第二章 ゲームの支配者

第二章 ゲームの支配者(1)

【一】


 翌日。


 二回目のマーダータイムの開始時間たる十二時を迎えるまで、残り十五分を切った頃、陣はロビーに足を踏み入れていた。まだいないのは、昨日も重役出勤だった久龍空奈くらいのもので、陣が九番目に集合したことになる。


 警戒すべき北条穂久斗も、当然そこにいる。ゆったりと席に着き、紅茶を嗜んでいるようだ。


 昨夜、本来なら陣は、とある特殊能力を持ったプレイヤーを探すべく動くつもりだった。ただ、それは結局出来ていない。蘇生したとはいえ、立浪達也の死を思い返して吐き気を催し、結局吐くことはなかったものの気分が悪くなってしまったのだ。

 加えて、目的の人物に全く当てがないことも一つ。一人一人にお前の能力は何かと尋ねても良かったが、それで悪目立ちして狙われたら困る。


 じゃあ手をこまねいているだけかと言えば、そうではない。動く必要がないのだ、と知ったからだ。


「おーう、まったクゥお姉さんが最後かー。お布団が離してくれないから仕方ない仕方なーい」


 自らを“クゥ”と呼ぶ久龍は、今日もテーブルを跳び箱に見立てて片手で飛んで見せるという、無駄な動作で席に着いた。こいつの身体能力はいったいどうなっているのだ。


『マーダータイム、スタート』


 それとほぼ同時だろうか。また益若の持つタブレットから電子的な棒読みで、時が来たことが告げられる。


 昨日のマーダータイムは初回ということもあり、全員混乱の中にいたといえる。だから誰もすぐに動けなかったし、北条の攻撃を許してしまった。


 では、今日は。この洋館は殺しをしても良い館だと共通認識が芽生え、“復讐者”は復讐したい相手を狙い、“仇”は抗おうとするだろうか。或いは――


「皆さん! そちらの北条穂久斗さんという、危険な方を排除いたしましょう! このあたくし様に続きなさい!」


 北条穂久斗という共通敵をまず倒そうと、協力関係が出来上がるか。椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった恋愛子が、ビシリと北条を指差す。


 陣が昨夜動かなかったのは、既に陣と同じ考えのプレイヤーがいたからだ。陣と同じく、“能力無効化”能力者を探し、蘭光恋愛子が動いていた。彼女が陣の元にも来て能力を問うてきたためにそれに気付き、陣は恋愛子に託したといえる。



○能力:能力無効化

 効果:特殊能力を無効化することが出来る。一日一回使用出来る。

 発動条件:能力を発動した本人に対し、「(能力者の名前)の(特殊能力名)を無効化する」という発言を聞かせる。

 発動可能時間:常



「北条穂久斗さんをターゲットに指定いたしますわ!」


 恋愛子が今日も傍若無人に唯我独尊に拳銃を出すと、「っしゃー、俺ちゃんやったるぜー! 北条穂久斗をターゲットに指定する!」と立浪も叫んで拳銃を構える。頭数を揃えるに当たり、昨日北条に殺された立浪は適任だろう。さらに、根野も「あああ、あたしもぉ!」と行動に出る。


 そして、もう一人。


「北条穂久斗の“絶対服従”を無効化する! 北条穂久斗をターゲットに指定する!」


 風祭がメガネをクイとあげながら、そう宣言した。警察官たる彼の拳銃を構える姿は、やはりサマになっている。“能力無効化”能力者は、風祭界だったようだ。


 そうして恋愛子を筆頭に、立浪、根野、風祭も銃弾を放っていた。陣が取るべきだと思った行動は、あくまで北条を無効化するだけという違いはあるにしろ、やはり恋愛子は思った通りの選択をしていた。


 北条が全ての攻撃を回避するのは、厄介どころの騒ぎではない。だがそれは、北条自身の“絶対服従”能力によるものなのだから、それを無効化すればいいだけのこと。昨日の時点で“能力無効化”能力者が動けばそれで済んだはずだが、その能力者らしいインテリぶった風祭は、やはり見た目に反してポンコツらしい。


