第二章 ゲームの支配者(8)
【八】
雨の中捨てられ、ダンボールに入れられた子猫が、近くを通りかかった人を見上げてニャーと弱弱しく鳴いている。こちらを見上げる恋愛子を見て、陣にはそんなイメージが湧いていた。
口調も行動も高飛車なお嬢様だったが、陣はすでに、その小心な姿が真実だと知っている。今日、恋愛子の魂を“霊媒師”能力で見ているからだ。やはりこのゲームに参加しているプレイヤーたる北条の姿は影のようになって確認出来ていないが、北条の魂と合わせて考えればそれが北条であることは明らかだった。
うるうると揺れる恋愛子の瞳を見ていたら吸いこまれそうで、思わず目を逸らす。逸らした先にいた益若は相変わらずタブレットを見ていて、曇ったツリ目は冷たさしかなかった。そんな益若だが、今こうして恋愛子と北条を倒すことが出来たのは、益若の協力があってこそである。
陣が、益若に利用されているのではと気付いた時。陣は「益若を殺す」とひとりごちていた。それは別に、益若を恨んでのことではない。必要だと思ったからだ。
◆
昨日のマーダータイム中、北条の攻撃を退けた後は何も起こらないと踏み、陣は益若の部屋を訪れた。
益若の目的は、この洋館がどんな所なのか明かすべく、もしかしたらプレイヤーに紛れているかもしれない、館の運営側の人間を探すこと。その上で、“霊媒師”能力は役に立つ。“能力把握”たる益若は、“霊媒師”能力者たる陣に目を付けて、利用しようとしているはずだ。
では、利用されず、かつ陣にメリットをもたらすためには、どうしたら良いか。
そこで考えたのが、現在猛威を振るい、益若の目的を果たせなくなるかもしれない危険な存在たる、北条穂久斗を倒せる策を告げることだ。自分は単なる馬鹿ではないキレ者で、お前の考えなんてお見通しだ益若、と暗に伝えることにしたのである。
「で? アタシに何の用だい? また質問をしに来ただけってんじゃ、門前払いをするしかないじゃないのサ」
「ざけんな。お前はオレに考えが浅いっつったが、それはお前の方だ。お前の考えは浅すぎて、オレには通用しなかった」
「言うじゃないのサ」
開口一番、陣は益若を挑発してみせる。益若は肩をすくめるだけだったが、陣の話を聞く姿勢にはなったらしい。
「お前は“能力把握”であり、オレの“霊媒師”を利用しようとした。オレを利用しようなんて考えたツケ、払ってもらうぜ?」
陣はちらと、益若の部屋に置かれたノートPCを見る。タブレットばかりを使う彼女がPCを使うとは思えないのに、ノートPCは開いて電源が入れられていた。
「成程。あのPCに“能力把握”の結果が映し出されている、ってわけか」
「鼻が効くじゃないのサ。見たけりゃ見ていいよ」
わざとだったのか、と溜息が出そうになるのを堪える。こいつはまだ、自分を試している。でもそれなら、遠慮なく見ればいい。
①絶対服従:蘭光恋愛子 ②能力把握 :益若マコ
③遠当て :津村翼 ④自己再生 :井口衣鈴
⑤鍵師 :立浪達也 ⑥能力拝借 :久龍空奈
⑦霊媒師 :城嶋陣 ⑧必殺 :北条穂久斗
⑨二ノ太刀:根野このみ ⑩能力無効化:風祭界
陣の予想は当たっていた。そしてこれなら、やはり益若を殺すべきだ。
「おい。お前、死んでみないか?」
「は?」
陣の言葉に、ずっとタブレットだけを見ていた益若が、初めてこちらを見た。
「北条を潰すにあたり考えるべきは、北条にかかった、攻撃をかわせという“絶対服従”の効力がどの程度のものか判断することだ。その効力が、毎日かけないと発揮されないのならばやりようはある。ただ、一度かけたら永続するものならば、対策が必要だ」
「けどその二択、能力者本人じゃないと分からないじゃないのサ。“能力把握”で発動条件などは分かっているが、そういった部分は明記がないからね」
「だから後者に備えて試したいことがある。それが上手くいけば、北条を倒すのは難しいことじゃねぇ」
「成程ね。アタシの“能力把握”は、ノートPCに全員の能力を映し出すから、能力が発動しているか否かはひと目で分かる。そんなアタシが死んだ時、もしノートPCからその表示が消えれば……」
