第二章 ゲームの支配者(6)

【六】


「……根野さん、立浪さん。陣さんがおっしゃっていた、あ、“アイアンメイデン作戦”なるなんともダサい名前の策について、どう思います?」


 恋愛子は、陣と一旦別れた後、根野と立浪と共にロビーに来ていた。すでに十一時五十五分、四回目のマーダータイムを目前に控えている。とうに陣はそこにおり、まだここに来ていないのは、死んだ風祭を除けば、いつも来るのが遅い久龍くらいか。


 そうして二人に尋ねたのだが、根野は「いいい、いいんじゃない!?」とやたらどもって必要以上に頷くだけだし、立浪も「俺ちゃん的には問題なーし!」と腹が立つまでに屈託のない笑顔を浮かべるのみ。果たして彼らは、恋愛子の溜息に気付いただろうか。


 はい、というだけの人間は楽でいい、と恋愛子は二度目の溜息を吐く。自分にこんな役割は向いていない。それはこの場に限ったことじゃない。父が急逝して、疎まれながら就任してしまった社長という地位。父の時からそうだったが、誰も彼も、YESとしか言わない。こちらがどれだけ悩んで出した結論だって一も二もなくそうだし、どうしても分からないから質問しても「社長のやりたいように」という答えしか返ってこないのだ。


 三度目の溜息が出た。いつ綻びが出てしまうか分からない。恋愛子はこうして、高飛車お嬢様を演じているが、本当は臆病なのだ。

 金髪に白いワンピースの自分と、黒タイツに紺の制服の根野は対照的のようで、本当の所大差ない。というより、本来なら恋愛子だって、根野のようにあたふたとしているのが素なのだ。


 人を引っ張る役割なんて、自分には荷が重過ぎる。けれど、与えられた役割がそれなのだから、やるしかない。そう幼少の頃から叩き込まれてきたのだ。


 それでも、最近ではようやく板についてきた感はある。“あたくし様”なんてふざけた一人称を使い始めてからだろう。


「あはー、今日もギリギリに到着だよー、間に合った間に合ったー。はい、百点の着地!」

『四回目のマーダータイム、スタートします。折り返し地点ですので、皆様そろそろセーブしていた力を解放する時ですよ』


 久龍がなぜかバク転しながら登場するのと同時に、益若のタブレットが開始の宣言をする。どちらも慣れたものだった。


「北条!」


 最初に動いたのは陣だ。彼はまた、北条のターゲットになるべく動いたのだ。


「ははは、懲りないね君も。なら、お望み通りに。城嶋陣をターゲットに指定する」


 陣のことは表面上は邪険にしていたが、本心をいえば、なんて勇気があるのだと関心している。相手は様々な能力を使って見せた北条穂久斗なのに、臆することなく何度も立ち向かうなんて。


 それに彼は、立浪達也と面識がなかったはずなのに、なんの迷いも見せず蘇生して見せた。風祭界が“必殺”能力で完全に殺されてしまったことは本当に悔しそうだったし、昨日も自らを犠牲にして全員を助けるなんて真似をしている。本当に、なんて人なのだ。


 恋愛子はなんだかんだいって、陣を認めている。ちょっとだけカッコいいと思わないでもなかった。陣の恐そうな見た目も、身体が小さく童顔な恋愛子からすれば憧れさえある。それでも邪険にしたのは、恋愛子の一存で陣を迎えることが出来なかったからだ。


「根野さん、立浪さん、行きますわよ!」


 けれど、ただ陣を見ているわけにはいかない。


「わわ、分かっているわよぉ!」

「俺ちゃん、行きまーす!」


 狙い通り陣がターゲットになったので、今度は恋愛子が駆け出す番だ。遅れて根野と立浪が付いてくる。

 それ以外のプレイヤーらは静観するらしい。ああ、本当なら自分もそちらの立場でいたいのに。そんな考えをなんとか押し込める。


 陣とスイッチする形で、北条の前に踊り出た。北条は“必殺”能力を使用するつもりだったろうが、陣に対して攻撃する隙はなかったようだ。


 すれ違った陣を見た。彼はこちらを見ていない。陣が見ているのは、井口衣鈴だった。陣は口では、衣鈴と協力したのは仕方なくだと言っていたし、必ずしも嘘ではないと思う。でも、知っている。陣がずっと衣鈴のことを気にしているのは。


 それは、そうか。井口衣鈴は、見るからに守りたくなるオーラを出している。でも気丈なフリをしていて、顔で笑って心で泣くというタイプか。なんだか自分に似ている気がしないでもない。陣からしたら、とてもそうは思えないだろう。仮に陣が、真の自分を見ていてくれたとしても、意味などないかもしれないが。


「よし。立ち位置、整いましたわ!」


 陣の発案した、アイアンメイデン作戦。


 それは、恋愛子、根野、立浪で北条を取り囲むようにすることだった。それぞれ左手を伸ばして隣のプレイヤーの肩を強く掴めば、右手を使わない円陣となる。これはあくまで三人で円となっただけなので、北条への攻撃意思とは見なされず、北条は人智を超えた動きを見せることもなく中心に収まったままだ。北条が陣ばかりを見ていたので成功したと言えよう。