「ははは」


 けれど。聞こえたのは、また乾いた笑い声だった。


「ま……またはずしたんですの!? 立浪さん、根野さん、風祭さん、もう一度行きますわよ! 今度は連射しますわ!!」


 陣の目には、北条が避けているようには見えなかった。けれど、少し身体を反るとか、一歩動くとかの行動で、恋愛子らの銃弾を全てかわしてしまう。


「何……!?」


 陣が呟いたが、どよめきは全員に等しく広がっているようだ。


 ありえない。“絶対服従”は無効化されたはずだ。風祭がその能力者であることが嘘だったのだろうか。でもあのポンコツが、何か仕組めるとは思えない。だいたい彼も、「なぜ当たらんのだ!」と目を見開いて喚いている。とても嘘には思えなかった。


 いっそ嘘であって欲しかった、と陣は声に出しそうになるのを押し込める。風祭が真に“能力無効化”であり、それを北条に対して行使したのなら、この状況はなんと説明すればいい。何かしらの方法で、北条に能力は効かないとでも? いや、自身に“絶対服従”を使っているではないか。


「ちょ、ちょっと皆さん、銃弾を全て使いきってしまったんですの? ……あたくし様もでしたわ……」


 拳銃に込められる弾は、全部で八発。四人で撃っていたのだから全部で三十二発。その全てを至近距離から放たれたのに、北条はかすり傷さえ追っていない。偶然であるはずがない。間違いなく、また北条は“絶対服従”を使った上、“能力無効化”を行使されたのに意味を成していなかった。


「いやはや、君達はそれぞれ面白い表情を見せるね。銃撃をしてくる四人は、必死で私に銃弾を当てようとする。他の者は行く末を見守るか、なぜ当たらないのかと困惑するか。一部には余裕の表情も見えるが……私のしたことに気付いたかね」


 陣は困惑した側だ。余裕の表情は、サイドテールをくるくると弄ぶ久龍だった。


「風祭界くん」

「……なんだ、北条穂久斗」


 なんとか虚勢だけは張りました、と隠し切れない風祭が腕組みをした。対する北条は、優しげな笑みを浮かべて続ける。


「すまないね。君が“能力無効化”だと分かっていたから先に使わせてもらったのだよ。気付かなかったかね、私が『風祭界の“能力無効化”を無効化する』と言ったことに」

「そんなものを耳にした覚えはない。だいたい、なぜ俺の能力を知っている!」

「おや、気付いていなかったのか、かわいそうに。だが、君が能力を発動したのに効力が現れなかったのは事実だろう。君の能力を知っているのは、“能力把握”を使ったからだ」



○能力:能力把握

 効果:プレイヤー全員の能力を把握することが出来る。能力は個室のノートパソコンで確認することが出来る。

 発動条件:無

 発動可能時間:常



「ふん、そういうことか。分かったぞ、カラクリが」


 風祭は、今度は北条を見下すように腕を組み直した。メガネをクイとあげてドヤ顔を作る。


 陣も、同じようなことを口走りそうになっている。北条がそれらの能力を使ったのなら、思い当たる特殊能力がある。“能力拝借”。北条は“絶対服従”ではなく、プレイヤーの能力を借りられるのであろう能力なのだ。それならば、“絶対服従”以外を使っていることも頷けた。


 ただ。どうにも解せない点がある。


「風祭界くん。まさか君、そのカラクリとは、私が“能力拝借”だから、とでも言うのかね?」

「……」


 言い当てられたらしい風祭が押し黙る。


「確かに“能力拝借”は、他人の能力を借りられる強力な能力だ。だが強力過ぎるがゆえ、そう簡単に拝借出来るだろうか。出来たとしても、何度もその能力を使えるはずなかろう。あれは一度きりしか拝借出来んよ。これがゲームの形を成す以上、多少の有利不利は仕方ないにしても、ある程度のバランスを取って然るべしだと思わないのかね」



○能力:能力拝借

 効果:プレイヤーの能力を借りることができる。各能力一度だけ拝借可能。

 発動条件:「(プレイヤーの名前)の(能力名)を拝借」という発言をする。プレイヤーと能力の対応が間違っていた場合無効。無効になった際発言していた能力は二度と使えない。