「能力者が死ぬことで、発揮していた能力は消える、ということになる」
陣が益若を殺そうなんて言ったのは、ひとえに、北条にかかった“絶対服従”を消すにはどうしたら良いか考えた結果である。その能力者である恋愛子を殺した際に“絶対服従”を消滅させられれば、これまでその効力の上であぐらを掻いていた北条を殺すことなど造作もない。
しかしこれには、大きな問題があった。
「で? 死というものをえらく恐れているアンタに、アタシを殺せるのかい? アタシだけじゃない。蘭光恋愛子も、北条穂久斗も」
益若の言葉が、まさにそれだった。陣に人殺しなんて出来ない。殺すとか死ぬとか、そんな言葉を発せるようになっただけで進歩しているのだ。
「ああ、無理だ。だからお前の所に来た」
けれど当然、その先も考えている。
「津村翼。あいつを呼べよ。お前は初日、翼からAIアプリがどうとか言われていた。そこでは拒んだが、二日目からはそれを使うようになっている。加えて翼は、自分以外の誰かの復讐カードを見たと言っていた。お前と翼が組んだ証拠だろ」
「そういうことかい」
益若が、これを否定しないことは分かっていた。露骨にAIアプリを使っているから、隠す気がないのは明白だからだ。それに、益若のジャーナリストとしての目的を考えれば、館中にカメラを設置した翼と組むのは自然なことといえる。
そうしてやって来た翼が、益若をターゲットに指定した上で殺し、すぐ「リヴァイバル」と蘇生する。蘇生する前にノートPCを確認したところ、先程まで表示されていた“能力把握”が消えているのが分かった。
「成程。これで分かったな。死ぬことで能力は消える、と」
先程まで益若の返り血で赤く染まっていたコートを整えつつ、翼は呟いた。
「……翼。アンタ、自分の技術で英雄になりたいって……」
何事もなかったかのように死から起き上がった益若は、翼の魂を見ての感想を述べる。
「悪いか? 自らの力を試したいと願うのは、男として当然のこと。俺は俺の技術力をどこまでも高め、誰をも幸せにしたい。そうして認められ、ノーベル賞を取ってみせる。ヒーローになりたいと、願っている」
「そうみたいだね。まあ、最大の目的はアンタの幼馴染に惚れさせることみたいだけどサ。でもやりすぎて嫌われて、結果、建物を破壊してしまう程の暴走をした」
陣はまだ、翼の魂は見ていない。でもこの様子なら、すぐに見る必要はないかもしれない。けれど、他人のために動きたいというのは、どこか陣と似ている気がした。
話が逸れてしまったので、陣は「ともかく」と二人の視線を集める。
「これならいける。明日、益若は恋愛子を、翼は北条をターゲットにしてくれ。どうせ混乱が起きるから、ターゲット指定宣言なんか誰も聞いちゃいねぇ」
「まずはアタシが蘭光恋愛子を殺し……」
「……“絶対服従”による全ての攻撃をかわすという効果が消えた北条を、俺が殺せばいい、と」
陣の指示に、益若も翼も異論なく頷いてくれた。
陣の狙いはピタリとはまる。やはり益若は、こちらが有能であると見せれば、彼女は利用ではなく協力を選ぶ。それは結局、益若にとってどちらの都合が良いかという打算的な判断だとは思うが、それでいい。利害が一致する限り、彼らは味方でいてくれるのだから。
そして、策を実行に移したのだ。
益若が恋愛子を殺したことにより、北条にかかっていた“絶対服従”が消えた。その北条を、さらに翼が殺す。
陣が恋愛子に提案した、アイアンメイデン作戦は、混乱を作り益若と翼が動き易くするための囮であった。どう考えても不完全な策であるのは、当然分かっていたことだった。
その後、死んだ恋愛子の元へ、陣は迷わず向かう。
「おいおい、まさか蘇生させる気かい?」
「当たり前だ。だが、このまま生き返らせた所で同じことを繰り返すだけ。だから……」
問う益若の方など向かず、陣は倉庫で見つけたロープとガムテープを手にし、まずガムテープを恋愛子の口に張り、後ろ手に縛っていく。
「そっちも頼む。恋愛子よりも厳重に」
