、薄っぺらい存在に見えるだろう。
でも陣は“霊媒師”で相手のことを知ることが出来る。思えばこの魂だって、相手と分かり合うためのきっかけ作りの意味で存在しているのではないだろうか。
この能力を自分が持ったことは、運命ではないかと思った。“白紙”で“霊媒師”の陣にしか出来ない役割が、この洋館にはある。
「オレは明日から、誰も死なないよう、復讐を止めろと説得する。人は変われる。見ていてくれねぇか?」
今度は陣が、じっと衣鈴を見る番だった。衣鈴もまた、視線を外さない。
「……陣さんの考えは分かりました。でも私の復讐は、私だけのものですので」
突き放す言葉とともに、衣鈴は踵を返す。陣が声をかける間もなく、部屋から出て行ってしまった。
けれど、陣は見逃さなかった。最初は真っ直ぐに、陣への強い疑問を呈す目を向けていた衣鈴。最後にその目が、少しだけ揺れていたことを。
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