第二章 ゲームの支配者(3)

【三】


『時間になりました。三回目のマーダータイムをスタートします』


 今日もまた、益若のタブレットによりスタート宣言が成される。


 状況は、陣が予想した通りになっていた。全員がロビーに集合しているが、エントランに向かうための扉は開けたままで、各々がその付近に立つ。陣、衣鈴、そして北条だけはロビーの中程にいるのだが。


「皆さん、逃げますわよ!」


 恋愛子の掛け声と共に、扉付近にいた面々は一目散にエントランス側へ走って行った。背中を向けて、これでは北条に狙ってくださいと言わんばかり。

 恋愛子は昨夜、仲間がいるから大丈夫と陣を追い払ってきたが、策がないなら少しくらい耳を傾けろと言いたいところだ。だからといって、恋愛子らを犠牲にしていいわけがない。


「北条!」


 陣は、余裕たっぷりに拳銃を構えていた北条の前に飛び出す。彼の拳銃を掴むと、自らの額に押し付けた。


「これでオレ以外誰も狙えねーだろ。ターゲット指定をしていない今、ぶっ放すか? ルール上、ターゲットを指定しない殺しは加害者が死に、被害者が生き返ることになっている。だからオレは死なず、お前が死ぬだけだがな」


「ははは、また君かね。お望み通り、君をターゲットにしてやろう。私としては、誰を殺すでも構わないのだよ。城嶋陣くんをターゲットに指定する」


 しめたと思った陣は、北条が言い終わる前にその場に倒れこむ。というより、突き飛ばされていた。突き飛ばしたのは衣鈴。陣とスイッチする形で、銃口を彼女の身体で塞いだ。


「ほう、成程。私のターゲットは城嶋陣くんだが、今銃撃すれば、間違いなく死ぬのは井口衣鈴くんだね。けれど、君らの立場は逆の方が良かったのではないかね。か弱い彼女相手なら、力任せに拳銃を動かすことくらい……」

「北条穂久斗さんをターゲットに指定するです!」

「ぬ」


 北条が言い終わるが早いか、衣鈴は銃弾を放つ。やはり今日も、北条には“絶対服従”によって銃弾が当たらないようだが、ゼロ距離からの攻撃とあらば、銃弾を完全に避けるには大きな動きが必要であった。銃弾をかわすという人智を超えた動きをした北条は、その“絶対服従”による自らの動きの早さに翻弄され、かわした後に倒れこんでしまっていた。


「む……やられたね」


 陣はすでに、エントランスまで駆けている。その間も、移動する陣に合わせて拳銃の射角を遮るように衣鈴に動いてもらうことで、結局北条に、一発も撃たせることなく陣は逃れてみせた。


 ロビーからでは、まず銃弾は命中しない程の距離がある、エントランス二階。先に逃げた恋愛子らも、ここで様子見をしていたようだ。


「恋愛子。北条のターゲットはオレとなったから、お前らは安全だ。だが、奴の“絶対服従”は健在。余計なことしない方がいーぜ」

「そんなこと、するつもりはありませんわ。それに、お礼を申し上げますの」

「お前なら、『このあたくし様のためによく働いてくれましたわ!』くらい言うと思っていたが」

「あたくし様を何だと思っていますの!」


 陣の軽口にプリプリと怒る恋愛子だが、すぐに収めて、おずおずと陣を下から覗き見るように目を向けてくる。


「……でもあなた、どうしてそんな、自らが死ぬかもしれないことを……」

「オレが勝手にやると決めたってだけだ。言うなれば、信念って奴だな。口にするのは恥ずかしいが。ただ……このテはもう通用しねーと思った方がいい」

「ええ、そうですわね。今度こそあの方を倒す策を考えませんと」


 昨日陣を門前払いした際とは打って変わって、恋愛子はしおらしかった。少しでも北条へ対抗出来た陣に対し、多少なりとも罪悪感があるのだろう。


 ちょうどそこに衣鈴も辿り着いたが、北条だけはロビーに残ったようだ。奴がこちらに来ては、全員個室に戻ることは分かりきっている。


「ははは! 城嶋陣くん! 君は実に面白い!」


 いつも落ち着いた口調の北条らしからぬ大声で叫んでくる。相変わらずその笑い方は乾いているが。


「君は自分を犠牲にすることを美徳とするのか!? いや、この場所がどこか考えれば、そんなはずはないと簡単に分かるがね! ここは復讐の館。君が“復讐者”なら、そうして狙う相手に油断させるため! “仇”なら情状酌量の余地を生むためだ! なんと小賢しいことか!」


 北条の狙いはすぐに分かった。


 陣達がいるエントランス二階部分は、そのまま廊下に通じるため決して広くない。その場にほとんどのプレイヤーが集まっている中、一人のプレイヤーにヘイトを集めればどうなるか。

 そのプレイヤーは袋叩きにされる……つまり、北条にとって邪魔な陣を潰すため、他のプレイヤーらに狙わせようとしているのだ。北条は陣に語りかけたように見せ、陣以外の全員に訴えているのである。


 もしかしたらこれこそ奴の目的かもしれない。先程、陣と衣鈴が奴を妨害したのはあまりに上手く行き過ぎていた。あれがわざとハマったのだとしたら。


「“復讐者”に“仇”……ねぇ?」


 小さくひとりごちた陣は、懐に手を入れる。周りのプレイヤーらは、陣が拳銃を出すと思ったのだろう、動きが硬くなっていた。だが、違う。


「これを見ろ! 北条、お前は見えないだろうから説明してやる!」


 取り出したのは、陣の復讐カードだ。それを周りに見せつけてから、再び叫ぶ。


「オレの復讐カードは“復讐者”とも“仇”とも書かれていない白紙だ! そんなオレが、お前の言ったように打算で動いていると思うか? オレはただ、オレのエゴで誰も死んで欲しくないと思っているだけだ!」

「白紙……だと……!?」


 これが初めてではないだろうか。北条が困惑の声をあげたのは。

 残念ながら奴の姿は目視出来ないが、吠え面を見てやりたかったと思ってしまう。


「もういいだろ。戻る」


 陣がそこにいるプレイヤーらを押し退けるように個室へ向かっていくと、まず衣鈴が続き、少し遅れ、全員が戻っていった。

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