第二章 ゲームの支配者(4)

【四】


 まだマーダータイム中ではあるが、もう何かが起きる気配はない。陣は自室のベッドに寝転んでいた。


 陣は、衣鈴に協力してくれたことに対する礼を言うため、先程彼女の元を訪れていた。ただ、笑顔で迎えてくれたかといえばそうではない。


「今日は、陣さんの策に協力しました。でも……あれから考えてみました。やはり、陣さんの考えには賛同出来ないです。悪い人は、やっぱり悪い人……倒すしかないと思うです。復讐を止めるなんて……」


 陣は、衣鈴の復讐を止めたいと口にしてしまった。あれは失敗だった。


 衣鈴の覚悟は彼女の魂を見ているから分かっているつもりでも、「お前のことは理解している」なんて口が裂けても言えない。確かに魂を見ることは、自らが衣鈴となったように感じて過去を知ることではあるが、それでも陣は陣で衣鈴は衣鈴。考え方などは分かっても、本当に彼女の苦しみを背負えているかといえばそうではない。それなのに安易に、復讐を止めたい、なんて。


 衣鈴からすれば、今の陣は邪魔者でしかないだろう。いや、衣鈴だけじゃない。たまたま北条という共通敵がいるから表面化していないが、陣を疎ましく思う輩がいたって不思議ではないのだ。陣の存在は、彼らの復讐の邪魔になる可能性が高いからである。


 でも北条だ、と陣は目を強く瞑る。別に自分は狙われてもいい。しかし北条は、誰を殺したって構わないと言った。北条穂久斗という存在を全員に刻みつけ、支配出来れば奴は満足なのだ。そうして恋愛子を殺し、館から出る時は支配することへの自信をつけ、かつ、数億の金を手にすることを狙っている。事実、すでに北条は、風祭を殺して五千万円を得ているのだから。


「……」


 時刻は十五時頃のはずだが、窓もなく、頼りないスタンドライトしかない部屋は、陣の心を写すように闇が落ちている。


 北条を止めたい。だが、奴に対して有効打なんてない。今日とった逃げの策だって、明日には対策されるはずだ。じゃあやはり奴に攻撃するしかないのか。どうやって?


「……益若マコ……」


 何週か同じ思考を巡って、やっと出たのはその名前だった。


 益若は陣に、「考えが浅すぎる」と言ってきている。それは暗に、「アタシはアンタよりもこの事態を理解しているのサ」と言っていたに等しい。虚勢には見えなかった。


 他に見たい魂もあるが、北条攻略の最短ルートは、彼女が握っているに違いない。


「益若マコの魂を口寄せする……!」



「お前ホント……こんな情報どこから拾ってくるんだよ……」

「執念で」


 益若は、編集長を前に臆することなく、短い返答をして見せた。


 益若マコは、大卒で出版社に入社し、ジャーナリストとして一年目から他を凌駕する働きをして見せた。当初は女だからという理由だけで軽んじられたり、「枕営業してるだろ」なんて言われたりしていた。いったいそんなことを言う奴らは何年前の世界を生きているのだろう、と思ったものだが、今やそんな影もない。


 誰だって、「益若さんなら」とスクープを待っている。逆にスキャンダルを警戒する芸能関係者からは、彼女が常に持つタブレット端末からもじり、“生きる情報端末”なんて言って恐れているらしい。


 最初はこなくそと思って働き、今は期待に答えられるよう我武者羅だ。不本意な仕事だって率先して行い、周りからの評価もどんどんと上がった。


反面、髪の手入れは雑になるし、鏡を見る度に自分の目が曇っていくのも気付いていた。けれど、益若は追いたい事件があったのだ。


 それは、多発する失踪事件。犯人は不明だし、被害者の行方は分からない。把握している被害者も、とうてい全てとは思えない。連続的な誘拐事件かどうかも定かではない。数十とか、数百とかの被害となっているのに、警察は尻尾も掴めていない、謎しかない事件だった。


 それでも生きる情報端末たる益若は、どうやらその事件は、何かの招待状をきっかけに起こっているらしいことまで突き止めた。さらに、招待状を持つ人間からそれを買収することに成功したのだ。


「それを警察に持っていって事件解決か?」


そんな馬鹿げたことを言ったのは、最も仕事が出来ないお荷物先輩だったか。誰がそんなことをするか。この事件は自分のものだ。ならば真相を突き留めるのも、自分の仕事だ。


 招待状を開き、タブレットで撮影して記録を残す。いつもやっていることだった。


 でも、この時気付くべきだったのだ。なぜその事件に対し、警察ですらいっさいの証拠を得られていないのに、益若にはそれが出来たのかということに。いやそもそも、なぜこの事件に興味を持ってしまったのか、その理由に。



「……」


 益若がその招××を手にした翌日、気付けばこの洋館の個室にいた。……××状? そうだ、何か手にしたことをきっかけにここにいるはずなのに、それが何だったのか出てこない。辞書の一箇所が黒く塗りつぶされているような、その言葉だけが見えない気がした。