 では、なぜ右手を使っていないかといえば、ここがこの策のキモだからだ。それぞれが右手でナイフを握り、北条の側に向けている。


「ははは、これは面白い。カゴメカゴメかい」


 北条は乾いた笑いを見せるが、気付いているのだろうか。ターゲットとなったことで遠くへ逃れたように見せた陣が、実は背後に迫っていることに。陣は大きなテーブルの下をしゃがんで移動し、死角を突いた。彼の手には拳銃が握られており、それが向かうのはもちろん北条だ。


 陣が銃撃すれば、北条が気付いているか否かに関わらず、“絶対服従”の力で回避行動に出るだろう。だが、三方から至近距離でナイフを突き立てられている。どの方向に動いても、その異常とも言える速度でそんな所に向かえば、自らナイフに刺さりに行くようなものだ。

 さすれば回避行動は取れず、銃撃を受け入れるか。それとも強引に避けようとしてナイフで身体を貫かれるか。どちらになるか分からないが、いずれにしろ北条に逃げ場などない。


 恋愛子らが持つナイフは、アイアンメイデンの中にひしめく棘の役割をする。つまり、陣の言うアイアンメイデン作戦とは、ナイフと人によって、北条穂久斗を閉じ込める檻を作ることだったのである。


「っ……」


 拳銃を両手で突き出した陣だが、左手だけ口元に運んでいた。顔をしかめて、辛うじて北条に向けたままの拳銃も右腕ごと震えていた。


 誰も死なせなくないと言った彼は、死を極端に恐れている。自らが他人の命を奪うことに、耐え切れないのだろう。その直前の今、吐き気を懸命に抑えているようだ。役割を代わってやればよかったのだろうか。いや、その必要はない。


「北条おおおぉ! 北条穂久斗をターゲットに指定するううぅぅ!!」


 吐き気を吹き飛ばすように鋭く叫んだ陣の目は、北条を睨んでいる。北条が背後を振り向くと同時に、耳を覆いたくなる発砲音が鼓膜を揺らしていた。


 陣は、自らを律して、役割を遂行したのだ。さて北条は、銃殺されたか、自らナイフに突撃して刺殺されたか。


「え……」


 根野と立浪が、ポカンと口を開けていた。目線は、上。そして、下へ。


「この程度、“絶対服従”の前では無意味なのだよ」


 北条は、上に飛んでいた。恋愛子らの頭上を軽々と飛び超えたかと思えば、陣の前へスタリと降り立つ。


「くそ!」


 陣が再び銃弾を放たんとするが、北条にかわされれば恋愛子らに当たる恐れがあるためか、躊躇っているらしい。或いはまた、吐き気に襲われたか。


「いやぁ、逃げずにここにいてくれて助かったよ、城嶋陣くん。私のターゲットは君だ。そして……城嶋陣くんに“必殺”を使用する。……君の浅はかな策は、脆くも崩れ去った」


 北条は、陣に向けて拳銃を構えている。それは陣も同じだが、全ての攻撃をかわす北条と、人を殺すことに未だ恐れがあるらしい陣。どうなるかなんて、考えるまでもない。


「……」


 こうなることは分かっていた、と言いたくなるのを恋愛子は堪える。こうして北条を囲む形で立ち向かってみたものの、そこに北条の動きを奪う程の効力はないことは明白だった。ドームのように覆うのならまだしも、上がスカスカなのだ。


 それにドームだとしても、所詮は人が囲っただけ。本物のアイアンメイデンは木製だか鉄製だからしいが、それに比べれば人力なんて紙みたいなものだ。避ける前に殴られでもしたらそこから綻びが生まれるし、そもそもナイフとナイフの間だって隙間がある。いくらだって崩壊させる方法はあったのだ。北条はそれが分かっていたから、特に焦ることなく恋愛子らに囲まれたに違いない。


 そして何より。その点を恋愛子が指摘しようと思えば出来たが、あえてしなかった。それが北条と交わした約束であり、北条が陣を殺すための策なのだから。


 こうして陣の策に乗ったフリをし、陣を殺す。乗らなければ、陣はまた昨日のように自分をターゲットにさせた後に逃げてしまうだろうが、こうすれば陣はここにいるしかなくなる。だから拒んでいた陣を受け入れることにしたのである。これは、陣が部屋の前で待機しているのを見た後、ノートPCを通じ、北条と決めたことである。


 全ては、面倒な行動をしている陣を倒すための策。それを成すべく、あえて不完全な陣の策に加わったのである。


 少しだけ、心が痛まないことはない。恋愛子自身は、別に陣に恨みなどないのだ。ただ、北条の邪魔をしてしまった。だから陣は、殺される。


「……っ」


 少しだけだと思っていた。だが思った以上に心が痛む。確かに陣は勇気があってカッコいいと思いはしたが、ここまでではなかったはずだ。


「あ、あれ……」


 それが精神的な痛みでないと気付いたのは、その直後のことだった。


「悪いね」


 痛いのは胸ではない。背中だ。ただ、そこから身体を貫いて心臓に達しているらしい。いつの間にか背後にいた益若マコが、ナイフを突き立てていたのだ。自分の白いワンピースがみるみる赤く染まるのを見て、止め処なく溢れる血液が自分のものだとようやく理解出来た。


 異変に気付いた北条が、こちらを見た気がする。同時に、誰かが放った銃弾が北条を捉え、一緒に床に倒れ込んだようにも見えた。


 いや、違うか。そんなはずはない。北条に攻撃は当たらないのだ。たぶん、気のせい。だって自分は、もう事切れている。死ぬ直前に見たことなんて、なんの信用にも値しない。

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