陣は、顎で北条を示した。
「えええ!? そそそ、そいつも生き返らせるわけぇ!?」
「せっかく殺したんだぜー? 俺ちゃん納得いかねー!」
根野と立浪が、倒れた北条の元へ行くのを塞ぐように立ちはだかる。
「……まあ、いい。どうせこの策は、お前が考えたこと。それに乗った俺は、最後まで付き合ってやる」
翼は黒いコートを翻し、根野と立浪などいないかのように、彼らの間を通って北条の元に腰を下ろした。あまりに堂々としているものだから、根野らは声すらあげられない。
陣がロープを投げてやる。翼は懐から小さな機械を取り出したかと思えば、その機械にロープの先を付けると、機械が自動的に北条を縛り上げていった。翼曰く、AIを搭載した愛玩ロボらしく、これも翼が開発したのだという。相手が静止していないと使えないのが問題点らしいが。
「ヤレヤレだね」
益若が肩をすくめる頃には、陣と翼は、それぞれ恋愛子と北条を縛り終えていた。
陣は、悪人だからといって殺して良いだなんて思っているわけじゃない。倒したいだけだ。それは必ずしも死ではなく、相手を無力化するだけでよかったのだ。だから陣は、二人を拘束して声すら発せない状態にし、蘇生することを提案したのだった。
一時的な死に陥れることだって身体が拒絶してしまうから、益若らに託した。逃げだと分かっているし、結局陣が殺したに等しいじゃないかと言われれば否定出来ない。だが、北条の“必殺”で完全なる死に落とされる人間が他にも出るくらいならと、最大限の譲歩だったのである。
◆
『十八時になりました。マーダータイムを終了します』
先程までを思い返していた陣は、無機質な音声で我に返る。益若のAIアプリから発せられた合図だった。
「っ……」
陣は、恋愛子の口にあったガムテープを乱暴に剥がす。マーダータイムが終了した今、“絶対服従”の発動が出来なくなるのは知っていた。
「恋愛子。お前、北条の本性を知らないのか?」
陣は先日、恋愛子を殺さんと企む北条の魂を見て怒りを感じた。けれど今日見た恋愛子の魂からは、北条への恐れなんてものはなく、友愛ともいえる感情を見てしまった。
「お前は北条に狙われている。お前は、奴はそんなフリをしているだけだと言うが、それは違う! オレは“霊媒師”能力者だから分かる。あいつがお前に見せる姿は偽りだ! お前はあいつに利用されているだけなんだ!」
誰も死なせたくない。それが陣の想いだ。だとすれば、なぜ恋愛子にこんなことを言っているのだろう。恋愛子にしろ北条にしろ、縛り上げた時点で終わりのはずだ。
「俺は魂を見ていないから分からんが」
翼が一歩前に出る。
「蘭光恋愛子の魂の方が、真実なのではないか?」
「違ぇ」
陣は即答していた。
「オレは益若の魂も見ている。そこで、狙ってここに来たような益若でさえ、“仇”として誘き寄せられたと感じた。なら、真に復讐心を抱えた人間とその対象じゃないと、この洋館には来られねぇはずだ。北条が恋愛子を守るために来た……そんな理由じゃ、ここにいられねぇ。間違いなくお前に恨みを持っているってことだ」
まだ恋愛子を説得しようとしている。出合ったばかりの陣が出しゃばっているだけなのは自覚しているが、でも、止められなかった。
「オレは、お前は北条に利用されているだけの存在に過ぎないと思っている。お前は悪なんかじゃねぇ。本当なら、お前の拘束だって解いてやりたいんだ」
「……」
先程まで、どこか助けを求めているように見えた、恋愛子の潤んだ目。恋愛子は今、顔を伏せて、こちらに向ける気などないらしい。陣の言葉なんて聞く耳を持たぬというアピールなのか、揺れているのか。どちらとも取れるポーズだった。
「……北条がいるのは翼の部屋だ。明日からのマーダータイム、お前達を拘束したまま連れていく。それに参加しなけりゃ失格で死ぬからな」
それでも身動きをしない恋愛子を前に、陣は背を向けて歩き出すしかなかった。
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