 発動可能時間:拝借は常に可能だが、拝借した能力が使える時間は、その能力の発動可能時間に依存する。



 風祭は、罰が悪そうにメガネをクイと直して目を背ける。勝負あり。北条を論破することなど叶わなかった。


 風祭の気持ちは、残念ながら今の陣にもよく分かる。解せない点とはまさに北条が言うそれで、ではいったいお前は何をした! と問い詰めてやりたかった。


 北条は昨日も今日も銃撃をかわして見せた。つまり、二度“絶対服従”を使ったのだ。“能力拝借”でそれは出来ないはずなのに。

 もっとも、“絶対服従”が継続するのはゲーム中ずっとであり、昨日の命令が今日も生きている可能性もある。それならば、各能力一度しか使えない“能力拝借”であっても、昨日今日と続けて攻撃を避けたことに納得はいく。


だが、そもそもだ。能力を拝借するには誰がどの能力を持っているか明らかにしないといけない。“能力把握”を使って知ったからだと北条は言ったが、なぜその能力を持つプレイヤーを知っているのだ。


 加えて、風祭の能力を無効化したといっても、風祭自身はその能力使用宣言を聞いていないという。相手に聞かせて初めて発動する能力であるのに、そんなことがありえるのだろうか。


 何より。こうして堂々と語る北条の態度が、奴は“能力拝借”ではないと主張して止まない。本当に、こいつはなんなのだ。


「とはいえ」


 ずいと、北条が前に出る。場に混乱を作った張本人を見れば、柔らかな笑みの奥に恐怖を住まわせていた。その目が怪しく光り、見た者全てを硬直させるような、重い緊張感がまとわりついて離れなくなる。


「“能力無効化”はやはり厄介でね。消させてもらうよ。風祭界をターゲットに指定する」


 漏れなく風祭も重圧を背負っていた。だから、北条が馬鹿にゆっくりとした動作で拳銃を懐から出し、そして彼に向けるのも、ただ目線で追うことしか出来ないようだった。


「ああ、そうだ。そこの城嶋陣くんがまたリヴァイバルと宣言をすることは、期待しない方がいい。昨日は、まさかそんなプレイヤーがいるとは思いもせず、ただ殺しを行ってしまった。しかし、もう情けはかけぬ」


 一歩前に出た北条の手にある拳銃は、風祭の額に当てられる。風祭の額にはポツポツと汗が見え始め、瞬く間に首元まで流れ出していた。でも、拭うことはない。


 誰も、何も出来ない。言葉も発せない。陣自身も、果たして自分が、呼吸をしているのか、鼓動を刻んでいるかすらよく分からなかった。


「風祭界くんに“必殺”を使用する」


 北条の、地を這いずって誰も彼も足元から崩さんとする低い声と共に、銃声が響いた。ゼロ距離からの銃撃を受けた風祭は、後ろに吹き飛び背中から倒れこんだ。


「……っ!」


 やっと陣の身体が動く。何を今更と自身を殴りつけたくなるが、風祭の元に駆け寄り、「リヴァイバル!」と叫んでいた。その手には力が籠もり、握った風祭の肩に指が食い込んでいる。


 陣だって、分かっている。この行動に意味がないことなんて。けれど、何もせずにはいられなかったのだ。昨日。ほんの一日前に決意したのだ。誰も死なせない、と。それがこんなにも早く崩れてしまうことがあっていいのか。


「ははは、流石と言っておこうかね、城嶋陣くん。無駄だよ。“必殺”能力の前にはね。これを発動して殺しを行えば、蘇生は不可能となる」



○能力:必殺

 効果:ターゲットを殺した際、リヴァイバルを宣言しても蘇生出来なくなる。一日一回使用可能。

 発動条件:「(相手の名前)に“必殺”を使用する」と発言する。

 発動可能時間:マーダータイム中



「そんなことは分かっている!」


 吼えるような声は、北条の腕一本くらいは吹き飛ばしそうな鋭さで叫んだつもりだった。それは自分に向けた戒めでもあり、目の前で死を見てしまい、吐きそうになるのを我慢するためでもあった。