「タブレット……!」


 だが、自分の取りそうな行動は分かる。重要なものは、必ずタブレットに記録しているから、きっとそこにあるはずだ。


「ない」


 何がないか、分からない。けれど、益若が今必要としている情報がないことは感じられた。


 ここはどこだろう。どうやって来たのだろう。部屋を見渡したって、廊下に出たって、洋館を歩き回ったって、何も分からなかった。


 ただ。


「……面白いじゃないのサ」


 部屋に戻って、ルールが記載されたプリントを見た。そうしてついと出た言葉は、自分らしいと思えた。別に、殺し合いゲームが面白いというのではない。自分の性質はよく分かっている。たぶんこんな洋館に来たのは、何か調査するためだろう。その何かという点は思い出せないが、だからこそ面白い。


 今やTVのジョーク番組ですら扱われなくなったオカルトが、ここにはある。直感的にそう思った。ならば、暴いてしまおう。


「……この館はなぜ存在する? いったい誰が、管理しているのサ」



「……あ?」


 “霊媒師”を解除した陣は、僅かに首を捻っていた。益若の魂で、何か重要なものを見た気がする。けれど、思い出せない。夢から覚めた直後、いったいなんの夢を見ていたんだっけと思い返そうとすれど、出てこないような心地。益若も何か忘れていたようだが、陣も同じではないか。


 でも、仕方ない。そう思うしかない。今は、分かったことを整理すべきだ。


 益若は“復讐者”ではないらしい。そしてジャーナリストという性質上、誰に恨まれてもおかしくないので、恐らくは“仇”なのだろう。


 そんな彼女はこの館で、ここがいったいどういった場所なのか、という点を調査しているようだ。益若のリサーチ力は折り紙つきらしく、彼女なら成し得ることが出来る気がする。


 そんな益若は、北条について何か知っている。答えを持っている。彼女のリサーチによるものか。だが、いったいどうやってそれを知ったというのだ。陣が見ている限り、そして頭を使っている限り、北条がボロを出しているようには思えないのに。


「情報……オレが持っていない情報……」


 足で得た情報だろうか。確かに大きな洋館だが、たった一つの建物に過ぎない。陣だって個室以外の全ての部屋は確認したが、得られたものはなかった。聞き込み能力は益若の方が上だろうが、では北条が口を割るかと言われれば、ありえないと断言出来る。


「っていうか……」


 そもそも陣は、なぜ益若に注目しているのだったか。今更のような疑問が、ふと湧いた。

 陣は寝返りをうってから、益若マコを頭に浮かべる。どうせ行き詰っていたのだから、分かりそうなことから考えるのが吉。


「オレが益若に注目したのは……」


 それは、彼女が呟いたからだ。北条が自らを支配者だとのたまった時、彼女が嘲笑していたからだ。


「あの時、益若の傍にいたのは……」


 傍にいたのは、陣だけだった。誰しも北条に注目し、益若の言葉なんて聞いちゃいないはず。でも、陣にだけは確かに聞いていた。


「聞かせていた……?」


 いったいなぜだ。なぜ陣に聞かせる必要があった。どうして陣に、益若に対して興味を持たせる必要があったのだ。


 益若の目的は何だ。それは、この洋館とは何か、運営側の思惑とは何かを明らかにすることだ。


「そういや、このゲーム……」


 洋館側の人間がここにいて仕切るでもなく、勝手に進行している。ルールだけ放り投げられるように提供され、リヴァイバルなんてものの存在を見てしまえば、ルールに従うしかないと誰しも思っただろう。だが、もしゲーム進行に支障が出たらどうするつもりだったのだろうか。


「いるのか……?」


 もしかしたら益若は、こう考えているのではないか。プレイヤーの中に、館の運営に関わっている人間がいる、と。


「だとすりゃ……」


 益若が欲しているのは何だ。簡単だ。プレイヤーらの情報だ。それを得るには、魂を探り素性を知ることが出来る、“霊媒師”能力があればいい。


つまり、城嶋陣を欲しているのだ。


「あいつ……益若マコ!」


 ベッドからがばりと起き上がる。同時に思いがけず大きな声が出て、ここで初めて陣は、ずっとぼそぼそと呟いていたことに気付いた。


 でも、分かった。


益若が“霊媒師”能力者を欲し、陣だけに聞こえる呟きで興味を引いた。それは陣が“霊媒師”だと知っていないと出来ない。衣鈴には気付かれたが、衣鈴は他人と積極的な関わりを持つようには見えないので、衣鈴から益若へ漏れたわけではないだろう。


 ならば、一つしかない。益若マコが、誰がどの能力を持っているか最初から分かっている、“能力把握”能力者なのだ。


「そういうことか……!」


 霧に包まれて見えなかった道が、さっと明るみに出てくるように、現状を理解した。


 北条は、運営側の人間か否か。否だと思いつつ、断定する程の確証はなかった。でも先程北条は、陣の復讐カードが白紙だと知って、明らかな動揺を見せている。演技か? それはない。支配者だと自らをアピールする彼が、白紙なんて知らないと言ったに等しい嘘を吐くはずもないのだ。ならば、やはり北条はただのプレイヤーに過ぎないのだと確信していいだろう。


 けれど、“能力把握”能力者たる益若は、当初から北条を軽く見ていた。それは、なぜか。益若には、それが出来る理由があったのだ。


 たぶん陣は、益若にいいように扱われんとしていた。“霊媒師”能力だけを利用され、彼女の目的のためだけに動かされる。そんなもの、真っ平ごめんだ。こちらにはこちらの目的があるのだから。


 ならば、今自分がすべきこととは、いったい何だ。


「オレが……益若マコを殺すこと……か? まだマーダータイム中だしな……」


 ひとりごちるが早いか、陣は廊下に出ていた。

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