「リヴァイバル! リヴァイバル! リヴァイバル!!」

「往生際が悪いね。そんな男のどこに、蘇生せねばならない理由があるのかね」


 なんと言われようが、例え風祭界と初対面で彼をポンコツだと思っていようが、陣は叫び続ける。繰り返す度に声を大きくし、喉を酷使する。あっという間にダミ声になるも、それでもなお続けていた。


 認めてなるものか。決意をたった一日で、しかも警戒していた北条に破られるなんて。こんなことでは、死んだ家族になんと言えばいいのだ。「あなた達の命を通して学んだことはいっさい活かせませんでしたすいません」とでも言うのか。ふざけるな。


「リヴァイバル! リヴァイバル! リヴァイバル!!」


 傍からみれば、さぞ滑稽だろう。ほとんど見ず知らずに近い男に対して必死になるなんて。エゴなのは分かっているし、自分でもみっともないと思っていた。でもここを曲げては、陣が陣たる意味がなくなってしまう気がするのだ。


「やめてください!」


 ついに止めに入ったのは、衣鈴だった。衣鈴は陣の前に跪くように座ると、風祭の肩を握っていた陣の手の上に、そっと彼女の手を重ねてきた。


「もういいのです、陣さん!」


 止めるなと言いたかったが、喉に痛みを感じて断念する。衣鈴を見ると、その姿が歪んでいる。こちらを呆れて見ているであろう他のプレイヤー達もだ。なんで自分は、こんなことで泣いている? 嘔吐を堪えても、結局内から漏れ出る物が押さえられていないではないか。


「いや、愉快なものを見せてもらった。この偽善者め、と罵ろうかとも思ったが、やめておこう。君の真摯な態度は、みっともなくて他の偽善者に申し訳が立たぬよ」

「お前っ……!」

「掠れた声では、なんの迫力もないがね」


 喉を酷使したからか、鼻声だからか。衣鈴を押しのけて立ち上がり、涙を拭ったその先で、陣の睨みなど物ともせぬ北条が大げさに肩をすくめていた。


「だが、感謝しておこう。君のお陰で、私の絶対的な支配が伝わったのではないだろうか。私は“能力拝借”などではない。私はこんなゲームのルール如きには縛られない……全ての能力を好きなように使えるのだよ。私は、この館の全てを知っている支配者だ」


 北条が遠ざかっていくように見えた。奴の言う絶対的な支配というものが、北条を遠い存在に見せているのか。


陣は壁に背をぶつけて初めて、自分が後ずさりをしていたことに気付く。陣の決意を容易く打ち破った北条穂久斗に、いったいどうやって立ち向かえばいいのだ。


「全てを知っている、ねぇ」


 ちらと横を見れば、タブレット端末に、「プリーズ、リサ。今日の出来事を記録して、文字に起こして」と言っている益若マコがいる。先程の北条を嘲るような発言は、彼女のものらしい。なぜあれを見て、鼻で笑うことが出来る?


「ん……どうやらかなり危険な状況みたいだね。アタシはさっさと引き籠ることにするサ」


 陣の視線に気付いた益若は、言葉と裏腹に、ゆっくりとした足取りでエントランスを後にしていった。それを皮切りに、ほとんどのプレイヤーがここから消えていく。


「ははは、それでいい。私は支配者なのだ。逃げることは私に平伏すに等しい行動。復讐などというものに現を抜かしている貴様らには、どうすることも出来ないのだよ」


 ふざけるな、と陣は拳を握る。何度でも言いたくなる。支配者などいてなるものか。ゲームの運営者は、一体何を考えているのだ。なぜ介入してこない。本当に、北条が運営側の存在なのか。復讐という名目でプレイヤーを釣って、その実北条が殺したいと考えた人間が集められたとでもいうのか。


 もう一度、北条を見る。


 エントランスへ続く扉が開け放たれ、そちらから差し込む光が北条を後ろから照らす。後光には見えない。白く眩い光であるはずのそれは、北条を通過したらドロリと黒く変色しているように感じた。魔王。未だ壁に追い詰められたような陣に、そんな言葉がポツリと浮かんだ。怪しく光る北条の全身は、魔王の抗えぬ強いオーラを現すようだった。

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